基礎編・理論編

メンバーの不安を軽減する側面 | テクノファ

投稿日:2022年4月6日 更新日:

横山哲夫先生が2019年6月に逝去されて今年は満3年になります。テクノファでは2004年に先生のご指導でキャリアコンサルタント養成講座を立ち上げさせていただいて以来、今年まで実に16年もの間先生の思想に基づいたキャリアコンサルタント養成講座を開催し続けさせていただきました。本記事は、キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われるH・シャインの著作「組織文化とリーダーシップ」を横山先生が翻訳されたものです。

<ここより翻訳:2010年シャイン著>
ここまでに述べてきた記述に関して,数点追加のコメントをしておくべきだろう。ある事柄がその組織を成功に導き,メンバーの不安を軽減する側面で役に立ったときにはじめて,それが文化の一部に取り込まれる。サム・スタインバーグが抱いた,ものごとをどのように遂行すべきかに関する前提認識は,彼が経営を続けた環境と合致していた。その結果,彼自身とその創業グループはこの前提認識に対して強力な後押しとサポートを受けることができたのだ。

サム・スタインバーグの死後,この企業は長期間にわたる文化の混乱を経験した。彼の死とその他数人の文化の伝承者の退職によって空白が生じた結果であった。しかし店をどのように経営するかについての基本的な哲学は完全に定着しており,サムのチーフ将校によってしっかり継承されていた。しかしその人物が退職すると,再び不安定な状況に見舞われた。というのはサム・スタインバーグのもとで育てられたマネジャーたちの一部は,期待されたほどには強力でも,有能でもなかったことが発見されたからだ。

サムの娘とその配偶者のいずれも,ビジネスをしっかり継承することができなかった。そこで家族内のほかのメンバーが企業を経営し続けた。しかし誰もサム・スタインバーグのレベルのビジネス・スキルを備えていなかったので,企業を経営するために外部からある人材を採用したが,この人物はあえなく失敗した。彼はこの企業の文化にも家族にも適応できなかったからだ。他社から招へいしたあとふたりのCEOも失敗に終わったあと,家族はこの企業にそれまで勤めてきたあるひとりのマネジャーに目を向けた。彼はスタインバーグ社の外部で,さまざまな不動産企業で財を成していた。このマネジャーは,彼の前歴といかに家族メンバーをハンドルすべきかについて,彼の知恵のおかげで社員から信用を得ていたので,スタインバーグ社のビジネスを安定させることに成功した。彼のリーダーシップのもとで,初期の前提認識の一部は新しい方向に向けて復活しはじめた。最終的には,家族グループがこの企業を売却することを決断した。このマネジャーとサム・スタインバーグのいとこのひとりは彼ら自身の企業を立ち上げ,スタインバーグ社と競合することとなった。

このケースから学べる明確な教訓は,文化というものは,主要な文化の伝承者が去り,さらに組織の数多くのメンバーが,そのリーダーが成長期に生みだした矛盾含みのメッセージによってある程度の混乱を経験したときには,その文化は存続し得ない,という教訓である。スタインバーグ社には強力な文化が存在していた。しかしサム・スタインバーグが生みだした矛盾含みの前提認識がその文化に定着し,安定の欠如とあつれきを生みだしたのだとも結論できる。

(フレッド・スミスフィールド社)
スミスフィールド(Fred Smithfield)は,高度な財務分析手法を用いて,保険会社,ミューチュアルファンド(米国のオープンエンド型投資信託),銀行がそのような手法を使いはじめた領域でファイナンシャル・サービス企業のチェーンを築き上げてきた。彼は新しい概念を生みだす専門家であり,セールスマンであったけれども,彼が新しい形のサービス組織のアイデアを生みだすたびに,その投資,設立,マネジメントはほかの人に全面的に任せていた。

スミスフィールドは,各企業には自分自身の資金からは非常に小規模な資金しか投入すべきではないと信じていた。というのはもし彼がほかの人たちに投資することを説得できない場合にはそのアイデアはどこか間違っているに違いないと考えたからだ。彼は自分のお金を使ってギャンブルするほどには,その市場を十分に理解できていないという前提認識にもとづいて,かつて自らが失敗した企業の例を公けに語ることによって上記の考え方を説明していた。彼はかつて海産魚を売るために中西部のある都市で小売店をオープンした。彼が海産魚を愛していたからだ。彼はほかの人たちも同じように感じてくれるはずだと考えて,市場が望んでいることに対する彼の判断を信じて店を開き,そのあげく失敗した。もし彼が他の多数の人たちにこの企業への投資を薦め続けていたとすれば,彼の指向したものが必ずしもほかの人たちの望むものを実現しないことをしっかり学習できたはずだ。

スミスフィールドは自分自身を創造力ゆたかな概念を生みだす専門家であるけれども,すぐれたマネジャーであるとは考えていなかったので,彼自身の財務的投資は最小に抑えただけに留まらず,彼の企業に個人的に関わることも最小限に抑えた。彼が投資のためのパッケージを作り上げると,この新しい企業をマネジすることを委ねられる人材を探しだした。これらの人材は多くの場合彼自身と似た人たちであり,ビジネスに対するアプローチではかなりオープンさを示し,ものごとをどう進めるべきだという自分自身の前提認識をほかの人たちに押しつけない人たちであった。

