キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「キャリア開発と統合的ライフ・プラニング」を紹介します。本記事はサニー・S・ハンセンの著作「Integrative Life Planning」を横山先生と他の先生方が翻訳されたものです。横山先生の翻訳を紹介しながら、彼の思想の系譜を探索したいと思います。
<ここより翻訳:サニー・s・ハンセン著>
●個人主義、スピリチュアリティ、コミュニティ
もう1つの重要な変化は、これまで個人主義があまりに強調されすぎたことによって―合衆国で顕著に見られる―バラバラになった個人、バラバラになった社会が生み出され、そこでは自分勝手な判断がまかり通り、人および社会全体の発達が無視されてきたという認識が、ちらちら現れてきたことである。全人的な個人の発達と健康、そしてからだとこころとスピリットの関係についての書物がかなり多く出版されるようになった。1970年代以降、その文献では、仕事とスピリチェアリティ、そして人生の意味と目的についてより力点が置かれるようになっている。また、人生の選択と意思決定は、社会的な問題や共通の善(common good)と関係づけて考える必要があるという認識も広まりつつある。この傾向はThe Spirit Community(Etzioni,1993)などの本によって「コミュニティ」への関心が、そしてThe Reinvention of Work(Fox,1994)などの本によってスピリチェアリティと「結びつき」への関心が呼びかけられていることに最もよく現れている。キャリアの専門家は、キャリア・プランニングを行っている人に対して、自己を満足させるための仕事にばかり重点を置き過ぎることなく、社会の利益としての仕事により重点を置くように支援することによって、この動きに貢献することができるのである。また、キャリアの専門家は、人々が人生のさまざまな部分の結びつきと、それら各部の全体への競合を認識することができるように支援することができる―すなわち、女性と男性、家族と仕事、合理的と情緒的、知的、身体的とスピリチュアル、個人の人生とキャリア、地域、国家と世界全体などについての関係である。
●統合ライフ・プランニング(ILP):新しい概念
本書で私は、競合的ライフ・プランニング(ILP)の概念を展開していくが、ILPは、人々を支援するキャリアの専門家が、人々の人生、コミュニティ、そしてさらに大きな社会の「全体像(big picture)」を見ることができるようにするための、人生の多くの側面を統合した包括的なモデルである。ILPは、キャリアとライフ・プランニングについて考える新たな方法を、哲学的枠組みと、キャリアの専門家がその概念を実際に適用するための実践的戟略を共に提示している。この仕事は、結びつき、多元主義、スピリチェアリティ、主観主義、全体性、コミュニティなどのテーマに重点を置いたポストモダンの思索の多くの成果と調和している。それらの成果のうちの2つ―Hazel Henderson の-Paradingms in progress とMatthew Fox の Reinvention of Work ― については、すでに本章で紹介したが、それ以外に Thomas MooreのCare of the Soul(1992)や、それらのテーマに重点を置いた多くの多文化主義的な文献がある。ILPは、キャリアの専門家に向かって多くの解答を提示するものではなく、その個々のクライエントと共に、自分自身の環境で実際に使いながら熟考していくための包括的枠組みを提供するものである。
●比喩としてのキルトとキルター
私は1987年にILPの全体像を描き始めたとき、私が主張したいことの比喩として、またキャリア・プランニングのアプローチを象徴する比喩として、キルトとキルターを使うことに決めた。キルティングは、多くの文化で重要な伝統として、通常、女性の手によって行われてきた。キルトは、いくつかの片(ピース)から構成され、それらが互いに縫い合わされて全体を形成する。それらの片は、1つの作品―まさにそれは1つの芸術作品である―を創造するために、注意深く縫い合わされることによって、心の温もりを伝え、育む精神を象徴することができる。キルト芸術は、ピースを選び、それらを組み合わせ、作り手にとっても使い手にとっても意味を持つものとして、つなぎ合わせることに興味のある人なら、だれでも学ぶことができる。キルターとは、他者が自分自身の人生のキルトを作るのを手助けするために、この過程に従事する人間のことを指す。このようにキルトによる比喩は、多くのメッセージを伝えるために、そして個人のこと、職業のこと、実践のことなどを、どのように織り上げていくかについて1つのアイデアを提倶するために、使うことができる。
