新型コロナウイルス感染症は、私たちの生活に大きな変化を呼び起こしました。キャリアコンサルタントとしてクライアントを支援する立場でこの新型コロナがどのような状況を作り出したのか、今何が起きているのか、これからどのような世界が待っているのか、知っておく必要があります。
新型コロナウイルス感染症と社会保障
コロナウイルスまん延により世界各国、そして日本もいわゆる弱者への影響が大きく、各国政府は弱者への対応に大きく力を傾けました。我が国の政策も各種社会保障の充実に力を注ぎました。
● 社会保障
過去30年間を振り返っても、阪神・淡路大震災(1995(平成7)年)、リーマンショック(2008(平成20)年)、東日本大震災(2011(平成23)年)など、社会的危機が幾度となく我が国を襲いました。その度に、国民の暮らしと仕事を守るため、社会保障分野では、既存の制度・事業をフル活用しつつ、時に従前の仕組みで不足があるときには、新たな仕組みを構築し、事態に対処してきました。
2020(令和2)年には、新型コロナ感染拡大という歴史的事態が発生しました。今まで 見てきたように、この感染症は私たちの社会、生活に大きな影響を与え続けています。同時に、私たちはこの新たな事態に対処するために、これまでにない新たな措置を含め、様々な対応を行っています。
ここでは、今回の社会的危機に臨んで社会保障はどういう役割を果たしているのか、また、新型コロナ感染拡大への対応を通じて浮き彫りになった課題などについて考いきたいと思います*1。
〇 リーマンショックとの比較
まずは、今回の新型コロナ感染拡大に対して講じてきた様々な措置について、13年前の2008(平成20)年9月に発生したリーマンショックの際の対応と比較しながら、これらの措置が果たしている役割やその効果の大きさ、また、リーマンショック時と比べた場合の特徴などについて見ていきます。
■ 経済への影響
□実質GDP成長率の推移
経済への影響は、リーマンショック時を上回ります。新型コロナ感染拡大による経済への影響の大きさを実質GDP成長率によって評価すると、2020(令和2)年4-6月期に-8.1%と大幅なマイナス成長になりました。このマイナス幅は、リーマンショック時(2009(平成21)年1-3月期:-4.8%)を超えており、 リーマンショック時と比べても大きかったといえます。
□ショック前後の個人消費の変動
また、国内総生産(GDP)の50%以上を占める個人消費について、リーマンショック 時は2008(平成20)年第3四半期、新型コロナ感染拡大時は2019(令和元)年第4四 半期を基準期として、家計最終消費支出(基準期=100)のその後の変動を見ると、リーマンショック時は翌々期に98.0まで低下したのに対し、新型コロナ感染拡大時は同じく翌々期に91.0まで低下しており、外出自粛要請や飲食店等に対する休業の影響で消費が大幅に減少し、広く国民生活に大きな影響が生じたことがわかります。
*1 新型コロナウイルス感染症への対応については、感染者の把握、まん延防止等の直接的な感染防止対策に関する課題があるが、これらの課題については、現在、日々進行中であり、今後、事態が落ち着いた段階で検証を行うことが予定されており、本章の課題には含めていない。
■ 経済対策の規模
□主な経済対策とその事業規模
経済対策の規模も、リーマンショック時を上回ります。社会的危機が発生した際には、その被害を最小限に抑え、国民の暮らしや仕事を守ると ともに、甚大な影響を受けた社会・経済活動の早期の回復や安定を図るために、臨時の財政支出も含めて様々な施策をパッケージ化した総合的な経済対策が講じられます。
□ショック前後の個人消費の変動
リーマンショックの際にも、今回の新型コロナ感染拡大の際にも、危機発生当初から累 次の経済対策が取りまとめられています。危機発生後の1年間にまとめられた経済対策を見ると、事業規模の合計はいずれの時も100兆円を超えるものとなっていますが、新型コロナ感染拡大時はリーマンショック時の約1.5倍、また、財政支出の規模で比較すると約3倍と、今回はリーマンショック時よりも大規模な対策が講じられています。
■ 個人や世帯に対する経済的な支援策
□各社会危機時における個人・世帯への経済的な支援策
