キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「キャリア開発と統合的ライフ・プラニング」を紹介します。本記事はサニー・S・ハンセンの著作「Integrative Life Planning」を横山先生と他の先生方が翻訳されたものです。横山先生の翻訳を紹介しながら、彼の思想の系譜を探索したいと思います。
<ここより翻訳:サニー・s・ハンセン著>
●キャリアの広義の概念
20世紀初めの職業ガイダンスの始まりを特徴づける古いマッチング・モデルは、今でも職業斡旋担当者やキャリアの専門家によって広く用いられているが、それは、われわれが生活する脱工業化社会にとっては、もはや不十分であり、問題のすべてを包含しきれていないようだ。ドナルド・スーパー(1951)は、初めてキャリアの広義の概念を提唱した重要な理論家の1人である。彼はキャリアを、人が生涯を通じて持つ立場の連続として定義し、職業はその1つにすぎないとした。スーパー(1980)は、人の一生における役割と舞台という比喩を導入し、それをライフ・キャリア・レインボー(Life Career Rainbow)という形で図解した。そのレインボーは、大きく分けて9つの役割から構成されている。子ども、学生、余暇人、市民、労働者、親、配偶者、年金生活者、家庭人である。そしてその舞台は、仕事、家庭、家族、余暇、コミュニティである。スーパーはまた、人は成長のさまざまな発達段階を通過すると規定した。探索期、確立期、維持期、そして衰退期である。最後の衰退期は、現在では解放期と改名され、さらに細かく、減速期、退職設計期、退職生活期のう期に区分されている。
企業においては、組織的なキャリア・ディベロプメントで、キャリア・プランニングに対する心理学的アプローチはあまり用いられてこなかった。教育的モデルは、主に個人に重点が置かれてきたが、組織的モデルでは、組織の方に重点が置かれ、組織の目標に個人の目標を融合させることが主目的であった。しかし次第に企業による人材開発プログラムも、キャリア・ディベロプメントを組織の問題としてではなく、個人の問題として捉えるようになってきた。以前は、管理職は、部下のキャリア・ディベロプメントのための「コーチ」となることを目指していた。しかし最近では、1人ひとりが、自らの昇進や昇格に関してより自律的に積極的に活動するようになり、自分自身のニーズを知り、自らをエンパワーできるようにコーチするという動きが出てきている。依然として多くの企業で、従業員と職務の「最適な組み合わせ(best fit)」を見つける戦略が支配的であるが、すでに起こっている職場や組織の劇的な変化に合わせて、その戟略は大きく変わりつつある。
■ 新しいアプローチの必要性
このように、特性因子理論によるキャリア・プランニングは今でも広く実践されているが、私は、より幅広い基盤を持った新しいアプローチが必要となっていることを主張したい。その主な理由は、古いモデルは、われわれとは異なった時代と社会のために設計されたものであり、またその方法が、今日のキャリア・ディベロプメントに大きな影響を与えるいくつかの重要な個人的問題を無視または排除(おそらく無意識的にと思うが)しているからである。以下の節で、新世紀に向けてキャリア・ディベロプメントが変わらなければならない7つの理由を示す。
□社会の変化
多くの分野のリーダーが、21世紀の重要な特徴は変化であろうという予測で一致している。変化はすでに起こっており、それがあまりにも速く、あまりにも多くの領域で起こっているため、遅れずについていくことは難しい。変化は、仕事、家族、教育、余暇、人口動態、テクノロジー、政治など、あらゆる分野に及んでいる。人々の人生における変化する文脈(changin g contexts)は、興味・関心、能力、適性など人々の内面への影響という点だけでなく、それ以上に、人々のキャリア上の機会と意思決定に重大な影響を及ぼすものとして、ますます広く認識されるようになっている。その変化する文脈は、新しいパラダイムを必要としている。それは、人生のさまざまな段階でキャリア上の意思決定を行いキャリアを移行するという、古くからある生涯にわたる問題を解決する新しい戦略であり、そしてその戦略には、個人だけでなく社会も含めて、新しい方向性と動機が伴っているであろう。このような文脈に注意を向けることによって、カウンセリング、心理学、そしてキャリア・プランニングの大きな発展が生み出されるはずだ。
