基礎編・理論編

戦略的提携におけるリーダーシップと文化|テクノファ

投稿日:2022年8月4日 更新日:

横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるとキャリアコンサルタント養成講座の中で強調されていました。そして数多くの著書を世の中に送り出しています。

今回はその中からキャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「組織文化とリーダーシップ」を紹介します。

<ここより翻訳:2010年シャイン著>
合併,買収,多角化が問題を発生させたあとに,マネジャーは文化の不一致が問題の根っこにあったと発言しがちだ。しかし,当初の意思決定のプロセスではこれらの要素が考慮されることはきわめて稀だ。では,このような状況でリーダーの役割はどうあるべきなのか? ここで4つの重要なタスクがあきらかになる。

1.リーダーは自社の文化を十分に理解していなければならない。そこではじめて,他社の文化との潜在的な不調和の部分を予知することが可能になる。

2.リーダーは,彼ら自身とほかの組織に対して,その前提認識の一部がどのようなものかをあきらかにしてくれるような活動に参加して,他社の文化を分析することができなければならない。

3.リーダーは,意志決定プロセスに参加するほかの人たちが文化の現実の姿を理解し,対応できるような形で,将来生まれてくる相乗効果とその逆の不調和を明確にすることができなければならない。

4.もしリーダーがCEOでない場合には,この人物は,CEOや経営ティームが文化の課題を真剣に取り上げてくれるように説得できなければならない。

プラニンググループや買収ティームのメンバーは,合併や買収に対してすぐれた意思決定を行うために必要とされる異文化対応のための考え方を築くことにはすぐれているけれども,自分たちのシニア経営陣に文化の課題に対して真剣に取り組むように説得するスキルには欠けていることが多い。あるいはときによっては,ほかの重要な意思決定が済んだあとまで,文化の現実の姿に目を向けることを妨害する政治的なプロセスに巻き込まれてしまうこともある。いずれにせよ,周辺人の立場にもとづく文化の診断と自分自身の文化を乗り越える能力が学習するリーダーにとって不可欠の特性として浮かび上がってくる。

パートナー契約,ジョイントベンチャー,戦略的提携におけるリーダーシップと文化
ジョイントベンチャーや戦略的提携においては,合併や買収の場合よりもさらに綿密な文化の分析が要求される。というのは今日の急速にグローバル化の進む世界では国境を越えた関係がますます増大しているからだ。したがって,同じ国の文化に属するふたつの企業の間の差異を分析する場合は,国境を越えたパートナー契約やジョイントベンチャーが形成されたときに,国別と企業別の差異を分析する場合よりもその困難性は低い(Salk,1997)。後者に伴う特別な困難のひとつは,認知された差異が一体国別の文化,あるいは組織の文化を反映したものなのかどうかを見極める困難さなのだ。しかもこの見極めがきわめて大切なのだ。というのは,国やそのほかのマクロカルチャーに伴う特徴を変える可能性はきわめて低いからだ。

上記のような状況下でのリーダーの役割は,おおむね合併や買収のときと同様だけれども,前者においてはリーダーは自らの国籍からの特性を乗り越えることが求められる。たとえばエクソン社(Exxon)の欧州支社であるエッソケム・ヨーロッパ社(Essochem Europe)では,そのボード(取締役会)に地元のマネジャーを任命することができなかった。何故なら彼らはみなあまりに「感情的に」なりすぎる傾向があったからだ。彼らは本来的に感情を表に現わさない種類の人間としてのマネジャーという自分自身のステレオタイプ像に自らを合致させることができず,またこれは米国文化の前提認識にもとづいているということを認識し,許容することもできなかったのだ。数多くの企業は海外勤務を将来のゼネラルマネジャーを開発する際の必要条件としている。これにはもしより広範な視野を備えたリーダーが現われることを望むのであれば,海外勤務の経験が不可欠であるという明確な認識が伴っている。言い換えると,学習するリーダーは,その組織文化においてだけでなく,その国や民族文化においても周辺人にならなければならないのだ。

