キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「キャリア開発と統合的ライフ・プラニング」を紹介します。本記事はサニー・S・ハンセンの著作「Integrative Life Planning」を横山先生と他の先生方が翻訳されたものです。横山先生の翻訳を紹介しながら、彼の思想の系譜を探索したいと思います。
<ここより翻訳:サニー・s・ハンセン著>
■「新しい男性」の発達理論
心理学の分野は、主に男性の手によって、男性を研究対象として発展し、その後、他の集団、たとえば、女性や民族的マイノリティに適用されてきたとして厳しい批判を受けてきた。同様に、伝統的なヴオケーショナル/キャリア・ディベロプメント理論の大半が、男性に関する問題に焦点を当て、男性理論家によって執筆された(Anne Roeなどの少数の例外はあるが)。最近まで、ほとんどのキャリア・ディベロプメントの教科書が男性によって書かれた。ただ、最近の版では、女性やその他の「特別な集団」のために、別章あるいは別段落を設けているものもある。確かに、これとは対照的に、多様性に力点が置かれるようになったことは歓迎すべきことである。
以下この節では、ジェンダー役割システムと、今変容の初期段階にある男性の役割を考慮に入れながら、新しい男性についての視点と知見に焦点を当てて見ていきたい。とはいえ、男性に関する新しい文献が、白人の異性愛者によって書かれており、その文献の対象には他の人種または他の性的指向の男性は含まれていない、ということを留意しておくべきである。幸いなことに、このような状況は今変わりつつあり、あらゆる背景を持つ男性と女性が発言し始めている。ここで、女性と同様に男性にとっても、異性間の差異よりも同性間の差異の方が大きいということを記憶に留めておくことは重要である。
□男性のステレオタイプ
BORN FREEが指摘しているように、女性のステレオタイプと同様に、男性のステレオタイプも存在する。男性と男らしさに関係するステレオタイプ的特徴としては、攻撃性、独立心、感情に流されない、客観性、支配、野心的、世事にたけている、リーダーシップ、アサーティブネス、分析的、力強さ、性的魅力、知識吸収能力、身体的適応能力、数学および科学に対する適性などがあげられる。このように、男性のステレオタイプ的特徴は、女性のそれの裏返しである(Cook,1985)。WilliamsとBest(1982)は、男性と女性のステレオタイプは、文化の違いを越えて一致すると結論付けている。
女性と男性のステレオタイプの大きな違いは、男性のステレオタイプは、女性のそれよりも肯定的で、社会で重要視されていること、すなわち金銭、地位、権力によって報われるという点である。われわれは社会におけるステレオタイプが減少することを望んでいるが、ジェンダー、人種、民族、年齢、階級、性的指向などによるラベル付けと判断が、依然として多く残存していることを知っている。黒人やゲイの男性のステレオタイプは、白人男性のステレオタイプと同等か、それよりも少ないかもしれない。というのは、前者は「本物の男(real man)」はかくあるべきという規範に従っていないからである。カウンセリングと教育の重要な機能は、男性がステレオタイプを超えて進むのを支援し、彼らに対する社会化の力を理解し、男性の役割を脱学習し、再学習させることである。
□男性のキャリア・ディベロプメント
女性の人生が伝統的に家族によって規定されているように、男性の人生は仕事によって規定されている。男性心理学を基盤とするキャリア研究者のなかには、男性にとっては、「職業的成功イコール自尊心である」と指摘する人もいる。男性、特にアメリカの男性にとっては、職場での成功が人生全体の成功の主要な基準である(Skovholt と Morgan,1981)。1990年代に入ると、これが強く意識されるようになった。というのは、企業の人員削減によって、一生働けると思っていた職を失った男性は、仕事がなくなったことによって、長い間彼らのアイデンティティの主要な源泉であったものを失ったことに気づいたからである。さらに彼らの多くにとって、同じ給料で同じ地位が与えられる別の職を見つけるという見込みは、ありそうにないことであった。