□キャリアの定義の変化
キャリアを職業とし、キャリア・プランニングを職業へのマッチングとする狭い定義―古い直線的モデル―が、いまなお広く使われている。考え方を変えることは難しい。そのシナリオでは、人々は自分自身のなかに、社会のなかに、仕事のなかに、そしてあらゆる人生役割のなかに、多元的な可能性を見出すのではなく、情報を得るために環境を精査し、限られた大きさのパイの分け前を求めて競争する。すでに見たようにスーパー(1951)は、誰よりも早く、最も永続性のあるキャリアとキャリア・ディベロプメントの広義の定義を提唱した。キャリアとは、「生涯を通じた自己概念の発達と実現の持続的なプロセスであり、自己概念を現実に対して検証し、それにより自己に満足すると同時に、社会に有益となる(p.88、強調は筆者)ものである」。彼のこの広義の定義には、本書を通して何度も触れるであろう。
スーパーの主要な論点の1つが、人々は複数の潜在能力(potentialities)を持っているということである。人がキャリアを決定するとき、その人はある能力を別の能力よりも優先して発達させることを選択しているのである。これに反して従来のキャリア・プランニングと職業ガイダンスは、人の才能に完全に合致した1つの職業があるという前提に基づいている。これは還元主義者のアプローチである。
組織マネジメントに関する文献もまた、キャリア・パターンの変化に言及している。雇用の保障と安定という古い前提認識は、いま崩壊しつつあり、ブルーカラー、ホワイトカラー、そして年齢の高い労働者が、「人員削減(ダウンサイジング)」され、労働者―雇用者関係の新しいルールが確立されていくなかで、そこには少なからぬ不確実性と怒りがある。労働者は技能やサービスを提供し、その見返りとして、給与、福利厚生、終身雇用を受け取るという、古い「従属関係的な(relational)」キャリア・パターンに代わり、新しい「相互取り引き型(transactional)」のキャリアが広まっている。そこでは、臨時社員が期限付き契約で技能を売り、福利厚生はほとんどあるいはまったくない。こうした新しい組織の方針と構造の下で、労働者の側には、多大な適応能力ならびにキャリアの自己開発と自己管理(Mirvis と Hall,1994)が要求される。核となる労働者(人員削減を生き延びることができた、あるいは長期契約で雇用されている労働者)にとっても、新しいキャリア・パターンにおいては、特にますます多様化する職場環境のなかで、同僚とのより深い人間関係を構築することを通じて、これまで以上に心理的な成功に重点を置くことが求められている(Hall,1996)
●人口動態の変化
今後合衆国が迎えるであろう人口動態の変化については、よく知られるところである(Johnston と Packer 1987)。ますます多様化し多文化的になっていく社会のなかで、キャリアの専門家は、違い-その違いが、人種、宗教、民族、階級、年齢、性別、身体能力、性的指向、出身国など何であれ―に対応することにおいて、さらには学生や労働者がその違いにうまく対応することができるように支援することにおいて、これまで以上に熟練することが求められている。職場でもそれ以外の場所でも、対人関係は常に重要であったが、将来のキャリアの専門家は、1人ひとりが相互に尊敬し、信頼し合い、自尊心を持ち、違いに価値を置けるように、これまで以上に大きな力を注いで支援しなければならなくなるであろう。過去のキャリア支援は、主に白人中産階級に焦点を当ててきたが、将来のキャリアの専門家は、職場でも私的生活の場でも、ますます多様化する人々とより効果的に相互作用するための新しい理論、知識、戦略が必要となるであろう(Brown と Minor,1989,1992)。
●生き方の変化
