実践編・応用編

キャリアコンサルタント養成講座11 I テクノファ

投稿日:2020年4月29日 更新日:

今回は、職業相談の奥深さについて振り返ってみようと思います。当然ですが、職業相談に来られる方の目的は仕事の相談です。相談の目的が明瞭であれば、ご本人の意向や希望に沿ってマッチングや自己アピールの支援等を比較的順調に進めていくことができますが、このような例はごくわずかです。

相談の目的が仕事に関することであっても、具体的なビジョンが描けず、何をやっていいか分からない方が多くおります。ただし、食べていくために収入が無いのは困る、何か仕事はないでしょうかという相談から話が始まります。

インテーク(最初の面接)の中で、そのような心境状態に至った段階を理解するようにします。何をやったらよいか分からないと迷って来られた方も、社会人としてスタートした時点では、社会の一員として頑張ろうと初々しい気持ちで臨んでいたのです。しかし、何らかのインシデント(出来事)により当初の意、気持ちが持続できなくなったのですが、いつ、どこで、何がそうさせたのでしょう。

私自身を振り返ると、高度成長期の終り頃、何をやりたいのかなど真剣にかつ計画的に就職を考えた覚えはなく、流れに逆らわず漂った結果就職をしましたので、今頃になって当時の自分にダメ出しをする有り様です。自己流に就活をしていた当時の自分が、もし専門家の指導や助言や後押しがあれば、心に少しばかりの自信やモチベーションを持つことが出来たかも知れません。

だからこそ、今ここから再構築することは出来るとお伝えしたい気持ちを根底に持ちながら,相談者が辞めなければならなかった要因についてお話を聴かせていただいております。ある若い方の話ですが、職業相談に来ていただいて本当に良かったと思えることがありました。生活不安の中で、家族を介護しなければならず、不定期な就労を選択し友人との接触も自ら断ち切り、年代の異なる人たちに交じって直面する収入を優先して、何とか働き口を確保してきた話を聞きました。介助していた家族が他界したあと、多分保ってきていたモチベーションと心身とのバランスが崩れたのでしょうか、仕事を辞めてしまい困窮生活に至ってしまいました。

このキャリアコンサルティングで良かったと思えたのは、若さが故に生存欲求に従順であったこと、欲求に従って相談機関を訪れる素直な気持ちがあったことです。自分を否定せず行動できた背景に生育環境の温かさが感じられました。葛藤を繰り返しながらも、何とか生活を維持してきた履歴を一緒に書面に記しました。丁寧に掘り起しを行い無我夢中だった過去を本人に振り返ってもらいました。記憶の隅に押し込んでいた日々が、あの時はこうだった、このときはこうだったと言葉にして初めて思い出せたようでした。この若い方は、この履歴書は俺の今までの物語だ、俺の宝物だと言いながら愛おしそうに履歴書を持ち帰りました。その後、なお時間をかけてコミュニケーションへの抵抗感を緩和しながら、相談回数を重ねていきました。

当初の意欲が削がれていった背景の一例を提示させて頂きましたが、話を戻します。何をやったらよいか分からない、と立ち止まっているようでいても、理由は様々です。やむを得ない事情によるもの、例えば病気や怪我による体調不良、また加齢に伴う視力や筋力の低下などにより今までのキャリアが活用できなくなった場合、また転居先に技能活用の場が少ない等の事例ではやむを得ないでしょう。こういった理由であれば、方向性の転換は比較的自然に受け入れていきます。人間関係、パワハラ、モラハラ、セクハラなどから仕事を離れる場合は、トラウマや不信感からか離職直後においては、もう思い出したくないという気持ちから前職種から離れた職種を希望する傾向がみられます。しかし、情報収集を行っていくプロセスの過程で気持ちの整理が進み、次第に気持ちが前向きになり、今までのキャリアを活用し、更にそれをレベルアップしたいという気持ちになり、自己のいままでの経験分野に関心が出てきて、そこに就職の焦点を絞る人が出てきます。

また、短期で離転してしまう経歴のある人は、前述の例とは少し様子が違ってきます。見られる特徴的なこととして、雇用条件へのこだわりが強く給与、勤務時間、休日などを仕事内容より重視しがちなところです。そして仕事内容が自分に出来そうだと思い、就職につながったとします。ところが、自分が希望していた条件と違う、仕事が覚えられない、雰囲気が違うなどの理由で離職してきてしまいます。このような傾向を持つ求職者は、仕事と自己実現を同列に考えていると思われます。そして、何度か離職を経験し、何をやったらよいか分からないと訴えます。アセスメント(適性検査)に誘導することもありますが、何をやったらよいか分からないという思考から、自分には何ができるのかというポジティブな思考に転換する必要があります。好きなこと、やりたいことを実現するためには何ができますかと投げかけてみます。仕事をして収入を得なければという根本に変わりはありませんから、条件よりも能力にマッチした仕事に徐々に優先順位が高くなっていきます。時間はかかっても、背伸びせず自分の能力にマッチした仕事に就いて、継続していける例が出てきます。

職業相談は、人それぞれの背景とニーズが深く関係していますので一概には言えませんが、迷いや想いを言語として表現していただきながら、複数回の相談を重ねていく中から自分の求めていることが明確になると、求職の課題はほとんどクリアに近くなります。場合によっては、仕事と能力がマッチングせず、本人の了承を経て他の機関にリファー(紹介)することもあります。今回はキャリアコンサルタントとして、就職相談の中で経験した求職者の背景や阻害要因について振り返ってみました。 (T.N)

(つづく)

-実践編・応用編

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