キルトはこれ以外にも、多くのレベルで理解することができる。1番目のレベルでは、キルトは、劇的変化が起こり、それが個人、家族、コミュニティ、国家そして地球全体へと影響を及ぼしていく、グローバルな世界、グローバルな文脈を象徴する。2番目のレベルでは、それはキャリアの世界、キャリア・ディベロプメントとキャリア・プランニングの分野、そしてキャリアの専門家の知識と実践が変化していく様子を象徴する。そこでは最前線の知識の開拓者と、新しい知識の習得の仕方が、われわれが自分自身や社会や地球全体について考えるときの思考法を変化させる。そして3番目のレベルでは、キルトは以下の章で順次紹介していく6つの重要課題を持つILPモデルそのものを象徴する。それらの重要課題は、今日のわれわれの人生で重要な部分を占めているにもかかわらず、伝統的なキャリア・プランニングの考え方では、無視されたり排除されたりしてきたピースである。それらの重要課題は、統合的ライフ・プランニングの中核をなしている。
さらにもう1つのレベルがある。キルトは、私自身の人生の数片、ILPと直接関係する私自身の体験のピースを象徴する。というのは、それらは私自身、キャリアとライフ・プランニングについての私の考え方、そして私自身の選択、限界、決断を形作ってきたからである。それらのピースは、私の思考と意見の統合であり、個人としてのピースと専門家としてのピースを意識的に結合したものである。このキルトは私の個人的物語りのいくつかを、その物語りが展開された地域的、国家的、世界的シーンと一緒にして縫い合わせたものである。私の人生というキルトでは、個人的というピースは専門家としてのピースの構成部分となる。なぜならそれらの体験の組み合わせが、統合的ライフ・プランニング・モデルの開発に大きな影響を与えたからである。それは、多くの書を読み、多くの体験をし、多くの思索を重ねるなかで進化してきたものであり、そのすべてが、大学での仕事環境、ノルウェー系アメリカ人という家庭環境、そして2人の個性豊かな子どもを持つデュアル・キャリアの家族ということを背景にして起こったものである。
本書は、多くの大学における職業・キャリア・教育心理学の研究を支配している、アカデミックな世界の客観主義的、経験主義的規範からの離脱である。本書は、この15年間に築かれてきた新しい知見を、新しい意見、特に女性と民族的マイノリティの意見を、正当に代弁している。本書はまた、当時私が研究していた領域における、唯一の常勤女性教授として私が感じていた緊張感を表している。そして、本書は、縫い合わされたキルトの数片というよりも、時としてコンクリート・ブロックのように感じられたシステムのなかで、変化をもたらそうと一生懸命努力していたときの私の、次第に擦り切れていきつつあった心を表している。しかし私はそのようなシステムのなかで、生き残り、成長し、変化のために働くことができた。それが可能であったのは、大部分外部からの、それも国内と国外の両方からの支援と支持のおかげである。 実際この比喩としてのキルトは、実に多くの意味を内包しているため、本書でそのすべてを検討するのは無理である。その代わりに、本書ではそのうちのいくつかに焦点を当てて検討していく。それらは、グローバルとローカルという文脈、人々の人生上の選択と意思決定における変化にとって、その文脈が意味するもの、仕事という専門家の文脈と、従来の職業ガイダンスから現代的キャリア・ディベロプメントへ、そしてそれを超えて統合的ライフ・プランニングへと向かう動きである。そして私自身の個人的な文脈、すなわち個人としてまた専門家としてILPに関連して私が持つことができ、そのなかでILPを進化させることができた私自身の体験である。キルトはこれらすべてを象徴すると同時に、私がこれまで会うことができたすべての人々、そして私が家族、学生、同僚、友人の助けによって持つことができた機会のすべてを象徴している。
(つづく)平林