世界中で、女性の、そして男性の生き方が大きく変化しているが―1995年の北京における国連世界女性会議や、ますます目に見えるようになってきている男性運動が示すように―、その変化の速さと性質は、その国の経済、政治、宗教、歴史、社会的および文化的伝統によって違いがある。男性と女性の間の役割と関係性は、20世紀に大きく変化した。特に、ますます多くの女性が労働力として参入するようになった西欧諸国で、その変化は顕著であった。そして、男性の役割もまた変化した。特に、彼らの仕事がリストラクチャリングされ、より多くの時間を家族と過ごすことが許されるようになるにつれ、多くの男性がこれまでよりもっと家族に関われるようになった。仕事と家族における葛藤とその解決に関して多くの文献が書かれている。キャリアの専門家は、家族と仕事の互恵的効果を理解し、パートナーが相互に尊敬し合い、葛藤に対応し、仕事―家族のバランスをうまく取れるように支援するための訓練を受ける必要がある。キャリアの専門家はまた、今なお支配―従属の関係を助長する社会に残存しているステレオタイプと偏見を減らすように支援していくことが必要である。
□組織と職場の変化
組織の構造と職場が変化しつつあり、伝続的なアプローチによる、キャリア・プランニングとカウンセリングは時代遅れで不十分になっている。仕事のリストラクチャリング、人員削減、合併、買収、これらすべてが、仕事にも労働者にも、大きな影響を与える。合衆国でもヨーロッパでもブルーカラーとホワイトカラーの両方に対するレイオフの劇的増加に加えて、生涯一職業という古いパターンも別のものにとって代わられつつある。今日、臨時労働者、ポートフォリオ・パーソン、契約社員、さらには「使い捨て(throwaway)」労働者など、さまざまな名称で呼ばれているパートタイム労働者が存在する。一方組織は、ワークチーム、ボトムアップ型の意思決定、新しいタイプの管理職、階層のフラット化という方向へ向かっている。
メディアのなかで数え切れないほど何度も言われている、広がる不安とは、これまでの職場が否定的な方向に向けて変化し、職の保障安定が過去のものとなりつつあるということを指している。人びとの間では、「忠誠心という要因」の喪失や、雇用者と被雇用者の間に新しい心理的契約が生まれつつあることが語られている。David Noerはこの状況について、特に生き残った被雇用者について、Healing the Wounds(1993)のなかで述べている。William Bridgesは Job Shift(1994b)(邦訳『ジョブシフト―邦訳 正社員はもういらない』岡本豊訳、徳間書店、1995年)のなかで、社会の「脱職務化(dejobbing)」を想定し「すべての職は何処へ行ってしまった?」と問いかけてくる。つまり、1人ひとりの労働者が起業家になり、職務(job)ではなく課題(task)を遂行し、急激な変化と「一過性(temporariness)」のなかで生きる術を学ぶという1つの潮流である。
言うまでもなく、当てはめる職がなければ、人々を職にマッチングするという古いモデルはまったく無意味である。このような変化が起こっているとするならば、キャリアとライフ・プランニングについての新しい概念が必要なことは自明である。
□個人の転換(期)と変化する働き方のパターン
キャリア・プランニングに対する従来のアプローチは、社会は固定し、個人は変化せず、仕事は生涯を通じた選択であるということを前提にしていた。しかし、もはやそのような前提が正しくないということは、キャリアの転換(期)に関する文献がいま急激に増えていることを見れば、すぐに理解できる(たとえば、Bridges,1980;Schlossberg,1991;Brammer,1991)。よく引用される試算によれば、普通の成人は、生涯に5~7回の大きなキャリアの変化を経験するといわれている。William Charland はCareer Shifting(1993)のなかで、「変化する経済のなかでやり直す」ことの重要性を強調し、他の多くのキャリアに関する著者たちと同様に、再訓練と生涯学習の重要性を強く訴えた。彼は新しく現れつつある仕事と学習の機会を分析するなかで、労働市場試算を引用している。それによると、合衆国では毎年すべての職業の3分の1が転換(期)にあり、すべての技能訓練校の3分の1が時代遅れになり、すべての労働者の3分の1が離職している。実際、転換することは当たり前のことになっており、転換(期)のカウンセリングが、キャリア・ディベロプメントと人的資源管理の中心となっている。キャリアの専門家の主要な任務の1つは、個人のキャリアの移行、自分の価値観、そして組織および社会の変化との間の相互関係を、1人ひとりが再考するのを支援することである。
(つづく)平林