リーダー選択と開発に対する意味
では文化の学習を促す学習するリーダーシップを実際に発揮するために何が求められるのだろうか?
1.認知と洞察(インサイト)
学習するリーダーは問題を認知し,文化と文化に伴う機能不全の側面に対する洞察を深めることができなければならない。このような境界を広げる認知行動は,リーダーが自分自身の弱味を認識し,さらに自分自身の防衛的態度が不安感をマネジすることを支援することもあるし,逆に効果的になろうとする努力を阻害することもあるということを認識しなければならない。したがってこれはかなり難しいものになる可能性もある。変革を成功に導く仕組みでは,自分自身と自分の組織に関して高いレベルの客観性を保つことが求められる。このような客観性を育むためには,自分のキャリアのなかで多様な環境のなかで経験を積むことが求められる。そのような環境で彼らは違った文化と比較,対比することが可能となる。将来のリーダーを開発するに当たっては,数多くの組織が海外経験を重視している理由が理解できる。

各個人は自分自身を客観的に理解するうえで,カウンセリングやサイコセラピー(精神療法)を通して支援されることも多い。学習するリーダーは,経験学習や自己アセスメントを強調する訓練や開発プログラムといった比較を促すプロセスから多くを学ぶことができる。この視点から,外部コンサルタントまたは取締役会メンバーのもっとも重要な機能のひとつは,文化に対する洞察を生む類のカウンセリングを提供することであることを理解すべきだ。したがってコンサルタントにとって,リーダーに対してその組織がどう行動すべきかについて提案を行うことより,リーダーたちが自分自身でそれを解明することをたすけることのほうが余程重要になるのだ。コンサルタントはまた「文化のセラピスト(療法士)」の役割を担うこともできる。つまり,リーダーがその文

化がどのようなものであり,どの部分がうまく機能しているのか,逆に機能していないのかを自分自身で判断することをたすける役割なのだ。

学習重視に転換するためにはリーダーは自らの限界を知ることが大切だ。世界がますます乱気流の度合を高めると,明確なビジョンを築くことも益々困難になる。そこでリーダーは自分が解答を理解できていないこと,すべてをコントロールしていないこと,部下からの支援を必要としていること,試行錯誤の学習を繰り返していること,さらにほかの人たちの学習努力を支援していることを率直に認めてしまうべきなのだ。私が最近の著作で主張したように,リーダーはたとえその部下であっても,ほかの人たちからの支援を求めることができなければならない。加えて,「へり下った態度にもとづいて質問を投げる」技術を身につけなければならないのだ(Schein,2009a)。

2.モティベーション
学習するリーダーは,文化に伴うダイナミックスに洞察を進めるだけでなく,その文化のプロセスに効果的に介入するモティベーション(やる気)とスキルを備えていなければならない。文化の一部の側面を変革する場合でも,リーダーとしては自らの組織を解凍する意欲を備えていなければならない。この解凍には不当性を伝える情報が必要となり,そこでは数多くの人たちに苦痛を生むリーダーとしては,自分の組織に対して,ものごとがうまく行っていない,したがって必要であれば外部からの支援を求めなければならないというメッセージを伝える方法を見つけなければならない。このような強い意志のなかでは,自分自身を越えて組織全体に懸念を示し,自己の利益を越えて組織に対して貢献し,コミットしていることをコミュニケートする能力も要求される。

もし組織の垣根がさらに低くなると,もうひとつ高いレベルのモティベーション上の課題が生まれてくる。つまりリーダーの究局的な忠誠心をどこに求めるかがますます不明確になってくるという問題だ。その忠誠心は,自らの組織,産業,国か,あるいは専門職のコミュニティーのいずれに向けられるべきなのか?(ちなみに専門職のコミュニティーの究極的な責任は,グローバルなレベル,さらに広範な人間の社会(ヒューマニティー)に向けられているのだが)

