私は横山先生と2004年に初めてお目にかかりました。当時テクノファはISOマネジメントシステムの研修機関として、JAB(一般公益法人日本適合性認定機関)の認定を日本で最初に受けた第三者審査員養成講座を開設しておりました。当時、ISOマネジメントシステム規格には心が入っていないと感じていた私は、その時に横山先生にキャリアコンサルタント養成講座立ち上げのご指導をお願いしました。
横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるとキャリアコンサルタント養成講座の中で強調されていました。そして数多くの著書を世の中に送り出しています。
今回はその中からキャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「キャリア開発と統合的ライフ・プラニング」を紹介します。
本記事はサニー・S・ハンセンの著作「Integrative Life Planning」を横山先生と他の先生方が翻訳されたものです。横山先生の翻訳を紹介しながら、彼の思想の系譜を探索したいと思います。
<ここより翻訳:サニー・s・ハンセン著>
第1章
統合的ライフ・プランニング
キャリア・ディベロプメントの新しい考え方
ILPは個人がキャリアを考えようとするとき、多様な複雑さを避けることができないことをわからせてくれます。ILPは多くの問題を検討しながらさまざまなことをつけ加えてくれます。従来の「特性因子理論」では、たとえば、父親が牛乳配達店を経営していて、その息子が外で働くのが好きで、父親を尊敬し、強靭な肉体を持っていれば、それでキャリアの専門家の仕事は終わりでした。
あまり深く考察することもなく、考察の中身はかなり希薄で、一度結論が出ると、クライエントは生涯そのコースを辿ることになりました。ILPの立場は、最後の瞬間までクライエントの人生とキャリアの決断を見守り続けるのです。
―ILPワークショップに参加した中年期の女性の言葉
スヌーピーの漫画のなかには、本書のテーマを間接的に表現したものがいくつかある。1例をあげると、スヌーピーが屋外でジョギングをしている(アメリカ社会で最近流行している)。そのとき、身体の各部位がお互いに話しかけているが、どこか非難し合うような口調である。一方の足が他方の足に、そもそもジョギングの目的は何かと尋ねている。心臓は身体の各部に、自分が動き続ける限り、他の部位も動き続けなければならないと念を押している。脳は、心臓を大切にするためには重要なのだろうと、それに同意する。締めくくりの教訓的な言葉としては、「黙って動き続けよう」ということになる。
言うまでもなくこの漫画の伝えたいことは、身体の各部位はすべて有機的につながっており、相互に依存し合っているので、全体を推持するためには一緒に働かなければならないということである。本書では、相互のつながり(interconnectedness)、関係性(relatedness)、全体性(who1eness)といった用語が頻繁に使われるが、それらの用語は、従来のキャリア・ディベロプメントに関する教科書や、キャリア・プランニングの実践のなかではあまり使用されたことのない用語である。
本書でわれわれは、1980年代初期に起こった、新しいパラダイムに基づいて話をすすめていく。ここでパラダイムということばを、われわれは、古くからある問題を解決するための新しい方法という意味で使う(Fergu-son,1980;Capra,1982;Kuhn,1962)。特にFergusonは、医学、宗教、教育など、さまざまな分野における新しいパラダイムについて、人々は社会に変化をもたらすために「コンスパイヤー(conspire)」―共に呼吸を合わせ始めているという自説を展開している。彼女は、社会変化は、個人の変化、特につながりに向けた変化から生まれると信じていた。Capraもまた、旧来の還元主義者、宇宙を秩序付ける伝続的な機械論的方法― ニュートン主義者の論理的、合理的、競争的、断片的、客観的解釈―が、新しい物理学の世界観、すなわち、主観的、育成的、協同的で、つながりのある世界観によって置き換えられつつある状況を説明し、同様のメッセージを伝えた。Capraは1960年代と70年代の女性運動を支持し、その運動において重要な役割を果たした。