男性が雇用機会構造の外に置かれたとき(多くの民族的マイノリティの男性にとってはまさに現実である)、自尊心が低くなり、怒り、暴力に取りつかれる危険性が極めて高くなる。合衆国においては、この観点は、1995年秋のO.J.シンプソン殺人事件の裁判の余波を受けて、そして1996年初めの百万人の男性大行進の最中に、何度も繰り返しメディアで取り上げられた。男性の人生におけるペイドワークの重要性に関しては、大衆紙と同様に、職業心理学の文献でも常に主題となってきた。教育と機会の均等から多くの有色男性が締め出されていることや、囚人数に占める彼らの割合の異常な高さは、解決しなければならない大きな問題として続いている。
Joseph Pleck(1981)は、男性の人生を検証するための新しい理論的枠組みを概念化した。彼は男性の性役割アイデンティティを分析し、「男らしさという神話」に挑み、男性の性役割から受ける重圧に関する新しいパラダイムを提示した。男性と男らしさに関する研究の新方向が、男性の人生の変化に関する別の1冊の本によって示された。その本は、男性役割の再公式化、男性と父親業、男性と女性の関係、性意識、人種、ジェンダーなどの問題を取り上げていた(Kimmel,1987)。
仕事についての男性の社会化と、その限定的な効果についての文献が、数人の著者によって著されている(O’Neil,1981)。男性は、早い時期から、硬直した男性の性役割の社会化を受けている間ずっと、そして、女性の役割の変化にどう対応すべきかを学ぶときに、ジェンダー役割から受ける重圧を体験する。個人および組織における性差別と性役割の葛藤および重圧から、男性のジェンダー役割葛藤の6つのパターンが浮かびあがっている。すなわち、(1)社会化された、コントロール、パワー、競争の諸問題、(2)性的および愛情表現的行動の制限、(3)成果と成功への強迫観念、(4)同性愛恐怖、(5)情動性の制限、(6)健康問題(図2.3参照)である。
□新しい男性に関するその他の文献
何人かの心理学者、研究者、社会評論家が、男性の人生をいくつかの新しい切り口から考え始めた。そして職業的キャリアにとどまらず、仕事と家族における男性の役割、男性の社会化の結果、中年の転機と退職準備、男性と余暇、男性とその父親、父親としての男性、共稼ぎ家族における男性、男性と権力、男性と暴力などについて検証した。「新しい男性」について、初期のカウンセリングおよび心理学的分析のなかに、男性へのカウンセリングに関する特集をした2つの刊行物があった(Skovholt,Schauble と Davis,1980;Scher,1981)。それらは、男性の伝統的役割、仕事・家族・子育てにおける男性の発達、他の男性との関係に関する問題について、優れた知見を提示している。そして1980年代初めから、新しい男性についての研究が心理学の定期刊行物に多く掲載されるようになった。
特に若い男性に対するカウンセリングに焦点を当てながら、男性の社会化と性意識という重要な問題についてもまた取り組まれてきた(Coleman,1981)。Samuel Osherson(1986)は、Finding Our Fathersにおいて、「男たちの父親との未完の仕事(men’sun un finished business with their fathera)」という問題に取り組んだ。彼は自分自身の人生のなかで、日記をつけ、危機を記録し、それを洞察し、またハーバードにおいて多くの中年男性の人生の縦断的研究を行った。その研究では、それらの男性とのインタビューを通して、彼らと父親との関係について、苦痛に満ちた深刻な結果や、欲求不満やかなえられない願望があるということを明らかにしている。以下の刺激的な引用にあるように、そのインタビューのなかで、彼の個人としての、また専門家としての見方が示されている。「われわれの時代の男性-女性間の諍いの多くが、その原因を辿れば、息子がその父親との間に持っている今も継続中の隠された葛藤へ、そして成長した息子が彼のキャリアと結婚のなかで、その関係を完結させようとするさまざまな方法へと行き着く。しかしその存在の重要性にもかかわらず、われわれが父親を理想化し、あるいは卑下し、あるいは無視したとしても、多くの男性にとっての父親は神秘に包まれたままである。そしてそうすることによって、いかにわれわれが父親とは別のものになろうとしても、最終的にはその父親を真似ているのである」(p.ix)。
