今回はキャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「組織文化とリーダーシップ」を紹介します。
<ここより翻訳:2010年シャイン著>
テクノロジーからの誘発を通じた文化変革
中年期の組織のリーダーが文化の前提認識を変革する,もうひとつのあまり目立たないけれども,きわめて重要な方法は,彼らが意図的に,かつ有利さを活かす形で導入する新しいテクノロジーからの微妙で,累積的で,ときには偶発的な影響力を活用する方法だ。その極端な例は,自動車のようなテクノロジーにおけるイノベーションをゆっくりとした進化を通じて拡散していく例に発見される。自動車の類のイノベーションは単に馬車や軽装馬車を駆逐しただけでなく,結局は古いテクノロジーに付随して存在していた数多くの前提認識や慣習をも駆逐した。今日の情報テクノロジーの普及もこの例に当たるだろう。またこの反対の例では,テクノロジーからの誘発において組織メンバーの行動を変えるために,具体的な新しいテクノロジーを意図的に,マネジした形で導入する方法が挙げられる。この方法では,現在の自分たちの前提認識を再検討し,新しい価値観,信条,前提認識を採用することが求められる。
新しいテクノロジーの導入に対する明白な理由は効率性と生産性の向上である場合がほとんどである。しかしときにはその目標が,リーダーが文化の多様性が過剰過ぎると認識している状況を軽減することに求められることもある。たとえば意図的に中立的,あるいは漸進的と思われるテクノロジー,すなわち人材が共通言語にもとづいて思考し,行動する効果をもたらすテクノロジーを導入するといった例だ。あるいはときによってその目標においては,中立的で,見かけ上は,脅威を生まない方法で前提認識をオープンにさらけだすことを目指すこともある。あるいはそのテクノロジーが,ロボットを流れ作業のラインに導入する,あるいは化学や原子力工場のオートメーションを導入するといったように物理学的なこともある。また公式的にTQMプログラム,あるいはどの人材からも標準化された行動を要求する情報テクノロジーの新しいプロセスを導入するといったような社会工学的な変革も含まれる(Blake & Mouton,1969;Blake,Mouton & McCause,1989)。
数多くの企業では,組織開発プログラムの一環として新しい社会工学を導入するために教育による改革を進めている。ここでの目的は,組織において共通の前提認識が欠けていると認識されている状況に共通の概念と言語を築こうとする試みだ。たとえばブレイクの「マネジリアン・グリッド」,さらに最近このタイプの介入手段として人気を博しているプログラムは,センゲのThe Fifth Discipline(Senge,1990,2006)に紹介された“Systems Dynamics”や“The
Learning Organization”,さらにたくさんの書籍やプログラムで紹介されている,Total Quality Managementだ(Ciampa,1992;Womack,Jones & Ross,2007)。この種の戦略を下支えする前提認識は,ある文化の領域,たとえば「人々はどのように部下と接するか」,「自分のメンタル・モデルに沿って人々はどのように現実を把握するのか」といった側面における新しい,共通言語や概念は,組織メンバーたちに共通の判断基準を採用することを促し,最終的には共通の前提認識を導くという考え方だ。組織が経験を積み,幾度かの危機を乗り切ると,新しい,共有された前提認識がしだいに形成されてくる。
パーソナルコンピューターとそれに関連するテクノロジーが経営のさまざまなレベルに対して,組織をネットワーク化する手段として急速に普及してきている状況,トレーニングへの強制的な参加,意思決定を促すエクスパートシステムの導入,さらに時間と空間の壁を越えてミーティングを可能にするたくさんの種類のグループウエア(機器)の活用は,テクノロジーからの誘発のそのほかの型として明らかに大きな貢献をしている。これらの効果は創設者によっては予想していなかったことのはずだ(Gerstein,1987;Grenier & Metes,1992;Johansen & others,1991;Savage,1990;Schein,1992)。
