基礎編・理論編

ILPの概念的枠組み | テクノファ

投稿日:2022年10月13日 更新日:

キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「キャリア開発と統合的ライフ・プラニング」を紹介します。本記事はサニー・S・ハンセンの著作「Integrative Life Planning」を横山先生と他の先生方が翻訳されたものです。横山先生の翻訳を紹介しながら、彼の思想の系譜を探索したいと思います。

<ここより翻訳:サニー・s・ハンセン著>
● ILPの概念的枠組み
さて、それではILPの概念の紹介に入り、ILPキルトがどのようなものかを説明していきたい。まず最初に、ILPは発展途上にある(in process)概念であるということを理解することが大切である。その形は、基本的な要素の多くを同一のまま保持しているが、1987年に最初に示したものとはいくつかの点で異なっている。最終的に私が望んでいることは、ILPがキャリアの専門家に、キャリア・ディベロプメントに関してこれまでとは違った世界観を提示し、クライエント、学生、組織を支援することができるように、統合的な方法を示すことであり、そうするための新しいツールや手段を創造するように促すことである。

● プランニング(Planning)対パターン(Patterns)
ILPの概念を発展させているとき、私はその概念を記述する用語として、統合的ライフ・プランニングを使うか、統合的ライフ・パターンを使うかで迷った。プランニングとは、何か―この場合はキャリア―を達成し作りあげるための、直線的で合理的なプロセス、あるいは細部にわたって決められたやり方という意味であり、通常それは、わかり切った結果しかもたらさない。そして実際ILPは、従来のキャリア・プランニングと似たところがある。しかしILPは競合的であるという点で、すなわち、職業や仕事だけでなく、個人の全体性に目をやり、人生の各部を続合することに焦点を当てるという点で、それとは異なっている。これに対して、パターンという用語―それはよく裁縫で使われる―は、あるものを作るときに使うガイドを意味している。そしてそのとき、そのモデルがいかに良いものであったとしても、それを使う者が必ずしもそれがどのように出来上がっていくかを知らない場合がある。このように、パターンという用語は、私には、より流動的で、たぶんより「右脳的」であるように見え、予測可能性と不確実性の両方を包含しているように思える。しかしパターンは同時に統合劇でもある。その部分を合体させて、ある全体を形作る。実は私は、パターンという用語の方が、正確にILPの概念の特徴を伝えると思っている。しかし私は、プランニングという用語の方を多く使用する。その理由は、それがエ-ジェンシーの間隔(a sense of agency)、すなわち人は自分自身の人生の方向をある程度コントロールすることができるという感覚を表現することができるからである。私は本書の中で、この2つの用語を代替可能なものとして使う。

この用語を選択するにあたって、私はキャリアやキャリア・プランニングという用語から離れ、人生の役割のもっと幅広い概念と、相互にどのように関係しているかを示すことができる用語を探そうと努力した。私の永年の教授人生のなかで、私は学生の多く―特に女子学生―が、スーパーの拡張された概念に共感していることに気づいた(おそらくそれは彼女らの多くが、その時はまだ大学院生であるにしても、複数の人生役割をいきてきたからであろう)。しかし彼女らが現実世界で実践に入るとき、彼女らはクライエントや他の専門家の多くが、キャリアと言う用語を職業または職務を意味するものとして狭い意味で使っていることに気づく。単なる職業選択ではなく,生涯にわたるパターンとプロセスとしてキャリア・ディベロプメントの概念は,彼女らを狭い考え方から解き放つ者だったのである。