スミスフィールドが抱いていた前提認識,すなわち明確に設定されたゴール,それらのゴールを達成するための最善の手段,どのように成果を測定するか,さらに物事がうまく行かないときにどのように修正するか,といった点に対する彼の前提認識は基本的に実践にもとづくものであった。サム・スタインバーグがすべてのことに首を突っ込む必要を感じていたのに対し,スミスフィールドのほうは,新しい組織が地盤を固め,機能し始めるとそれに興味を失ってしまう傾向が強かった。彼の考え方は,まず基本的なミッションに関する明確な概念を築き,その概念を投資家に売り込むことを通じてテストし,ミッションがどのようなものかを理解しているすぐれた人材を巻き込み,さらにこれらの人材にそのビジネスを実際に展開,運用することを委せる,というものであった(その際,最終的な業績を測定する時には財務的指標のみが用いられた。)

もしスミスフィールドが,内部的に組織はどのように運営されるべきかについての前提認識を設定していたとしても,彼はそれを自分のなかに留めておいたはずだ。したがって彼の企業のそれぞれが築いた文化は,彼がその企業をマネジしてもらうために招へいした人たちの作った前提認識にもとづくものに近かった。現実にもこれらの前提認識は千差万別であった。もしわれわれがスミスフィールド社をひとつの組織として分析したとすると,われわれはほとんど特有の企業文化の兆候を見つけることはできない。というのは,どのグループも共存された歴史や学習の経験を持っていなかったからだ。しかし独立したそれぞれの企業は,スミスフィールドが任命したマネジャーによって抱かれていた信条,価値観,前提認識から生みだされた文化を備えていたのだ。

この短いケースは,創設者が自分自身をその企業に投影するというような,どこにも汎用的に適用できる法則など存在しないということを示している。それは自分の抱くさまざまな前提認識を外部に具体化したという,個人的なニーズに左右されるのだ。スミスフィールドにとって,究極的な個人の妥当性の証明は,彼の企業のそれぞれが財務的に成功すること,さらに新しい創造的なアイディアを生み出し続ける彼の能力に求められたのだ。彼の創造性に向けてのニーズは,財務サービス企業を立ち上げて10年ほど経ったあとに,彼は自分の関心を不動産業に向けて転換し,さらにあとには環境保全組織に代わってロビイストとして活躍するという方向に移した。しばらく政治の世界に手を染めたあと,再びビジネスに復帰し,最初は石油会社に,のちにはダイヤモンド探掘会社に籍を置いた。最後は教えることに興味を移し,起業家を育てることを目的としたプログラムを開発して,中西部のビジネススクールで教えることになった。

(ケン・オルセン/D E C)
デジタル・イクイップメント社(DEC)の文化は第3章で詳しく紹介した。本章で私は,DECの創設者であるケン・オルセンが,第3章で紹介した文化に導くためにどのようにしてDECの経営システムを生みだしたのかに焦点を絞って紹介したいと考えている。オルセンは彼の信条,態度,価値観を強力なプロテスタントの家族,さらにのちにはMITで築き上げた。MITでは,最初のインタラクティブな(双方向的な,対話するような形式で操作する;今のパソコンのような)コンピューターであるWhirlwind(世界初のリアルタイム処理を念頭においたコンピューター,世界初のモニター端末のコンピューター)の開発に取り組んだ。彼とその同僚は1950年代中頃にDECを立ち上げた。彼らは,自分たちで小型のインタラクティブなコンピューターを作りだすことができると確信していたからである。またこの種の小型コンピューターには最終的にはきわめて大規模なマーケットが開けるとも信じていた。彼らは,当時全米リサーチ・アンド・デイベロプメント社(American Research And Development Corp.)のヘッドであったドリオット将軍を説得し,当初の投資を引き出すことに成功した。彼らの信用と企業のコアのミッションに対する基本的なビジョンが明確であったことからこの投資を引き出し得たのだ。数年後にはふたりの創業者は,どのように組織を築くかというビジョンについて共通の見解を持っていないことに気づき,オルセンがCEOに就任することとなった。

世界の本質,いかに個人は真実を見つけるか,いかに問題を解決するか,といった点に対してオルセンが抱いた理念は,DECの成長のこの段階ではきわめて強力なものであり,彼の経営スタイルに色濃く反映されていた。彼はすぐれたアイデアはそのランクや経歴を問わず誰からも提案されるけれどもしかし,彼自身もほかの個人もそのアイデアが正しいものであるか否かを判断できるほどには十分にスマートではない,と信じていた。オルセンは,グループ内のオープンな議論と論争こそアイデアをテストする唯一の方法であり,何びとといえども,そのアイデアが活発な論争という試錬を乗り越えて存続が確認されるまでアクションを取るべきではないと考えていた。たしかに個人は直観を備えているけれども,その直観が知性の市場でテストされるまでは,直観のみにもとづいて行動すべきではない。したがってオルセンは数々の委員会や内部審議会を生みだし,すべてのアイデアをアクションに結びつける前に,それらのアイディアを徹底的に議論し,討議したのだ。

オルセンは彼の前提認識を,グループに対して彼が推し進めたい課題を正当化するために,たびたび語ったストーリーによって守ろうとした。彼はたびたび,自分自身で意思決定を行うことを躊躇すると述べていた。何故なら,「私自身それほどスマートでないし,もし何をすべきか判っていれば,遠慮なく何をすべきかを指示する。しかし私がスマートな人たちのグループに参加し,彼らがそのアイデアについて論争しているのを聴いていると,私自身がじきにもっとスマートになれると感ずる」と発言している。ケン・オルセンにとってグループは彼自身の知性の延長のようなものであり,彼はグループの場を,声高に発言しながら同時に考える機会として活用し,自らの考えを頭のなかで整理する機会としてとらえていたのである。
(つづく)平林

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