リーマンショック時の支援策が見直し・強化され、今回、新たに追加されています。社会的危機の時には、その危機の内容(災害、金融危機、感染症拡大等)に応じて様々 な問題や困難が生じるが、社会・経済活動が抑制されることにより経済が悪化し、仕事や収入といった人々の暮らしに影響を与えることは共通しています。
そこで、リーマンショック時と新型コロナ感染拡大時に講じられた対策のうち、個人や世帯のための経済的な支援として実施されたものを「休業者支援」、「求職者支援」、「福祉 貸付」、「住居確保」、「現金給付」、「保険料減免等」に分類して整理してみます。リーマンショック時に講じられた支援策が、その後見直されて制度的に発展していたり、今回、リーマンショック時にはなかった支援内容が新たに追加されていることが見てとれます。
■ 個々の支援策の実績や内容
以下では、前述の様々な支援策を中心に、具体的な施策の実績や内容等について、リーマンショック時と新型コロナ感染拡大時を比較しながら見ていきます。
□ 雇用調整助成金
雇用調整助成金等の支給額の推移
支給額は、リーマンショック時を大きく上回ります。雇用調整助成金については、リーマンショック時、新型コロナ感染拡大時、いずれも支給要件に関する特例措置が設けられています。さらに今回の新型コロナ感染拡大時においては、第2節で述べたとおり、雇用保険の被保険者ではない労働者を雇用する事業主に対する雇用調整助成金に準じた助成金(緊急雇用安定助成金)が設けられています。
これらの特例措置の支給額(新型コロナ感染拡大時は緊急雇用安定助成金を含む。)を見ると、助成額の上限(1人1日当たり)や助成率の引上げ等の特例措置により、リーマンショック時を大きく上回っており、累積の支給額で見た場合、リーマンショック時は、特例措置の施行日である2008(平成20)年12月からの1年4か月で6,600億円程度であったのに対し、新型コロナ感染拡大時には、2020(令和2)年2月からの1年2か月で3兆円を超える規模となっています。
□雇用調整助成金の支給要件の主な特例措置
特例措置の内容は、リーマンショック時よりも手厚いものになりました。特例措置の内容を比較してみると、新型コロナ感染拡大時には、
・雇用保険の被保険者以外のパートタイム労働者(1週間の所定労働時間が20時間未満 である者等)や昼間学生等についても対象者に追加(緊急雇用安定助成金)
・対象事業主について、事業所設置後1年以上経過としていた要件を撤廃
・助成額の上限(1人1日当たり)について、通常時の8,370円を15,000円に引上げ
・助成率について、解雇等を行わない場合は最大10/10に引上げ
・休業等計画届の提出について、不要とすることなど、リーマンショック時を上回る手厚い特例が設けられている)。
こうした特例が設けられた背景には、1で述べたとおり、今回の新型コロナ感染拡大に よってリーマンショック時よりも広く国民生活に大きな影響が生じていること、さらに今回の場合、感染拡大の防止の観点から緊急事態宣言が発出されるなど社会・経済活動の自粛が強く求められたといった事情があります。
□ 求職者支援制度
雇用調整助成金の支給要件の主な特例措置
リーマンショック時に実施した緊急人材育成支援事業が求職者支援制度として制度化しました。 非正規雇用労働者等の雇用保険を受給できない者に対しては、リーマンショック時に、緊急の時限措置として、無料の職業訓練に加えて、訓練期間中の生活支援の給付を行う事業(緊急人材育成支援事業)が実施されました。
その後、2010(平成22)年6月に閣議決定された新成長戦略において、「生活保障と ともに、失業をリスクに終わらせることなく、新たな職業能力や技術を身につけるチャンスに変える社会を構築することが成長力を支える」という考えに基づき、求職者支援制度を創設する方針が示され、2011(平成23)年10月に、緊急人材育成支援事業を基にして、求職者支援制度が法律*2に基づく制度として創設されました。 今回の新型コロナ感染拡大時には、休業を余儀なくされた者やシフトが減少した者が、 働きながら訓練を受講し、ステップアップにつながる仕事に転職することを支援するため、給付金の出席要件や収入要件の緩和等の特例措置が講じられています。
こうした措置等により、2021(令和3)年度の求職者支援制度による訓練の受講者に ついて、2019(令和元)年度実績の約2.1万人から約5万人に拡大を図ることとしています。
*2 職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律(平成23年法律第47号)