性役割による緊張と葛藤
○性役割のパターンと暮藤およびそれらの影響
○男性の性役割社会化の過程で生じる心理的パターンと葛藤
○女性性への恐怖
○去勢恐怖
○脆弱への恐怖
○失敗恐怖
○低い自尊心
○成功/達成への執着
○仕事のストレスと緊張
○同性愛恐怖
○低い身体意識/官能性
○限られた性的行動
○限られたコミュニケーションのパターン
○情動性の制限
○女性を性の対象とし、自分よりも劣る存在として扱う
○自己と他者を制限する社会化された競争性
○自己と他者を制限する社会化された権力欲求
○自己と他者を制限する社会化された優越性欲求
○自己と他者を制限する社会化された支配欲求
4つの人生領域において男性の性役割葛藤と緊張が及ぼす心理的影響
○人間関係
○他の男性、女性、子どもに対する親密さの制限
○夫婦間の葛藤
○年をとることへの恐怖
○引退への恐怖
○異性への関心の喪失
○自信の欠如
○キャリア・ディベロプメントと仕事
○過労
○成功の縛り
○昇進の階段への縛り
○仕事のストレスと緊張
○タイプA行動
○役割葛藤
○稼ぎ手の縛り
○失業恐怖
○失敗恐怖
家庭と家族
○役割の過剰負担
○性的な機能不全/不満足
○家庭内暴力(子どもおよび妻への虐待)
○積極的・肯定的養育活動不全
○女性と子どもの明白な、あるいは隠された従属化
○失敗恐怖
○身体(健康)
○健康問題(潰瘍、高血圧、冠動脈性心疾患)
○薬物、アルコール、食べ物依存症
○若年死
出典:J.0’Neil,“Male Sex Role Conflicts,Sexism,and Masculinity:Psychological Implications for Men,Women,and the Counseling Psychologist.Counseling Psychologist,9 (2),61-80.CopyrightⒸ1981・Reprinted by permission of Sage Publications.
カウンセリングおよび男性の発達という視点から、男性の諸問題がDwight Moore と Fred Lefgren(1990)によって新たに提起された。そこには、黒人、ラテンアメリカ人、アジア人男性の発達に関する、それらの民族集団出身の男性による討論が含まれていた。問題領域が識別されたが、それよりも重要なことは、葛藤の渦中にある男性のための問題解決の戦略と介入が示されたことであった。
男性の性役割と、過去10~20年の間に現れてきた男性運動についての記事や書物が急増している。それらの文献の多くが、いま男性は、硬直した男性の役割についての古くからの慣習による不利益と限界に気づき始めていることを示唆している。それらの文献のいくつかは、1970年代に現れた。The Liberated Man(1974)、Why Men Are The Way They Are(1986)〝(1974)、を書いた政治学者Warren Farrell、The hazards of Being Male(1976)を書いたHerb Goldbergらが有名である。最近では、Robert Bly の Iron John(1990)や、Sam Keen のFire in the Belly (1991)などの本があるが、それらは同種の他の本と共に、男性の性役割についての大衆の関心を喚起した。それらの書は、男性運動を目に見える形で表面化させたが、それにもかかわらず、その視点のすべてがフェミニストによって評価されているわけではない。
女性と男性についての新しい知見が、われわれが両性の発達と役割を見るときの方法に影響をもたらし始めている。ジェンダーに関する文献の多くが「女性の問題」として解釈されてきたが、ここに挙げた文献は、男性と女性の両方の人生が、今どのように変化しつつあるのかに関心が高まりつつあることを示している。それはILPの中心的な主題であり、第4章でさらに詳しく検討したい。
(つづく)平林