基礎編・理論編

1960年代に高まった多文化問題への関心|テクノファ

投稿日:2022年11月15日 更新日:

キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「キャリア開発と統合的ライフ・プラニング」を紹介します。
本記事はサニー・S・ハンセンの著作「Integrative Life Planning」を横山先生と他の先生方が翻訳されたものです。横山先生の翻訳を紹介しながら、彼の思想の系譜を探索したいと思います。
<ここより翻訳:サニー・s・ハンセン著>
■多文化理論と知見
1960年代に高まった多文化問題への関心は、1980年代にはアメリカ人の意識からだいぶ遠のいていたが、人種間題に対する明らかに敵対する態度を強めながら再び表面に現れてきた。21世紀における生きることと働くことについての新しいアプローチが、一般人と専門家を多文化主義と多様性の観点から教育することを含める必要があるということは明らかなようである。そのような訓練においては、多様性における複数の次元が重視されなければならない。
□ヨーロッパ中心(Eurocentric)の理論
カウンセリングとキャリア・ディベロプメントの教科書の多くが、この分野の主要理論(ロジャーズ理論、精神力動理論、行動理論、実存主義理論、認知発達理論)を中心に書かれているが、それらの理論がもっぱら西洋的な伝統から生まれてきたものであるがゆえに、多くの限界を持っていることが指摘され始めた。それらの理論の多くが、白人男性を被験者とした研究に基づいているため、それを多様な集団に適用するのは不適切で不十分であるとして批判されている。多くの場合、著者らは、特別な集団についての、いくつかの章あるいは章の一部を割いてこの問題に対応しようとしている。それらは、人種的民族的マイノリティ、ゲイやレズビアン、女性、身体的障害のある人々、貧困層、高齢者などである。

多文化理論を前面に押し出したカウンセリング理論に取り組んでいる数少ないテキストの1つが、Ivey,Ivey と Simek-Morgan(1993)らによる、発達的カウンセリングと心理療法(Developmental Counseling and Therapy:DCT)に焦点を当てた1巻である。そこでは多文化的内容がこの本の中核部分と競合されて第1部を構成している。続いて第2部では、伝統的なカウンセリング理論が検討されている。これはすでに見た大半のテキストと極めて対照的で、新鮮な切り口を示している。何人かの著者たちが、特定の人種一民族グループ出身のリーダーによる理論を批判しながら、多文化カウンセリングと心理療法(Multicultural counseling and therapy:MCT)について詳しく説明している。その理論は、結びつき、スピリチュアリティ、全体性、土着のヒーラーに強く焦点を当てている(Sue,Ivey とPedersen 1996)

□多文化理論
すでに見てきたように、Sue,ⅠveyとPedersen(1996)らが、今取り組み始めているのではあるが、多文化カウンセリングと発達に関する本格的な理論は、まだ存在しないというのがおそらく正確だろう。しかし有色人種へのカウンセリング、特に合衆国における、民族的マイノリティのなかでも人口数が上位にあるグループ、すなわちアフリカ系アメリカ人、アジア系アメリカ人、アメリカ・インディアン、ラテンアメリカ人へのカウンセリングに関しては、かなりの専門的知識体系が存在している。そして、人種―文化的なアイデンティティの発達について、数々の理論が今、現れつつある。それらは、Paul Pedersen(1991)が言うところの、カウンセリングおよび心理学における、「第4番目の勢力」の一部となっている(精神力動理論派、行動理論派、人間性理論派に次ぐ)。

多文化カウンセリングと多文化キャリア・ディベロプメントについて書いている著者の多くが、著者ら自身マイノリティ出身であるが、過去のヨーロッパ中心主義的知識基盤に重心を置くことから脱却し、多元的な知識基盤を含める方向へ向かうことを提唱している。それは、個人よりも地域社会や家族に、直線的ではなく統合された世界観に重点を置くもので、ヘルピングやヒーリングに対する全体的アプローチによって特徴付けられている。