● エージェンシーの感覚
私は、プランニングという言葉を放棄するのをためらった。というのは、キャリア・ディベロプメントに関する初期の文献の多くが、人生におけるプランニングの重要性を強く主張しているからである。中学3年生についてのSuperとOverstreet(1960)の研究の最も重要な概念の1つが、生徒たちは、選択するという行動には心の準備ができていないが、「計画性を持つ(planfulness)」ということに準備ができているというものであった。また心理学の文献のなかには、プランする能力、すなわち、「エージェンシーの感覚」―自分の人生に起こることを自らコントロールするという感覚―を持つことは、一般的に心理的な健全性と関係があるということを示しているものがある。人々が自分の運命をどのようなものとして捉えるかということに関しては、文化によって大きな価値観の違いがある。しかし西欧文化においては、このコントロールという概念は、エンパワーメント・カウンセリングにおいて、そのなかでも特に、女性や、人種および民族的マイノリティ、そして貧困のなかで雇用機会に恵まれずに、自分の人生を良くするためにできることなどほとんど何もないと考えている人々に対するカウンセリングにおいて、重要な意味を持っている。

私は今も、変化する社会のなかで、より深い自己認識、環境についての情報、意思決定プロセスに関する知識を通して、クライエントや学生がプランすることを支援できると信じているが、人生は予測できないこと、あるいは人生の機会と選択に大きく影響する偶発的な出来事  肯定的なものも否定的なものも―は予想できないということが次第にわかってきた。

Nancy Schlossberg(1991)とSchlossbergとRobinson(1996)は、「期待していたことが起こらなかったこと(non-event)」―職を得られなかったとき、選挙で落選したとき、昇進できなかったとき、子どもができなかったときなど―も、われわれの人生と、われわれの周囲の人々の人生に大きな影響を及ぼすと述べている。パターンという観点から一生を考察すること、すなわち、従来の成功の梯子という観点からではなく、ある種のサークル・オブ・ライフ(人生の環)の螺旋的な運動として一生を考察することは、有益であると私には思える。時にわれわれは計画を立て、それによってエンパワーされた感じを得ることがあるが、それよりも、われわれの人生のパターンが発達し、暖昧さと不確実性のなかで生きていくことの必要性を理解することの方が、より現実的かもしれない。プランニング(論理的、合理的パラダイムの一部としての)は、究極的にはより小さな役割しか果たすことができない。

● 統合へ向けた動き
この10年間、カウンセリングとキャリア・ディベロプメントにおいて、全体性とつながりに向けた動きが非常に顕著になってきた。実際、それは新しいパラダイムの構成部分である。ILPを構想し始めたとき、私は仕事と家族の統合、そして女性と男性の役割と両者の関係性に主眼を置いた。それらの問題は今でも重要であるが、私は今、脱工業化社会における人生には、さらに多くの競合しなければならない側面が存在していることを認識している。私は、自分の世界観が十分に包含的でなかったことに気づいた。

私は最初、統合的(integrative)ということばを、仕事と家族のつながりを伝えるためのことばとして使っていたが、私はすぐに、われわれの人生のそれ以外の部分も含める必要があることに気づいた。私は、専門家たちがずっと前から、教育と仕事、仕事と学習のつながり、さらには仕事と余暇のつながりについてまで語っているにもかかわらず、仕事と家族のつながりについて語ることにあまり乗り気でない(そして教育の場面では今でもそうである)という事実に衝撃を受けた。1990年代半ばでさえ、学校におけるキャリア・ガイダンスや、大学およびビジネスの場でのキャリア・ディベロプメントのモデルには、キャリア・プランニングの過程から家族を排除したり、あるいはその役割を最小化する傾向がある。これはわれわれが、西欧的な直線的な思考にばかり目を向けている結果なのかもしれないが、特に民族的マイノリティや非西欧文化の人々をカウンセリングする場合において、それはますます不適切な慣行となっている。

1990年代には、ウエルネス(健康であること)と全体性の概念がより大きな信頼を獲得し始めているが、特に論理実証主義の伝統と共に、アカデミックな心理学の領域では、全体的な(holistic)という用語に対する疑念は今も根強く残っている。これは、広く使われている用語ではない―というよりむしろ―率直に言うと、多文化カウンセリングが広く認められるようになるまでは、まったく使われていなかった用語である。われわれは結びつきを見るという、もっと有意義な仕事をする必要がある、と私は考える。われわれは物事をしっかりと、そして全体的に見る必要がある。

