今回はキャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「組織文化とリーダーシップ」を紹介します。本記事はエトガー・H・シャインの著作「組織文化とリーダーシップ」を横山先生が翻訳されたものです。横山先生の思想の系譜をたどるときには、エドガー・シャインにかならず突き当たるので今回から横山先生の翻訳を紹介しながら彼の思想の系譜を探索していきたいと思います。
<ここより翻訳:2010年シャイン著>
中年期への移行:後継者問題
組織の中年期はその構造上,創業者/オーナーが組織のコントロールの役割を昇進してきた,あるいは新たに任命されたゼネラルマネジャーに譲渡する段階と定義できるだろう。彼らはなお企業のオーナーであり,取締役会に残っているかも知れないけれども,企業経営のコントロールは第2世代のゼネラルマネジャーの手に移っていく。この段階は,ゆっくり,またはかなり速く,また組織が小さいとき,または大きくなってから起こってくるので,これは時間の問題というより,構造の問題としてとらえるとよいだろう。第13章で紹介したスミスフィールド社(Smithfie1d Enterprises)のようなスタートしたばかりの企業の数多くは中年期にまたたく間に到達したけれども,IBM社のような企業はトム・ワトソンJr.が指揮権を譲り渡したときにやっと中年期が訪れている。フォードモーター社(Ford Motor Co.)は,家族メンバーのひとりがなお取締役会の会長であることからなお移行期にあるとも言える。
創業者やその家族からゼネラルマネジャーの指揮する中年期への移行期には数多くの段階とプロセスが含まれることが多い。これらのプロセスで最初にしてもっとも重要な出来事は創業者によるCEO職の放棄だ。もし新しいCEOが創業者の息子や娘,あるいは信用の厚い家族メンバーであっても,創業者として築いてきたものを放棄することは創業者や企業家の本性を考えると,きわめて困難なことに違いない(Dyer,1986,1989;Schein,1978;Watson & Peter,1990)。この移行の段階では,文化のどの側面を従業員が好んでいるのか,好んでいないのかを巡る対立が,創業者について従業員が好きか,嫌いかの議論に取って代わる事態が生じる。というのは文化に伴うほとんどの部分は,創業者の性格の反映であることが多いからだ。創業時からの文化を好む「保守派」と文化の変革を望む「改革派」または「急進派」との間の闘争が勃発する。この理由は双方が自分たちのパワーポジションを強化したいと望んでいるからである。この状況における危険は,創業者に対する感情が文化に対して投射されているために,創業者を交代させる努力のなかで,文化に対しても挑戦が仕向けられるという危険だ。そこで組織メンバーが,文化ではそれまで成功,安心,アイデンティティーを生みだしてきた学習されたソリューションのセットであるという事実を忘れると,自分たちが価値とニーズを認めているそのものにチャレンジすることにもなりかねないのだ。
この段階でたびたび欠落が見られるのは,組織文化とはどのようなもので,組織に対してどのような貢献しているのかについての理解だ(その文化がどのように生まれてきたかにかかわらず)。そこで後継プロセスは,アイデンティティー,独自の能力,さらに不安感からの保護を提供する文化の側面を強化する方向でデザインされなければならない。このようなプロセスは内部の人材のみがマネジできることは間違いない。というのは外部の人には,文化に関わる課題や創業者と従業員の間に存在する感情的関係の機微をまず理解できないからである。しかしこの内部プロセスを促進するためには,ボードメンバー(取締役会の役員)やボードによって任命されたコンサルタントといったアウトサイダーの助力も要求される。
後継者の準備は,創業者と後継候補者の双方に心理的な困難を生む。何故なら通常起業家は高いレベルのコントロールを維持したいと願うからだ。公式的には彼らは後継者を育てているというけれども,彼らは無意識のうちに,力強く,有能な人材が後継者の役割を担うことを妨害しがちなのだ。あるいはたしかに後継者を指名したとしても,その職務をどのようにこなすかを学ぶための十分な責任を後継候補者が担うことを邪魔することも起こってくる。いわゆる「アルバート皇太子」症候群であり,ヴィクトリア女王が彼女の息子に王になるための訓練の機会を与えなかったケースが思い出される。このパターンは,IBMのケースに見られるように父親から息子への継承においてとくに発生しやすい(Watson & Petre,1990)。
シニア経営陣または創業者が後継者に対する基準設定の問題にぶつかると,文化に伴う課題が表面化することが避けられない。このときまでに文化は,最初は創業者の財産としてスタートしていたとしても,その組織の特性,あるいは財産になっていることは間違いない。コダック社(Kodak)では「ジョージ・イーストマンの幽霊がまだ廊下を歩いている」と言われ続けてきた。創業者や創業者の家族がなお組織で主導権を握っている場合には,その文化にはほとんど変化が生じていないことが予想される。しかし文化はその創業者と深く関わっていることから,その文化を明確化し,結合化し,維持し,進化させようとする努力が進行していることも期待できる。たとえば,デイビッド・パッカードがヒューレット・パッカード社(HP)の経営を昇進してきたゼネラル・マネジャーに譲ったあと,その改革の途中のある段階で,パッカード自身の価値観の一部に反する意思決定が行われたことを目にして,彼は即座に現場に復帰して,彼の価値観を補強してくれる,異なったCEOを就任させたのだ。
