実践編・応用編

医療・介護現場における従事者への影響 | テクノファ

投稿日:2021年12月3日 更新日:

新型コロナウイルス感染症は、私たちの生活に大きな変化を呼び起こしました。キャリアコンサルタントとしてクライアントを支援する立場でこの新型コロナがどのような状況を作り出したのか、今何が起きているのか、これからどのような世界が待っているのか、知っておく必要があります。

□ 医療・介護現場における従事者への影響や対応
2020(令和2)年、3月に小・中学校、高校等に臨時休業が要請されました。4月には初めて「緊急事態宣言」が発出され、社会・経済活動は大きく制約されることになりました。コロナウイルスからの感染拡大防止のために医療・介護現場は大変な思いをしました。「医療を守る」、「雇用を守る」、「生活を守る」の観点から、従事者への影響や対応について様々な措置が講じられました。

(新型コロナウイルス感染症患者受入病院を中心に医療従事者への負荷が高まった)
新型コロナウイルス感染症患者等を受け入れた医療現場では、防護服の着用をはじめとする様々な感染防止対応や、清掃などを委託で行えなくなったことによる業務の増加など負担が増大しました。
加えて、重症患者を受け入れた医療現場では、人工呼吸器、さらに体外式膜型人工肺(ECMO)の使用と重症度が上がるにつれ、医師、看護師、臨床工学技士など、より多く のスタッフの配置が必要となりました。例えば、看護師を例にとると、集中治療室の場合、通 常は常時 2:1(患者 1人に対して看護師 0.5人)の配置であるが、重症患者の診療経験が 豊富な医療施設であっても次の人員の手当てが必要とされます。
・人工呼吸器の場合には、患者 1人に対して、導入時に2人、維持管理時には 1人
・ECMO治療の場合には、患者 1人に対して、導入時に2人、維持管理時には 1.5人の看護師の配置が必要とされる*33。
新型コロナウイルス感染症以外の疾患患者を含めた対応が求められる中で、このように医療現場にはこれまでにない業務負担が生じました。

(看護職員が出勤できなくなった理由)
さらに、直接的な業務以外にも様々な負荷が生じました。子どもを持つ医療従事者の中には、学校の臨時休業や保育所の休園などにより出勤ができない者がいたり、新型コロナウイルス感染症の患者と濃厚接触したことで外出自粛が求められ出勤が不可能となった者が生じたりしました。
2020(令和 2)年 9月に公益社団法人日本看護協会が病院看護管理者に対して行った調査によれば、病院で働く看護職員の出勤状況に「変化があった」と回答が あった病院のうち、「一部出勤できなくなった職員がいた(勤務日数減等)」と回答した病院は 92.7%に上り、出勤できなくなった理由は、「臨時休校、保育園の休園」が 76.6%、 「新型コロナウイルス感染症患者・疑いのある人との濃厚接触」が 55.3%でした。

(看護職員の不足感)
同調査によれば、「看護職員の不足感があった」との回答が病院全体では 34.2%であったのに対し、感染症指定医療機関等では 45.5%と相対的に高くなっていました。

(新型コロナウイルス感染症対応を理由とした離職の状況)
また、医療従事者の中には離職を選択する者も出てきており、新型コロナウイルス 感染症対応による労働環境の変化や感染リスク等を理由にした離職が「あった」と回答した病院は 15.4%、さらに感染症指定医療機関等に限ると 21.3%となっています。
*33 第23回救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会資料(令和3年2月3日)参照。

(介護施設等でのクラスター発生が増える中で、福祉現場では様々な感染防止の取組みが 進められた)
同一の場で2名以上の感染者が出ている集団感染等として報道等されている事案について、自治体のプレスリリース等を基に把握されている件数は、2021(令和 3)年 3月 31日時点で約 5,800件となっているが、そのうち高齢者福祉施設が約 1,180件と最も多くなっています。
重症化リスクの高い者が利用する高齢者施設や障害者施設においては、感染拡大を防止 する観点から、様々な取組みが進められました。施設の利用者に対して、地域における感染症 発生状況等も踏まえ、緊急やむを得ない場合を除き、家族との対面での面会を制限する措 置などもとられました。また、リハビリテーション等を共有スペースで実施する場合には、同じ時間帯・同じ場所での活動人数を減らす、利用者同士は互いに手を伸ばしたら手が届く 範囲以上の距離を保つなどの感染防止対策がとられました。
国民の暮らしと仕事を守るため、既存の制度・事業をフル活用しつつ、不足があるときは新たな仕組みを構築し事態に対処してきた。今般の感染拡大という事態においても、これまでにない新たな措置を含め、様々な対応を行ってきています。

(介護分野における効果的な感染防止等の取組支援事業、障害福祉分野における効果的な感染防止等の取組支援事業)
一方、感染防止の対応力を底上げしつつ、継続的なサービス提供が可能となるよう、事 業者や従事者への様々な支援が行われたほか、施設における多床室の個室化や生活空間の区分けを行うゾーニングのための改修経費の支援なども行われました。

(介護従事者の不安)
様々なストレスや不安の中で働く介護従事者に対する支援が行われました。公益財団法人介護労働安定センターが実施した調査によれば、「新型コロナウイルス感 染症禍で働く不安」について介護従事者に尋ねたところ、「自身が感染症にかかる不安」、 「自身が職場にウイルスを持ち込んでしまう不安」、「利用者の方が感染症にかかる不安」 といった感染に対する不安が8割を超えていました。また、感染者が少ない地域でも「自分や 家族が人から差別を受けるかもしれないという不安」を5割近くの方が抱えていました。

