実践編・応用編

D.マグレガーの人間観について

投稿日:2021年10月27日 更新日:

キャリアコンサルティングの社会的意義
キャリアコンサルティングを学ぶ前提

キャリアコンサルタントがキャリアコンサルティングを学ぼうとするとき、日本の産業社会においてはキャリアという言葉も概念も、つい最近まで正しく存在していなかったという点をふまえておかなければならない。キャリアコンサルティングはキャリア開発の支援活動であり、キャリア開発のためのコンサルティングであるが、キャリアコンサルティングを学ぶということは単にキャリアコンサルティングを技法としてとらえるのではなく、キャリアコンサルタントが果たさなければならない役割など、キャリアコンサルティングの前提や背景、あるいは周辺についても正しく理解しておかなければならない。
以上のような点を踏まえながら、キャリアコンサルタントがキャリアコンサルティングを学ぶということはどういうことかについて概論的に述べる。

D.マグレガーの人間観
マズローの仮説を受けて、マグレガーが組織における人間観についてまとめたのが有名な「X理論・Y理論」である。
それまでの伝統的な経営理念上の人間観は「人間は生来怠け者であり、アメとムチをうまく使って働かせるしかないのだ」という人間観であった。マグレガーはこれをX理論的人間観と呼んだ。これに対して、「人間は生まれつき条件さえ整えば自ら働こうとするものであり、自分らしさを発揮しようとするものなのだ」という新しい人間観を発表し、これを「Y論的人間観」と呼んだ。
マグレガーによれば、X理論的人間観はマズローの欲求でいう生理的欲求や安全・安定欲求という低位の欲求充足を前提としている。人間は生まれつき仕事が嫌いで、できることなら仕事などはしたくないと思っている。したがって、労働者は命令されたり強制されたり、脅かされなければ働かないと考え、専ら統制による管理が行なわれた。賃金や労働環境だけを考えていればよかったのである。しかし、人間の欲求が低位のものにとどまるものであれば問題はないが、上位の欲求を満たそうとする人間にとっては、それが待たされないと不満となり、やる気もなくなってしまう。したがってこの場合には、「人間は生まれつき条件さえ整えば自ら働こうとするものであり、自分らしさを発揮しようとするものなのだ」というY理論的人間観に基づく経営が求められる。それによって上位の欲求を満たすことが可能になり、同時に人と仕事の統合、すなわち個人と組織の共生(WIN:WIN関係の構築)が可能になる。

このような人間観に基づいた企業経営では、賃金や環境整備による動機づけや命令・服従関係による管理は成り立たないことになり、管理者は企業の目的達成のためには部下の上位の欲求充足が得られるような配慮と工夫が求められる。このマグレガーの理論は産業界に大きな影響を与え、後にドラッカーらが提唱するMBOの重要な理論的根拠の一つとなった。

F.ハーツバーグの動機づけ理論
モティベーションと人間の欲求を関連づけたのがハーツバーグの動機づけ・衛生理論である。この仮説は、不満足を回避しようとする欲求と、より成長しようとする欲求は全く異質のものであり、それらの欲求を満たすものも全く異なるものであるとする。そして前者を衛生要因(Hygiene Factors)、後者を動機づけ要因(Motivators)と呼んだ。衛生要因は後に維持要因(Maintenance Factors)と改められる。衛生要因は生命の喪失、飢え、苦痛、性的欲求、その他の一時的動因など人間の動物的素質からくるものであり、動機づけ要因は継続的な精神的成長により自らの潜在能力を顕在化しようとする強い衝動に突き動かされるものであるとしている。
ハーツバーグは、衛生要因はいくら充足しても不満が減少するだけで満足感を得られるものではないもの、つまり満たされないと不満の要因となるものであり、動機づけ要因は充足されると満足感が得られ、たとえ充足されない場合でも満足感が減少するだけであり、不満足感が増加するわけではないとしている。

前述したマズローの5つの基本的欲求はこの二つの要因と関連する。衛生要因となっているのは生理的欲求、安全・安定欲求、社会的欲求であり、動機づけ要因となっているのは自我・自尊欲求と自己実現欲求ということになる。なお、社会的欲求は衛生要因と動機づけ要因とにまたがっているという解釈もある。
現在の企業におけるHRM・HRDにおける種々の施策はマズローの欲求5段解説とハーツバーグの衛生・動機づけ理論を反映したものになっている。
(つづく)A.K

-実践編・応用編

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