1980年代以降、多くの学問分野で、新しいパラダイムが「発見(discov-ered)」されている。伝統的な西洋医学は、厳密な科学的原理から離れ、全体的な健康、こころ・からだ・スピリットへの関心の高まり、スピリチュアルな癒しを包含する方法へと向かっている(Siegel,1989)。経済学は、国家の発展を測る手段として、GNPだけに頼る方法から離れて、経済的発展だけでなく社会的な発展も視野に入れた、Hazel Hendersonの国家未来指標(Country Futures Indicators)などの人間的な指標を包括した方法へと向かわざるを得なくなっている。Hendersonは、GNPやGDPなどの指標は、国家の成長を示す指標としては包括的でないとして、それに代わる新たな指標について一冊の書―Paradigms in Progress(邦訳『地球市民の条件―人類再生のためのパラダイム』尾形敬次訳、新評論、1999年)を著し、その指標として、「持続可能性、平等性、人間中心の開発(sustainable,equitable,people-centered development)」などを挙げた。彼女はまた、未来学者としての視点から、女性と男性の愛情関係が再定義されつつある様子を示したが、それは1990年代を通じて、そして統合的ライフ・プランニングにおいても重要な主題となっている。
未来学者のJoel Barker(1993)は、パラダイムを、「未来を発見するビジネス(the business of discovering the future)」と定義した。彼は、成功する組織は、パラダイムとパラダイムシフトを予見し、そしてそれを理解し、それに則って行動することができるリーダーやマネジャーを持っているということを示した。また、組織マネジメントの専門家たちは、仕事、キャリア、組織のための新しいパラダイムを提起している。それらの人々は、これからの仕事の様式は大きく変貌し、新しい構造、リーダーシップ、そしてキャリア・ディベロプメントに向けた新しいアプローチが必要だと主張している(Hall,1996、Mirvis & Hall,1994)。Mirvis & Hallは、境界のないキャリア、境界のない組織について述べ、そこでは、大きな柔軟性、適応性、自主性が要求されると説いている。Hallは新しいキャリアの形態を提唱し、それを変幻自在のキャリア(protean career)と名付けた。変幻自在のキャリアは、生涯にわたるキャリアのサイクルのなかで移行し変化する能力という意味を含んでいるそれは生涯一職業という考え方とは大きく異なっている。また「仕事(work)」を新しく定義しなおすことが必要だという人々もいる。たとえば、Matthew Fox(1994)は、なすべき仕事の発見プロセスとして仕事の再創造を提唱した。Mary Sue Rchardson(1993)は、家庭と職場の両方を包含する新しい仕事の場所を提唱し、同時に仕事を有給の仕事と無給の仕事、家庭における仕事、ボランティアの仕事、そしてコミュニティの仕事という形で広く定義することを提唱した。彼女は、21世紀は、職業としての仕事ではなく、男性と女性が従事するあらゆる種類の仕事を重視する必要があると主張している。
私は、キャリアとライフ・プランニングのパラダイムシフトが必要だと考えている。人々を職務にマッチングさせる伝統的で、論理的で、合理的な方法―しばしば「特性因子理論」と呼ばれる―は、今後もわれわれと共に存在するであろう(人々をマッチングさせる職務がなくならない限り)。
しかし社会―地球的規模と国家的規模の両方での―仕事、家族、教育、人口動態、あらゆる背景の女性と男性の役割と人間関係が劇的に変化したことにより、キャリアの専門家は、クライエントが複雑で難しい人生選択と意思決定ができるように支援するための、新しい方法を確立する必要がある。私はまた、あらゆる国家が直面している問題、たとえば自然環境の悪化、人権、多文化主義、暴力などの問題が、キャリア・プランニングのための新しい哲学を要求しており、そこでは、個人的な満足感と安定した生活のための個人的職業選択ではなく、個人の全体性のみならず、意味ある人生、すなわち自己とコミュニティの両方にとって有意義な仕事のための、生涯にわたる多元的な選択に重点が置かれるべきであると考える。
(つづく)平林