多文化主義(multiculturalism)という用語には、1つの問題点がある。
すなわち、それは人によってさまざまな方法で定義され、それが正確に何を意味するのかを知ることが難しいということである。初期の定義は、人種と民族を強調する傾向があり、初期の理論家および現在の理論家の一部は、定義をその2つの変数に限定するのを好む(Ponterotto,Casas,Suzukiと(Alexander,1995;Locke,1992;SueとSue,1990)。しかし多文化主義には、有色人種だけでなく、あらゆる種類の抑圧されている集団、すなわち、ジェンダー、階級、宗教、身体的障害、言語、性的指向、年齢などの点で制圧されている人々も含むべきだと主張する人々もいる(Arredondo,PsaltiとCella,1993;Trickett,ⅦなttsとBirman,1994;Pedersen,1991)。
多文化カウンセリングの指導者らは、集団を越えた共通性あるいは普遍的特質を強調し、そして包含的であるエティック(etic)・アプローチを取るか、あるいは、特定の集団の特徴とその集団固有のカウンセリング・ニーズに焦点を当てて文化を特定するアプローチ、すなわちエミック(emic)・アプローチを取るかという議論に異議を唱えた。Atkinson,MortenとSue(1989)らは、多文化カウンセリングは、カウンセラーとそのクライエントが異なった民族またはマイノリティに属している場合と、「カウンセラーとクライエントが人種的、民族的には似ているが、性別、性的指向、社会経済的な要因、年齢などの変数において異なった文化集団に属している」(p.37)場合の2つがあると定義した。

Fukuyama(1990)は、主流派である中産階級白人男性の文化とは異なる特定の集団と仕事をするための、特徴、価値観、技法について書かれている文献が増えていることを指摘しながら、普遍的な見方をとっている。そのような集団はまた、抑圧、差別、偏見、無視に苦しみ、そして多くの場合、アイデンティティの発達、自尊心、エンパワーメントなどの問題についての支援を必要としている。Fukuyamaは、このような包含的なアプローチを「異文化間(transcultural)」カウンセリングと呼ぶことができると述べている。
これとは対照的に、Locke(1990)は、個人の特徴と、固有の文化集団のメンバーシップの両方を考慮した、焦点を狭く絞った見方を主張し、あまりにも包含的になりすぎると、問題に取り組む方法を「水で薄める」結果になってしまうと主張している。また、他にも狭い定義を支持する人たちがいるが、「群」へのアプローチではなく、ステレオタイプ、偏見、差別、人種差別、同化、文化的適応、文化などの概念に焦点を絞ることを提唱している(Vontress,1991)。

□人種的アイデンティティ
多文化主義と多文化カウンセリングにおける最も重要な概念の1つに、人種的アイデンティティがあり、それはWilliam Cross(1971)、Janet Helms(1984)、Atkinson,MortenとSue(1989)、SueとSue(1990)によって発展した。Janet Helms(1984)は、黒人と白人の両方についてアイデンティティの発達という概念を導入し、Atkinson,MortenとSue(1989)らは、マイノリティのアイデンティティ発達(minority identity development:MID)という概念を導入し、SueとSue(1990)は、人種的―文化的アイデンティティの発達(racial-cultural identity development‥RCID)という概念を説明した。Helmsのモデルは、従来のカウンセリングの異人種間モデルの欠陥を認識するなかから生まれた。彼女はその欠陥について、マイノリティのクライエントがサービスの受益者であり、マジョリティの専門家がその提供者である、という点を過度に強調していると要約している。彼女は、従来の人種間カウンセリングは、マイノリティのクライエントは「(社会の基準から)とても逸脱しているので、カウンセラーがクライエントとの間に人種を越えた人間関係を築こうとするなら、ソロモンの知恵とヨブの忍耐を持たなければならない」という立場であり、また、「2つ(またはそれ以上)の文化的視点間の相互作用を説明するメカニズム、すなわちカウンセリングにおいてカウンセラーとクライエントが暗黙のうちに持つメカニズムを欠いている」と批判している(p.153)。このように彼女は、カウンセラーとクライエントの組み合わせについて、両者が異人種の場合、同人種の場合など、さまざまな場合を想定し、その両者の相互作用を予測するモデルを開発した。そのモデルが基盤としているのは、人はすべて人種意識を発達させる過程を通過し、最終的には、人種を自分自身と他者の肯定的側面として受け入れるようになるという考え方である。

Helmsは、人種的アイデンティティの態度における4つの類型について述べている(原型はCross,1971によって提起されたものである)。それは、遭遇前(preencounter)、遭遇(encounter)、沈入(immersion)/浮上(emersion)、内面化(internalization)の4つである。黒人のアイデンティティのステージは、白人のそれとは異なっている。また人種間の違いと同様に、同一人種内での違いもある。黒人の人種的アイデンティティのステージは、自己中傷と自己否定から、多幸感、理想化、そして黒人であることの受容と同一化へと移行する。彼女はまた、白人の人種的アイデンティティは、接触(黒人が存在することの意識化)から、非統合(白人が白人であることを意識する)、再統合(黒人に対して敵対的になり、白人に対してより肯定的になる)、擬似的自立(黒人と白人に対して知的に受容し、好奇心を抱く)、自律(「文化的多様性を価値あるものと思い、自己の人種的アイデンティティに確信を持っているため、異文化交流に参加する機会」を求める)の段階を経ると述べている(Helms,1984,P.156)。

