基礎編・理論編

人間性に関する前提認識 | テクノファ

投稿日:2022年1月17日 更新日:

横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるとキャリアコンサルタント養成講座の中で強調されていました。そして数多くの著書を世の中に送り出しています。

今回はその中からキャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「組織文化とリーダーシップ」を紹介します。

本記事はエトガー・H・シャインの著作「組織文化とリーダーシップ」を横山先生が翻訳されたものです。横山先生はシャインが2006,7年頃(記憶があいまいですみません)来日した時の立役者(JCC:日本キャリア・カウンセリング研究会が招待した、彼と娘さんが来日した)で、東京、大阪でシャインが講演をする際にいつも同席し、そればかりか新幹線で京都案内までされて、ごくごく親しく彼の人柄に触れた唯一の日本人でありました。

横山先生の思想の系譜をたどるときには、エドガー・シャインにかならず突き当たるので今回から横山先生の翻訳を紹介しながら彼の思想の系譜を探索していきたいと思います。

<ここより翻訳:2010年シャイン著>
この章では人間とは何か,環境への配慮を心得た人間らしい活動とは何か,その基本となる,とりわけ重要な文化的な前提認識とは何か,そして正当で適切な人間関係の観点から,人間とは何かの探求を進めたい。文化的前提認識を基盤とした,人間の関係性のカテゴリーは,用語としての文化の明らかな定義を求める要望を含め,大変多くの人の関心を集めている。しかし,人間関係に関わる前提認識は人間の本質や活動にいての基盤をなすだけでなく,時間,空間,真実に関する前提認識(第7章,第8章)とも深い関わりを持つことを認識する必要がある。

〇 人間性に関する前提認識
すべての文化は,人間であることの意味についての前提認識,あるいはわれわれの基本的本能(直観)による前提認識,また,非人間的な行為とはどのようなことで,そのような行為はグループから排斥される根拠になることについても前提認識を共有している。われわれは,人間であることは,身体的存在であると同時に文化的に構成された存在であることを歴史的に知っている。奴隷制度は,奴隷を「非人間」と定義することによって正当化された。倫理的,宗教的な対立のなかで「その他」のものは人間でないように見なされた。人間と見なされたカテゴリーの中身は一様ではない。クラックホーンとストロッドペック(Kluckhohn & Strodtbeck,1961)の比較研究によれば,ある社会では人間は本来邪悪と見なされ,別の社会では善良,さらにはまた,邪悪と善良のどちらにもなる,といったような具合だ。人間は完全な存在になり得るかどうかについての前提認識も同様だ。一体,良し悪しに関するわれわれの本能は,われわれのありようをそのように簡単に受け入れたり,また努力・寛容・誠実をもって,悪しきを挫き,救済や涅槃を可能にしたりするものであろうか。マクロ文化がこれらの概念への取り組みを断念したところで,これらの文化ユニットを退けて宗教が圧倒的な支配力を示すことになる。しかしわれわれはこの課題は,まさにリーダーシップの核心に触れる問題だと考える。

組織レベルでの人間性の本質に関わる基本的前提認識は,ワーカーやマネジャーたちをどう見るかという点にもっとも明らかに表われている。西側の伝統のなかでは,前提認識の進化が見られてきた。
1.合理的,経済的な活動家としての人間
2.主として社会的ニーズとともに生きる社会的動物としての人間
3.挑戦を受けとめ,自分の才能を活かして,問題を解決し,自己実現を追求する人間
4.複雑で適応性に富んだ人間(Schein,1965,1980)

従業員のモチベーションに関する初期の理論はほぼ完全に上記1の前提認識に集約されていた。従業員の唯一本質的なモチベーションは,経済的な利己主義だと誰もが信じていたからマネジャーたちの掌中にある唯一のインセンティブは金(カネ)でしかなかった。ホーソン実験(Roethelisberger & Dickson,1939;Homans,1950)は新しいシリーズの「社会的」前提認識の始まりであって,従業員は働く仲間やグループとのよい関係を保つことにモチベートされること,そのモチベーションは経済的な利己心をしのぐことがあると主張された。これらの前提認識の主たる根拠は自発的生産制約に関する調査から得られたものであった。労働者は「1日の労働に見合う公平な賃金」のルールを守るためには,手取りの給料を減らしてもよいということを明確に示したものである。彼らはさらに,公平な1日の労働の基本的なルールを守るためには,出来高を手加減し,手取りを下げてでも,高い生産を達成する仲間(「ルール被り」)に圧力をかけたのだ。

労働に関わるその後の研究は,とくにアセンブリーラインの効果に関して,さらにもうひとつの前提認識のセットをもたらした。従業員たちは自ら自己実現を図り,挑戦的で関心をそそる仕事を求め,自分の能力を存分に活用して,その成果と自己確認を得ようとしている(Argyris,1964)。またモティベーション理論家(Maslow,1954)は人間のニーズに段階のあることを主張し,低次元のニーズが充たされなければ「高次元」のニーズに向かわないと提言した。生存モードにあれば経済的動機が支配的になり,生存ニーズが充たされれば社会的ニーズが前に出る。社会的ニーズが充たされれば自己実現ニーズが顕著になる。