アルファパワー社(Alpha Power)のような災害を起こす可能性が高い企業では,すべての現業従業員に携帯電話を持たせることにした決定は,第一線オペレーターの効率を高めただけに留まらず,監督者とオペレーターとの関係にも大きな変化をもたらした。さらに化学の業界では,ズボフ(Zuboff,1984)が指摘したように,コントロールルームの自動化によって,コンピュータースクリーン上のデータをモニターする方法が,観察,臭いをかぐ,その他直接手に触れるといった手法から手を切れず,新技術に適応できなかった数多くの作業員を現場から駆逐したのだ。またCTスキャンの導入についてのバーリーの研究(Barley,1988)では,技師と放射線医師の関係が根本的に変わったという事実が報告されている。
テクノロジーからの誘発の顕著な例は,王室から認可を受けて100年前に設立された運送企業を引き継いだ,あるマネジャーによってもたらされた。この企業は,青地に盾の紋章を描いたトラックを中心に強力な伝統を築いてきていた。しかしこの企業は,運送からの売上げを伸ばすための新しい概念を積極的に追求してこなかったために徐々に業績を悪化させていた。新しくCEOに任命されたこの人物は数か月間にわたりこの企業を観察したのちに,全く理由を告げずに,トラックの全車両を真っ白に染りかえるように指示した(Lewis,1988)。言うまでもなく,従業員は仰天した。従業員の代表がこのCEOに再考を求めて陳情し,さらに社員の一体感の喪失に対する懸念,売上げ減による危機の予測,その他の抵抗が相次いだ。これらに対しCEOは熱心に耳を傾けたけれども,彼の案がしっかり,かつ迅速に遂行されるようにと命令を繰り返すに留まった。この命令については交渉の余地がないことをはっきりさせて,抵抗を食いとめたのだ。
すべてのトラックが真っ白に塗装されると,ドライバーたちは,カスタマーがいたく興味を示し,これからどのような新しいロゴを入れるのかを尋ねてきた。このような問いによってあらゆるレベルの従業員は,自分たちがどのようなビジネスに身を置いているのかについて考えはじめ,このCEOが最初に築くことを目指していた「マーケット志向のフォーカス」を自分たちで率先して開始しはじめたのである。善かれ悪しかれこのCEOはただ言葉で要求しても,この広範なフォーカスは実現しないと読んでいた。彼は,従業員が自分たちのアイデンティティーを再考する以外道が残されていない状況に,彼らを敢えて追い込まざるを得なかったのだ。
組織内のプロセスの範囲を越えて,この広範なIT革命は,自動車の導入が「組織」や「職業コミュニティー」の概念においてさえ世界中で変化を巻き起こしたと同程度,またはそれ以上の強力な影響を及ぼしている事実を認識しなければならない。これらの影響についてティレル(Tyrrell,2000)は次のように要約している。「高速の相互交流テクノロジー(とくにインターネット,イントラネット,EDIウェブ)の発達と普及は,数多くの人たちに特定の興味の対象としてのコミュニティーに驚くべきアクセスを可能にする新しい環境を生みだした」(Ashkanasy, Wilderom & Peterson 2000,p.96)
もし組織と職業ごとコミュニティーの境界がオープンなものになると,電子的な形でしか交流しない人々のグループには,どのように文化が形成され,運用できるかという大きな問いが投げかけられてる。文化のもっとも根本的な側面の一部は,人々がその交流をいかにマネジするかについて関わっているので,電子通信時代においては,権威と親密の課題に対応する社会的な接触のための新しい方法が生み出されなければならないのだ。
たとえば数多くのプロフェッショナルサービス企業は極めて小規模な本社と,大規模なスタッフを抱えるネットワークを築いている(弁護士,コンサルタント,医師等)。各プロフェッショナルは契約ベースを除いては雇用契約を結んでおらず,「要求に応じて」仕事を進めている。また雇用契約の形も多様に変化しており,「キャリアチェンジ」の概念にも変化が及んでいる。これはマクロカルチャーの領域における文化の進化に結びついているのだ。
アウトサイダーの導入を通じた文化の変革
共有された前提認識は,組織内の主力なグループや同盟の構成を変えることによっても変革可能である。クライナーは彼の研究(Kleiner,2003)で,「本当に重要なグループ」と定義している。この変革メカニズムのもっとも明確なケースは,取締役会が組織外から新しいCEOを招くとか,買収,合併,レバレッジド・バイアウト等の結果,新しいCEOが任命されたときに起こってくる。新しいCEOは通常自分のところの人材を一緒に連れてきて,古い経営,ますます効果性を失っている経営を代表していると考えられている人材を追い出す。この結果,企業文化の原型であったグループまたは階層組織のサブカルチャーを打ち壊し,新しい文化の創造をスタートさせる。またもし機能組織,地域,事業部門に強力なサブカルチャーが存在している場合には,新しいリーダーはこれらの部門のリーダーたちを代替しなければならないことも起こってくる。