一部の執筆家やキャリアの専門家が、スピリチュアリティと仕事について書き始めた。また、合理的なものと直感的なものを結びつける者も現れている。さらに(私自身も含めて)、女性と男性の人生の統合に焦点を当てるもいる。ウエルネスの分野で仕事をする人たちは、からだとこころ、そしてスピリットのつながりを強調する―すなわち、身体的、知的、情緒的、スピリチュアル、社会的、そしてキャリア・ディベロプメントを包含するある種のウエルネスの車輪(wellness wheel)の発達を強調する。未来学者は、地域、国家、そして地球全体の関連性に目を向けるように呼び掛けており、それは「グローバルに考え、ローカルに行動せよ」というスローガンに象徴されている。多様性と多文化主義について書かれた文献が多く出版されるようになっているが、そのような人生の側面をキャリア・プランニングと結びつけて考察するものはほとんどいない。ILPはそれら多くのピースを包含することを試みる。
(つづく)平林

-基礎編・理論編

執筆者:

関連記事

クリエイティビィティーとイノベーションに関して | テクノファ

キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「組織文化とリーダーシップ」を紹介します。本記事はエトガー・H・シャインの著作「組織文化とリーダーシップ」を横山先生が翻訳されたものです。横山先生の思想の系譜をたどるときには、エドガー・シャインにかならず突き当たるので今回から横山先生の翻訳を紹介しながら彼の思想の系譜を探索したいと思います。 <ここより翻訳:2010年シャイン著> (1)第1年目の総会からのインパクト この総会から生まれた,3つの重要なインパクトは次のように要約できる。 ・このグループはクリエイティビィティーとイノベーションに関して新しい洞察と情報を獲得した。とくにイノベーショ …

キャリアコンサルタント養成講座 30 I テクノファ

横山哲夫先生が2019年6月に逝去されて今年は3回忌になります。テクノファでは2004年に先生のご指導でキャリアコンサルタント養成講座を立ち上げさせていただいて以来、今年まで実に14年もの間先生の思想に基づいたキャリアコンサルタント養成講座を開催し続けさせてきました。 先生はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。 先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるという鋭い分析のも …

キャリアコンサルタント養成講座 55 | テクノファ

横山哲夫先生が2019年6月に逝去されて今年は3回忌になります。テクノファでは2004年に先生のご指導でキャリアコンサルタント養成講座を立ち上げさせていただいて以来、今年まで実に15年もの間先生の思想に基づいた養成講座を開催し続けさせてきました。 横山哲夫先生はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。 横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがありはずであるという鋭い分析のもと数多 …

文化に関するレクチャー | テクノファ

私(平林)は横山先生と2004年に初めてお目にかかりました。当時テクノファはISOマネジメントシステムの研修機関として、JAB(一般公益法人日本適合性認定機関)の認定を日本で最初に受けた第三者審査員養成講座を開設しておりました。当時、ISOマネジメントシステム規格には心が入っていないと感じていた私は、その時に横山先生にキャリアコンサルタント養成講座立ち上げのご指導をお願いしました。 横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるとキャリアコンサルタント養成講座の中で強調されていました。そして数多く …

キャリアコンサルタント養成講座 105 | テクノファ

本記事はエトガー・H・シャインの著作「組織文化とリーダーシップ」を横山先生が翻訳されたものです。横山先生はシャインが2006,7年頃(記憶があいまいですみません)来日した時の立役者(JCC:日本キャリア・カウンセリング研究会が招待した、彼と娘さんが来日した)で、東京、大阪でシャインが講演をする際にいつも同席し、そればかりか新幹線で京都案内までされて、ごくごく親しく彼の人柄に触れた唯一の日本人でありました。 横山先生の思想の系譜をたどるときには、エドガー・シャインにかならず突き当たるので今回から横山先生の翻訳を紹介しながら彼の思想の系譜を探索していきたいと思います。 <ここより翻訳:2010年シ …