マクレガー(McGregor,1960)は人間に関わる広範な枠組のなかで,マネジャーと部下の対比関係に重要な複層の前提認識があることを観察した。生産性の低いマネジャーは,マクレガーがセオリーⅩと名づけた,がんじがらめの前提認識のセットを奉ずる傾向が強かった。セオリーⅩのマネジャーたちは,人間は怠惰であり,したがって経済的な刺激で動機づける必要があり,絶えずチェックして統制する必要があると考えた。対比的に,生産性の高いマネジャーたちは,異なったセットの前提認識(セオリーY)を奉じ,セオリーYのマネジャーは,人間は基本的に自らを動機づけているからチャレンジングな機会と方向付けの必要があるが,統制の必要はないと考えた。マクレガーとそれに続く学者たちは,中途半端な金銭的刺激はかえって「やる気を削ぐ」という観察をしていた。同時に,金銭的刺激はたとえ増額してもモチベーションを高めることにはならない,チャレンジングな機会の提供と能力の活用こそがモチベーションを高めると観察していた(Herzberg,1968)。セオリーⅩにおいては従業員は直感的に雇用主と対立することを示唆するのに反し,セオリーYでは従業員のニーズが組織のニーズと調和するような組織設計が可能であることを前提認識としている。 もっとも現代的な理論は,さらにまた新たな前提認識のセットのうえに構築されている。つまり,人間性は複雑で,順応的に鍛えられるものであり,それゆえに,人間の本質に関わる,普遍的な宣言はできないということなのだ。しかし,それならば,われわれは人間に関わる変化性(variability)について説明できなくてはならない。その変化性とは,
(1) われわれの成長に伴い,われわれのモチベーションも変化し,成長するかもしれない。それを反映した人間のライフサイクルの変化であること,
(2)新たな状況のなかで新たなモチベーションが生み出されるという社会環境のなかでの変化であることだ。多くの人間についての成長を長期にわたって追求した調査・研究が明らかにしたことは,彼らは働く経験を通して自覚した自分のコンピテンス(能力),モーティブ(動機),バリュー(価値観)をもとに,「キャリア・アンカー」を内的に開発していることだ(Schein,1978,1993,2006)。このような変化性は,彼ら自身の前提認識について何らかのコンセンサスを組織内で成立させることを前提にしている。何故ならば,マネジメントはそれらの前提認識をその戦略と実践に反映させようとするからである。大方の組織のインセンティブとコントロールのシステムは,人間性に関わるその組織の前提認識に準拠している。その原則が組織のマネジャーたちに共有されていなければ統一を欠き混乱を生ずる。

マクレガー(McGregor,1960)も指摘しているが,人間には順応性があるので,前提認識にあわせて反応したりすることが多い。これは,組織にⅩ理論を共有するマネジャーが多い場合にはとくに大きな問題となる。部下たちは,強く統制され,信用されていないと感ずれば,その期待に沿ったように行動するようになる。皮肉屋のⅩ論マネジャーなら,思った通りの部下の行動を確認したことになるのだろうが,その行動が本来の人間性の反映ではないことには気づかないのだ。もっと極端なケースとしては,パーソナリティー障害のあるシニアマネジャーが自分の管轄下に組織的な病理症状を引き起こした事例もある(Kets de Vries & Miller,1984,1987;Goldman,2008)。

デジタル・イクイップメント社(DEC)は私が出会ったもっともセオリーY的な組織のひとつだ。チバ・ガイギ一社(Ciba-Geigy)の中核的な前提認識は甚だ解読が難しいが,明らかであったのは,個々の従業員がすべて良き兵士であって,その忠誠心は組織の褒賞に価したことである。その一人ひとりが命じられたことには何事であってもベストを尽くしていたが,個々の自発性については忠誠心ほどの重きを置かれていなかった。DECでは個人が究極的には組織より重要視され,チバ・ガイギーでは組織が究極的には個人より重要視されているように見えた。

〇 適切な人間活動に関する前提認識
人間性に関わる前提認識に密接に関係する前提認識は,人間がその環境との関連でとる行動の適切さについての共有された仮説である。基本的に相異なる,いくつかの方向性が異文化交流に関する研究の過程で見いだされた。これらは組織の変容の課題に関連する。

● 行動指向性
一方の極には行動指向(the doing orientation)を見いだす。行動指向は次の(1)~(3)と密接に関係する。(1)自然は統制(control),操作(manipulate)可能との前提認識,(2)現実性に向けてのプラグマティックな指向性,(3)人間の完璧化への信奉(Kluckhohn & Strodtbeck,1961),言い換えれば,人間は,自分たちの責任において,自分たちの環境も,自分たちの運命も切り開き,統制すると考えるのは当然だとする。