3.感情面での強味
組織を解凍する際には心理的安心感を生みだすことが求められる。つまりそのリーダーは変革がもたらす不安感のほとんどを吸収する感情面での強味,さらに転換期を通じて組織に対して支援を続ける能力を備えていなければならない。組織メンバーが怒りをあらわにし,変革に抵抗するときでも上記の強味と能力を発揮し続けなければならない。リーダーは定義上グループが当り前と信じてきたことにチャレンジしなければならないので,メンバーからの怒りや批判の対象になりやすい。ここではきわめて強力な象徴的な行為が伴うこともある。たとえばその企業の成長の根源であり,数多くの従業員にとって誇りとアイデンティティーの源泉であった事業部門を閉鎖するといった行為である。あるいは忠誠心が厚い従業員や古い友人を退職させるレイオフも必要となるかも知れない。最悪のケースでは,創業者がもっとも大事にしてきた前提認識の一部が今日の状況では通用しなくなっているというメッセージを伝えなければならない。ここではリーダーの献身と貢献意欲がますます重要なものになる。組織に対してそのリーダーが,組織の一部がチャレンジを受けているときにも組織全体の安穏を心から願っていることを表明することが求められるのだ。

4.文化の前提認識を変革する能力
もしある前提認識を捨てなければならない場合には,その前提認識は別の形で置き換えられるか,再定義されなければならない。これは学習するリーダーにとって必ず実現しなければならないという重荷を課す。言い換えると,リーダーは新しい価値観や概念を明確にしてそれを売り込むか,あるいはほかの人たちは新しい価値観や概念を生みだす状況を作りだすことによって,「認識の再定義」を導く能力を身につけることが求められるのだ。この際グループの基本的前提認識の一部を表層に導きだし,レビューし,変革することができなければならない。チバ・ガイギーではこのプロセスが,前章で紹介した方向転換プロジェクトにおいて開始された。つまり数多くのマネジャーが,科学にもとづく技術的な製品に対するコミットメントが,長期的に企業を支え続けることができるのか否かについて,疑問を感じはじめていた。そのあとに続くサンドとの合併,さらに製薬への集中がこの再定義を明確に促したのだ。

5.従業員の貢献と参画を導きだす能力
学習するリーダーに発生してくるパドックス(逆説)は,リーダーとして人材をリードするがけでなく,グループに耳を傾け,さらにグループを参画させることができなければないという点だ。つまりグループがその洞察を文化の板挟み状況(ディレンマ)に適用し,さらに学習と変革を促すために自分たちが生み出したアプローチに真剣に参画することを促すことができなければならないのだ。社会,宗教,政治運動のリーダーであれば,その個人としてのカリスマ性を活かしてフォロアーたちに自分たちが望む方向に導くことができる。しかし企業組織においてリーダーは,その組織のミッションを完遂するためにグループメンバーに依存しているので,その瞬間に存在するグループメンバーと協力して仕事を進めることが求められる。そこでリーダーは,数多くのメンバーの頭の中で認識の再定義が引き起こされなければならないこと,さらにメンバーが積極的にこの再定義のプロセスに参画した時にはじめてこの再定義が引き起こされることを理解しなければならない。組織全体が,本格的な変革が始まる前に,変革に対する一定レベルの理解に達し,モティベーションを高めなければならないのだ。リーダーがこの参画を促す役割を果たす,ここまでに指摘してきたすべてのことが,マクロカルチャーがからみ,あるいは部門が多次元文化に進むときにはますます困難性を増す。
別の表現をすると,リーダーは,諸関係をマネジし,さらに国境を越え,階層組織や職業別コミュニティーの枠を超えて形成されがグループをマネジする「プロセススキル」を習得することが求められているのだ。

本章の要約と結論
本章で私は,われわれが「学習する文化」の特徴と,さらに乱気流がますます激しくなり,予測不可能になっている世界でそのような文化を築いていく現実のなかで,リーダーにとってどのような意味がもたらされるのか検討した。また,組織の発展段階の重要なステージにおける文化変革の課題についても検討した。とくに合併と買収,さらにジョイントベンチャーや戦略的提携における戦略形成に対するリーダーの役割にフォーカスした。

学習と変革を人々に強制することはできない。彼らの貢献と参画は,何が進行しているのかを診断し,何をすべきかを明確にし,さらに実際に学習と変革を進めるプロセスにおいて不可欠のものとなる。さらに乱気流が強まり,不確実性が増し,世界がコントロール不能になってくると,学習プロセスは,学習を進める社会的ユニットのすべてのメンバーによって共有されていることが求められる。この目標に向けてわれわれは,文化の島,あるいは文化的指向性を持った対話について検討を進めなければならないのだ。
(つづく)平林

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