□ 求職者支援制度
求職者支援制度の概要
リーマンショック時に実施した緊急人材育成支援事業は求職者支援制度として制度化されました。非正規雇用労働者等の雇用保険を受給できない者に対しては、リーマンショック時に、 緊急の時限措置として、無料の職業訓練に加えて、訓練期間中の生活支援の給付を行う事業(緊急人材育成支援事業)が実施されたのです。
その後、2010(平成22)年6月に閣議決定された新成長戦略において、「生活保障と ともに、失業をリスクに終わらせることなく、新たな職業能力や技術を身につけるチャンスに変える社会を構築することが成長力を支える」という考えに基づき、求職者支援制度を創設する方針が示され、2011(平成23)年10月に、緊急人材育成支援事業を基にして、求職者支援制度が法律*2に基づく制度として創設されました。
今回の新型コロナ感染拡大時には、休業を余儀なくされた者やシフトが減少した者が、働きながら訓練を受講し、ステップアップにつながる仕事に転職することを支援するため、給付金の出席要件や収入要件の緩和等の特例措置が講じられています。
こうした措置等により、2021(令和3)年度の求職者支援制度による訓練の受講者に ついて、2019(令和元)年度実績の約2.1万人から約5万人に拡大を図ることとしています。
*2 職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律(平成23年法律第47号)
□ 生活福祉資金貸付(緊急小口資金、総合支援資金)
生活福祉資金貸付の貸付実績
貸付実績は、件数、金額ともに、リーマンショック時よりも大幅に拡大しました。生活福祉資金貸付については、リーマンショック当時、厳しい雇用経済情勢への対応が求められる中で、更なる活用促進とともに、効果的な支援を実施できるよう、2009(平成21)年10月に資金種類の統合・再編等の見直しが行われ、その際に、日常生活の立て直しまでの一定期間、生活費を貸し付ける総合支援資金が創設されました。
さらに今回の新型コロナ感染拡大時には、第1章第2節で述べたとおり、資金種類の統合・再編前から存在した緊急小口資金(緊急かつ一時的な生計維持のための生活費の貸付)と総合支援資金について、それぞれの貸付要件を緩和した特例貸付が実施されました。 この緊急小口資金と総合支援資金の貸付実績を見ると、リーマンショック時は、貸付件 数が急増した2009年から2011(平成23)年の3年間*3の年平均で、貸付決定件数が約7万件、貸付金額は約240億円であったのに対し、新型コロナ感染拡大時は、2020(令 和2)年4月から2021(令和3)年3月末時点までの約1年間の総計で、貸付決定件数が約189万件、貸付金額が約7,693.2億円と、リーマンショック時と比べ、件数で約27倍、金額で約32倍となっています*4。
(生活福祉資金貸付の貸付要件と新型コロナ感染拡大時の特例措置)
貸付要件は、リーマンショック時よりも緩和されています。リーマンショック時と新型コロナ感染拡大時で貸付要件を比較してみると、新型コロナ 感染拡大時には、
・緊急小口資金と総合支援資金の特例貸付の対象について、本則において、「低所得世帯等」とされているところを、それぞれ、「新型コロナの影響を受け収入の減少があり緊急かつ一時的な生計維持のための貸付を必要とする世帯」と「新型コロナの影響を受け収入の減少や失業等により生活に困窮し日常生活の維持が困難となっている世帯」に拡大したこと
・緊急小口資金の貸付上限額について、従来の10万円以内から20万円以内としたこと
・住民税非課税世帯については、資金種類ごとに一括して償還免除することを可能にしたこと
など、リーマンショック時よりも緩和された要件が設定されています。
*3 2011年度は、東日本大震災の被災者に対する緊急小口資金の特例措置に基づく貸付が含まれている。
*4 新型コロナ感染拡大時の特例貸付において、1人が貸付を受けることができる金額の最高額は、緊急小口資金が20万円、総合支援資金 が180万円(月20万円×原則3月の貸付を最大9か月まで延長・再貸付が可能)の合計200万円となっており、貸付実績を見ると、金 額の総計を総件数で割った1件当たりの貸付金額は、緊急小口資金が約18.5万円、総合支援資金(初回貸付・延長貸付)が約75.8万円、 総合支援資金(再貸付)が約52.3万円となっている。
(つづく)平林良人