行動指向は米国において支配的であり,米国人マネジャーにとっての中心的な前提認識である。たとえば第二次世界大戦のRosie the Riveterのポスターで不滅になった「われわれは達成できる(We can do it)」のスローガン(訳者注:第二次世界大戦中,航空機・兵器の製造工場で働いた,リベット打ちの米国人女性ロジーナ・ボナビータ〔Rogina Bonavita〕が言ったとされる言葉),さらに一般的に使われる米国人の表現“getting things done(成し遂げる)”“let’s do something about it(何とかしよう)などがこれだ。“the impossible just takes a little longer(不可能に見えることは,時間が少しかかるということだ)”などはアメリカンビジネスのイデオロギーの核心を示す言い方だ。DECの“doing the right thing(正しいことをやろう)”へのコミットメントは代表的な行動指向の事例であった(この意味するところは,困難なことがあったら,何とかしよう,何かしよう,放っておくな,他者を巻き込め,助けを求めろ,放っておかずに,何とかしろ等)。行動指向の焦点はタスク,効率,発見にある。この前提認識で動く組織は成長を追求し,市場で支配的であろうとする。

● 存在指向
ほかの一極には存在指向(the being orientation)がある。強大な自然に対して人間性は従属的であるという前提認識と相関関係にある。この指向性は一種の運命論的な意味合いを内包する。われわれは自然に影響を与えることはできず,現状を享受するしかないことを認識しなくてはならない。「いま,ここで」のありようと,個人的な楽しみに焦点を置き,何が起きてもそのまま受けいれなくてはならない。この指向性を共有する組織と生きるには,与えられた環境のなかで調和的にいられる場を見いだし生存を確保すること。環境に働きかけて市場性を作り出したり,一部に優位性を得ようとするよりも,外的な現実的な環境条件への適合を優先させることだ。

● 開発に意義を認める指向
3つ目の指向性は開発に意義を認める指向であり,両極端の,行動指向性と存在指向性の中間にある。個人は自然との調和を達成するため,自分自身の能力をフルに開発し,それによって環境との完全な一体化を達成する。焦点は静的な条件にはなく開発にある。離脱,瞑想及びそのコントロール可能な部分(感情とか身体機能など)を通して,個人は十分な自己開発と自己実現を達成する。達成とは,個人が何を具体的に達成したかではなくて,その焦点は,個人がどうであったのが,どうなれるかにあるのだ。簡単にまとめれば,「開発に意義を認める指向性」では,統合された全体としての自分のすべての側面の開発を目的とする活動が重視されるのだ(Kluckhohn & Strodtbeck,1961,p.17)。

この次元の関連は個人の感情表現に対する組織の態度と様式に明らかに表われてくる。エッソケム社(Essochem;エクソン社〔Exxon〕の化学部門のヨーロッパの子会社)のシニアマネジャーが私に不満を言った。同社の役員に推す有能なマネジャーが見当たらないというのだ。幹部候補育成の会議に同席したとき,フランス人とイタリア人のマネジャーが役員候補としては「エモーショナルすぎる」と,再三,不適格の烙印を押される場面があった。このふたりの名前は事後の会議で取り上げられることはなかった。明らかにこの組織の幹部登用の前提認識はエモーショナルすぎるマネジャーを上位幹部職には昇進させないことにあるようだった。そして後日,別の機会に,この前提認識は本社レベルの会議でさらに顕著になることを知った。同社の前提認識は,マネジャーの人間的成長と,シニアレベルの人材の開発・多様化による戦略的オプションに制限を加えていたことになる。

対比的にDECでは極端と言えるほど,一切の干渉もなく,個人の自己開発を奨励していた。あとになって各種の「同窓会」が生まれ,その後のDECとの関わりに関係なく,「DECで育った」と言い交わしているとのことである。チバ・ガイギーでは,それぞれがまわりに合わせ,組織構成の部品となるしかなかった。現行の組織モードのための社会化であれば,自己開発とは呼び難い。

この前提認識はわれわれが企業比較をするとき,過去の成功や,うまくいったニッチ探しに目が眩んで組織としての開発を忘れてしまった企業に該当する中心的な前提認識になる。DECは個人レベルでの開発が活発であるにもかかわらず,会社が組織としての開発を止めてしまった好事例である。DECは高品質のイノベーションを実現するというニッチにとらわれ,そこで停滞してしまい,経済的な機能不全を起こしてしまった。対比的にヒューレット・パッカード社(HP)は計器製造,医療機器からコンピューターへ,プリンターへ,インクへと開発を続け,成功した会社事例である。

同様に,チバ・ガイギーも,その大きな転換期に,それまでの多種環境のなかでの経営を振り返り,化学ビジネスの膨大な「生産能力過剰環境」への対応としてのスケールダウンを進めた。逆に,医療ビジネスは潜在的に高い成長力を備えており,市場を主導する規模と能力が重要であった。それまでの競争会社であったサンドと合併して,製薬業界の巨人と言われるノバルティス設立へと進んだ。この染料工場からニッチ過程を経て強大な製薬会社への進化のプロセスの後半は「行動指向(doing orientation)」そのものであった。
(つづく)平林

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