ダイアー(Dyer,1986,1989)は,いくつかの組織でこの変革メカニズムを検討し,次のようなパターンを発見した。
1.その組織は業績の悪化,あるいは市場における何らかの失敗により危機感を募らせ,新しいリーダーが必要であると結論する。
2.同時に,古い文化を支えてきたプロシージャー(手続き),信条,シンボルが機能不全に陥ることから,「パターンの維持」機能が弱体化する。
3.新しい前提認識を備えた新しいリーダーが,危機に対応するために外部から招かれる。
4.古い前提認識の支持者と新しいリーダーとの間に葛藤が生ずる。
5.もし危機状況が改善され,新しいリーダーが信頼を勝ち取ると,上記の対立で勝利を収め,新しい前提認識が定着しはじめ,新しいパターン維持活動のセットによって強化される。
組織メンバーたちは,「新しい方法はあまり好きになれないけれども,その方法がわれわれに再び利益をもたらしているのだから異を唱えるわけにもいかない。だからこの新しい方法を試行するしかないだろう」と感じはじめる。古い方法にこだわり続けるメンバーは,組織が目指している方向と新しい方法にとてもなじめないと感じて,組織から追い出されるか,自らやめていくか,のいずれかの道をたどる。一方新しいリーダーも次の3つの方法のいずれかでつまずくことがあり得る。改善が実現しないケース,改善が実現してもその功績が認められないケース,さらに創業者からの伝統がなお根強く残っている文化のコア部分に対して新しいリーダーの抱く前提認識があまりに大きな脅威を及ぼすケースである。もしこれらの状況のいずれかが表出すると,新しいリーダーは信頼を失い,アップル社(Apple)のスカリーに起こったように企業から追放される。スカリーは事実アップルの技術者のコミュニティー(それはつねにアップルの中核を占めていた)から尊敬されていなかったと言われている。
創業者やその家族がなおパワーを保っている若い組織に外部の人材が招かれたときに上記のような状況が発生しやすい。このような状況では,新しいリーダーがオーナーの抱く前提認識に抵触し,彼らによって放逐される可能性も高い。文化の変革は,計画的に外部人材をトップレベルのすぐ下の職位に招き入れ,徐々にトップの考え方を教育し,適応する役割を彼らに担わせることによっても実現する。これらの外部人材がサブグループの経営権を握り,これらのサブグループの文化を改革し,大きな成功を収め,組織はいかに機能するのか,そのための新しいモデルを作り上げたときに上記が実現しやすい。このプロセスのもっとも典型的なケースは,強力なアウトサイダー,または革新的なインサイダーに自律性の高い事業部門のひとつをマネジすることを委ねるケースであろう。この事業部で成功を収めると,ほかの事業部門が模倣する新しいモデルが築かれるだけでなく,より高位のポジションに昇進が可能となり,その結果その組織の中心部分に影響を及ぼし得るすぐれたマネジャーの集団を生みだすことが可能になる。
たとえばゼネラルモーターズ社(GM)のサターン事業部とNUMMI工場(GMとトヨタ社のジョイントベンチャー)は,乗用車のデザインと製造にいかに従業員を参画させるかについての新しい前提認識を生むために意図的に自律性を奨励した。その結果製造工場という環境でいかに人間関係を処理するかについての新しい前提認識を学ぶこととなった。GMはまたEDS(電子データシステムズ)を買収したが,これは組織変革を促す技術的刺激を与えるためであった。これらの部門のそれぞれは異なった文化の融和に成功を収め,親会社の組織にとって変革のモデルとなった。しかしその結果を見ると,大企業における革新的なサブカルチャーは,より大規模な文化がその文化を再検討し,変革することを保障するものとはなりえないことも確認された。革新的サブカルチャーは,コアの前提認識の一部の不当性を証明することに貢献できたにしても,ここでも危機意識や不安感が十分に高まっていない限り,トップ層の文化は彼らが作り上げてきたイノベーションそのものに反応してこないことが多い。この本が出版される時点では,重要な変革を進めるニーズを抱えながら,GMはサターン事業部とNUMMIを閉鎖してしまっているだろう。
(つづく)Y.H