(介護従事者の不満)
さらに、「新型コロナウイルス感染症禍で新たに出てきた負担や強まった不満」としては、「心理的な負担が大きいこと」との回答が最も多く(約 6割)、次いで「利用者や家族の感染症対策に対する意識の差」(約4割)となっていました。 こうした結果から、介護従事者は、自身や利用者の感染の不安と感染防止のために増加 する業務負荷の中で相当なストレスを感じながら現場で介護を行っていること、また面会 制限など感染防止のためにやむを得ずとった措置が、利用者や家族との間で考え方に違い があり、そのギャップに苦労している様子がうかがえます。 こうした困難な状況下にある介護従事者を支援するため、メンタルヘルス改善に取り組む事業所の好事例を盛り込んだサポートガイドの作成・周知のほか、こころの相談事業と して、事業所等で対応できない事例への専門家による相談窓口の設置等が行われています。

(医療・介護従事者やその家族に対する偏見・差別が見られた一方で、その防止のため 様々な取組みが行われた)
医療・介護従事者の心身両面の負荷が増大する中で、新型コロナウイルス感染症患者の 治療に当たる医療従事者の子どもが保育所等への登園を拒否される、いじめを受ける、ク ラスターが発生した医療機関や施設が誹謗中傷を受けるなど、従事者やその家族への偏見 や差別も見られ、社会的な問題となりました。

(看護職としての就業継続意向)
実際、公益社団法人日本看護協会が看護職を対象に行った調査では、偏見や差別があったと答えた看護職で離職意向が高まるなど、医療機関の診療継続にも影響するおそれのある結果が示されています。
こうしたことから、2020年 3月 28日の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」(新型コロナウイルス感染症対策本部決定)において、政府は、感染者・濃厚接触 者や医療機関・医療関係者その他の対策に携わった者に対する誤解や偏見に基づく差別を行わないことの呼びかけを行うこととされました。また、同年 9月に新型コロナウイルス感染 症対策分科会の下に「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループ」を立ち上げ、専門家による議論を経て、11月に偏見・差別の防止に向け関係者が今後更なる取組みを進めるに当たっての主なポイントと提言がとりまとめられた*34。
さらに、2021年 2月 3日に成立した「新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律」において、新型コロナウイルス感染症に関する感染者や家族、医療従事者等の人権が尊重され、差別的な取扱いを受けることのないよう、偏見や差別を防止するための規定が新たに設けられました。
*34 同ワーキンググループにおいては、感染症の発生初期には未知の病への漠然とした不安などから感染症に対して強い忌避の感情が 発生し、処罰的な感情が暴走して深刻な人権侵害が発生したと考察した上で、ポイントと提言として、感染症リスクに関する正しい知識が多くの市民に共有されることが重要であり、「新型コロナウイルス感染症は、気を付けていたとしても、誰もが気づかないうちに感染し、誰でも感染する可能性がある」、「感染者は加害者ではなく、感染症の発生は不祥事ではない(感染者が責められるべきではない)」 など正しい知識の普及と差別的な言動の防止や、正しい情報の選択と冷静な判断を呼びかける啓発を進めるべきであること等を指摘している。

また、東京都をはじめ自治体では、医療従事者等に対する差別的取扱いの禁止を盛り込んだ条例を制定したり、偏見・差別等の行為やいじめの防止に向け、動画配信やテレビ・ 新聞・ラジオ広告、首長メッセージなどによる啓発や相談窓口の設置が行われています。民間団体等でも様々な取組みが実施されており、前述のワーキンググループのとりまとめで は、愛媛県の有志グループによる市民運動「シトラスリボンプロジェクト」*35が取り上げられています。

(「# 広がれ,ありがとうの輪」プロジェクト)
感染のリスクを抱えながら、強い使命感を持って業務に従事している方々に、様々な形 で感謝の気持ちが送られました。厚生労働省においても、新型コロナウイルス感染症の感染予防の呼びかけと、医療従事 者などに対する差別・偏見をなくすために、SNSを中心とした情報発信を行う「# 広がれ,ありがとうの輪」プロジェクトを行っており、自治体や民間企業においても、クラウドファンディングを活用した支援や、感謝の気持ちを発信する様々な取組みが行われています。 また、当初全く未経験であった新型コロナウイルスとの闘いの最前線で、心身に相当な負担がかかる中で、強い使命感を持って、新型コロナウイルス感染症に感染すると重症化するリスクの高い患者と接しながら業務に当たる医療従事者や、重症化するリスクが高い高齢者、障害者等のために感染防止対策を行いながら心身のケアを継続している介護職 等に対し、慰労金が支給されました。
*35 新型コロナ感染拡大下で生まれた差別、偏見を耳にした愛媛の有志がつくったプロジェクト。愛媛特産の柑橘にちなみ、シトラス色のリボンや専用ロゴを身につけて、「ただいま」「おかえり」の気持ちを表す活動を広めている。リボンやロゴで表現する3つの輪は、 地域と家庭と職場(もしくは学校)を意味している。
(つづく)平林良人

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