基礎編・理論編

キャリアコンサルタント養成講座 97 | テクノファ

投稿日:2021年8月25日 更新日:

横山哲夫先生の思想の系譜

横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるとキャリコンサルタント養成講座の中で強調されていました。そして数多くの著書を世の中に送り出しています。

今回はその中からキャリコンサルタントが知っていると良いと思われる「組織文化とリーダーシップ」を紹介します。

本記事はエトガー・H・シャインの著作「組織文化とリーダーシップ」を横山先生が翻訳されたものです。横山先生はシャインが2006,7年頃(記憶があいまいですみません)来日した時の立役者(JCC:日本キャリア・カウンセリング研究会が招待した、彼と娘さんが来日した)で、東京、大阪でシャインが講演をする際にいつも同席し、そればかりか新幹線で京都案内までされて、ごくごく親しく彼の人柄に触れた唯一の日本人でありました。

横山先生の思想の系譜をたどるときには、エドガー・シャインにかならず突き当たるので今回から横山先生の翻訳を紹介しながら彼の思想の系譜を探索していきたいと思います。

<ここより翻訳:2010年シャイン著>
組織の使命(mission)は,組織が「戦略」と呼ぶものと直結している。表明された機能,表明されていない機能,組織はその全機能を駆使し,その「根拠となる」共有された前提認識(shared assumption)に沿って長期プランを形成し,その達成を図る。企画される製品とサービスは組織の「独自性(identity)」との一体化がなくてはならない(Hatch & Schultz,2004)。共有された「独自の前提認識」は組織文化の基本的要素であり,戦略そのものの選択を規制することにもなる。戦術レベルのコンサルタントはその勧告が実行されないことに不満を持つことが多い。組織がその存在に関わる前提認識と一致しない勧告を行っても勧告の意味をなさないこと,したがってそれが採用される可能性が低いということを彼ら,戦術コンサルタントは忘れていることが多い。

その事例として,チバ・ガイギーの経営発展の一時期,同社上層部のなかでの長い討論に居合わせたことがある。発端は,新製品のデザインと生産についてであった。採算の見通しが十分であれば,一部のシニア・マネジャーの創業以来の確信となっている,独自の,「健全」で「価値ある」製品のみにこだわらず,「いかなる」製品でもよいかどうかの討論に発展した。討論の焦点は同社の米国の子会社が獲得していたエアウィック社(Airwick)の株式保有を継続すべきか否かに集中した。エアウィック獲得の目的はチバ・ガイギー消費者中心のマーケティング力を増強することにあった。エアウィックはペットなどの臭いを除去するエアークリーナーを新たに製作した。トップ・マネジメントの年次総会で,この米国子会社の社長はカーペット・フレッシュと名付けた新製品のテレビ・コマーシャルを誇らしく紹介していた。そのとき,私の隣にいたシニアメンバーで,主要化学製品開発の実績を持つスイス人研究者は,気持ちのいらだちを抑えきれないように,私の方へ身をかがめ,声を荒げて話しかけてきた。「これはもう製品がどうのこうのという話じゃない,それ以前の問題だ」と。

エアウィックを手放すかどうかの討議がなお続くなかで,売却自体が財務的に健全で有利であったのかも知れないが,それは別として,隣席したシニアメンバーのエアークリーナーへのコメントの意味がよく理解できた。というのは,チバ・ガイギーはエアークリーナーのように,一見してつまらないものをつくる会社だというイメージをもたれることを受けいれないのだとわかったからだ。そして,大きな戦略的決定がマーケティングベースでもなく,財務ベースでもなく,企業文化の基盤のうえにおいて下された。結局チバ・ガイギーはエアウィックを売却した。明確な科学的基盤に立って,疾病や飢餓に関わるような大きな問題に対応するビジネスにのみ専心するというチバ・ガイギーの前提認識にもとづいた戦略的決定がなされたのだ。

この課題はゼネラルフーズ社(General Foods)では異なった展開を見せた。消費者グループと栄養学の専門家が会社のある製品についての苦情を公にしたとき(その製品は過剰な糖分と人工香料による味のよさはあっても栄養価は無きに等しいとする苦情であった),トップマネジメントは単なる売り上げへの影響の問題ではなく,ゼネラルフーズのアイデンティティーに関するものとしてこの苦情を取りあげた。この会社は「食品(food)」会社か,「消費者指向の食物(edibles)」会社か(たとえば,味がよければいいか,その両方か,どちらでもないか)。

当初,会社は栄養価中心の営業展開を試みたが,消費者のホンネは値段の安さにあわせ,栄養価は低くとも味のよさを求めることに気づいた。「栄養」の宣伝活動は顧客の抵抗に合って敗北し,価格の引き下げもできなかった。そして経済次元を超える基本的な組織のミッションを追求する討議が重ねられていくうちに,現実的な市場指向の議論がほかを制する展開になった。ゼネラルフーズは当初重点を置こうとした栄養指向は基本的指向性たりえないこと,そしてその基本的アイデンティティーは「消費者指向の食物(consumer-oriented edibles)」という前提認識に近いことに気づいた。ゼネラルフーズは顧客が喜んで買い求めようとする食物なら,どんな食物でも生産し,販売するに違いない。

以上を要約すれば,いかなる組織文化にも共通する中心的要素のひとつは,組織のアイデンティティーと究極的な使命と機能について,組織のメンバーが共有する前提認識の存在である。見すごされやすいことではあるが,組織の行う戦略的な決定の経過によく注意すれば,その文化的前提認識が浮かび上がって見えてくるものである。

(つづく)平林良人

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