創業者あるいはその家族が最終的にそのコントロールを手離すと,もし後継者が適切なハイブリッド人材である場合には,文化の進化の方向を変える機会が訪れる。つまり組織の生存のために必要とされることを代表しながら,かつ「彼はわれわれの一員なのだから」とメンバーから認められるような人材であるからだ。またこの人材は,古い文化に含まれる価値の高い部分を保全してくれる人材と見られる。スタインバーグ社では何人かのアウトサイダーがCEOとして成功しなかったあとを受けて,初期にこの企業で働いた経験を持ち,それ故に創業者の家族によって「よくこの企業を知っている」と認められた人物が探しだされた。しかしいかにビジネスを進めるかについては彼なりの新しい前提認識を数多く持ち込んだのだが。アップル社(Apple)においても,何人かのアウトサイダーCEOのあと,スティーブ・ジョブズを再度呼び戻している。彼はほかの企業を経営してきて,彼が創設したアップルに役立つ貴重な学習を重ねてきたことが推測される。
成長を続けているときには文化は不可欠の接着剤として機能する。しかし中年期においては,その文化の重要な要素は,組織の構造と主要なプロセスにすでに定着している。したがって,文化に対する意識,また文化を築き,統合化し,維持しようとする意図的な努力はそれほど重要なものではなくなっている。組織が初期に獲得した文化はいまや当たり前のものとして受け止められている。なお意識の対象として残されているものは,クリード(信条),信奉された価値観,スローガン,憲章,さらにその企業がどうありたい,何のために存在しているのかに関する公の声名等である。
この段階に至ると文化を解釈し,人材に理解を促すことがますます困難になる。文化は日常業務のなかに定着しているからだ。そこでは危機や問題の解決を求められているとき以外では,人材にその文化に対する自覚を促すことが逆効果をもたらすこともあり得る。つまり企業が大規模で,安定したものになってくると,マネジャーたちは文化に関する議論を退屈,あるいは不適切と感ずるようになりがちなのだ。一方地域的な拡大,合併と買収,新しいテクノロジーの導入の際には,今後対応が迫られている文化の新しい要件は既存の文化と矛盾しないのかどうか,注意深く評価することが求められる。
もしこの後継に伴う移行が,企業が成熟し,年取った状況で行われるときには,文化の拡散に向けての強力な力が出現してくる。何故なら,強力なサブカルチャーが育ってきていることから,さらに大規模で,区分化され,地理的にも拡散した組織において,高度に統合化された文化を維持することが困難になっているからである。さらには,組織内のすべての文化のユニットが統一され,統合されるべきか否かも定かではなくなっている。私が協力したいくつかのコングロマリット企業は,前の章で紹介したスウェーデン政府所管の企業と同様に,共通の文化を維持すべきか,ときによっては新たに築くべきかという問いと格闘することに多くの時間を費やすこととなる。
これらの移行期のプロセスに関連して,数多くの変革メカニズムが登場してきている。これらのメカニズムは,去り行く創業者/オーナー,または新しく就任したCEO,またはその両者によって導入される。中年期に差しかかった組織では,以前に紹介したメカニズムに加える形でこれらの新しいメカニズムが展開されることとなる。
選ばれたサブカルチャーからのシステマティックな昇進を通じた文化変革
中年期に差しかかった組織の強味は,そのサブカルチャーの多様性に求められる。そこでリーダーとしては,さまざまなサブカルチャーの強味と弱味を分析し,しかるのちに選ばれたサブカルチャーの人材を,顕著なパワーを伴うキー・ポジションに計画的に昇進させることを通じて全社の企業文化をこれらのサブカルチャーに近付けることが可能となり,中年期の組織の文化を進化させることができる。これは先に紹介したハイブリッド人材の活用の発展型ととらえることができるけれども,中年期の組織にとってはさらに大きな影響を及ぼす。何故なら,企業文化の保全は若く,成長途上の組織に比べると,それほど大きな課題となっていないからだ。さらに中年期の組織は,その企業文化に心理的に縛られていない,それ故に必要とされている将来方向を客観的に評価できるゼネラルマネジャーによって統率されていることも理由のひとつに挙げられる。
たしかにサブカルチャーの多様化は若い組織にとっては脅威をもたらす。しかし中年期の組織にとっては,環境が変化しているなかで際立った優位性をもたらす。つまり多様性は適応能力を高めるのだ。この変革メカニズムに伴う唯一の欠陥は,変革のスピードがきわめて遅いという点だ。たとえば危機状況に陥っていて変革のスピードを上げなければならないときには,次章以降に紹介するシステマティックに計画された変革プロジェクトといったメカニズムが活用されなければならないだろう。
(つづく)Y.H