□多文化カウンセリングのジェンダー的側面
有色人種にとっては、人種が最も突出した側面であると理解することは重要であるが、私はすべての文化においてジェンダーが中心的側面であり、決してそれを無視することはできないと強く主張したい。多文化カウンセリングに関する現代の文献の多くが男性によって書かれており、雑誌の論稿には女性の名前も多く現れるようになっているが、書籍の執筆者になっている女性はまだそれほど多くはない。多文化カウンセリングのリーダーらが、少数民族の女性に関する文献の不足、彼女らについての狭く限定された描写、そして多文化主義の教科書におけるステレオタイプ化された論評等を指摘し始めるにつれて、この状態は今少しずつ変わり始めている(Arredondo,Psalti と Cella,1993)。女性のためのカウンセリングおよび精神療法における民族性とアイデンティティに関する問題を取り扱った教科書が、この溝を埋めようと多く書かれるようになっている(Comas-Diaz と Greene,1994)。HansenとGama(1995)は、この問題をある程度深く掘り下げて  多くの文献でジェンダーに関する議論が避けられていること、ジェンダーが焦点となっているときに含めるべき重要な諸問題、伝統的な文化的価値観と普遍的な価値観が衝突しているときの異文化間ジレンマなどについて論議しながら―分析し、これらの問題に取り組んでいるカウンセラーを支援するための介入についても検討している。彼女らはまた、カウンセリングと研究のための戟略も提起している。

本書では多文化カウンセリングという広い定義に当てはまるすべての問題群について十分に検討することは不可能であり、本書はまた「群」へのアプローチを提唱するものではない。本書は、人種、文化、ジェンダー、階級に焦点を絞る。他の次元に関する実例も挙げられるが、検討される主要な次元は、これらの次元である。多文化問題については第6章でより詳細に検討するが、それは競合的ライフ・プランニングに関する私の考察にとって不可欠な構成部分である。

■スピリチュアリティ(精神性・魂・霊性)
先に述べたように、スビリチェアリティあるいはスピリチュアル・ディベロプメントは、ある種のカウンセリング理論の構成部分であるにもかかわらず、長い間キャリア・ディベロプメントの文献では無視され続けてきた。スピリチュアリティという用語は、時々人生の目的と意味と同義的に使われる。スピリチュアリティという用語が、キャリアにとってより中心に近い位置に立つようになってきたのはここ10年のことである。心理学、社会学、キャリア・ディベロプメント、カウンセリングの分野の多くの理論家や実践家が、自らの理論のなかにスピリチェアリティという側面を含めているにもかかわらず、今まで多くの場合、それが目に見える形で示されることはなかった。Carl JungやJoseph Adlerなどのスビリチェアリティを主題にした著名な心理学者以外にも、そのような理論家としては、Abraham Maslow、Viktor Fran Carl Rogers、Lawrence Kohlberg、Carol Gilligan、Gordon Allport、Erik Eriksonなどの理論家がおり、またJanet Hagberg、Richard Leider、Richard Bollesなどの実践家もいる。そのうちの何人かについては、第7章で検討する。私は、スピリチュアリティ、意味、目的を、ILPの最も重要な構成部分と考えている。

■ILPのその他のルーツ
その他の知識分野も、統合的ライフ・プランニングの基礎を提供している。仕事と家族、転換(期)理論、組織開発、未来主義などである。本章ではそれらについて検討はしないが、いくつかの章で触れており、またそれらを含む特定の章もある。たとえば、未来主義と未来学者については、本書を通してたびたび触れ、仕事と家族についての理論と問題は、第5章の中心テーマとなる。成人の転換(期)、組織変化、リーダーシップに関する文献は、第8章のなかに組み入れられている。

■結論
ILP についての私の考察とその発展に大きな影響を与えてきた専門的知識を概観してきたが、それが、カウンセリングとキャリアの専門家が自分自身に影響を与えている理論や実践を再検証し、考察と知見の新しい道を切り拓いていくことに役立つことを願っている。
それでは統合的ライフ・プランニング・キルトの最初の主題、すなわち、キャリアの専門家がすぐにそのなかで仕事をすることになるローカルな文脈を読み解くための知見をもたらすグローバルな変化について見ていこう。

*本章内の「ジェンダー役割システム」の節は、出版社のJossey-Bass社の許諾の下、 Hansen(1984)を基にしている。
(つづく)平林

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