キャリアコンサルタントが必要とする自殺対策に関する知識、資料について説明します。
国は自殺はその多くが追い込まれた末の死であり、その多くが防ぐことができる社会的な問題であるという基本認識の下、自殺対策を保健、医療、福祉、教育、労働その他の関連施策と連携を図りながら総合的に推進しています。
■自殺対策の経緯
我が国においては、かつては自殺する人は弱い人間、自ら勝手に死んだ人と評価され、自殺は「個人の問題」と認識されがちで、自殺問題が行政上の課題とされることは少なく、国における取り組みは厚生労働省によるうつ病対策や職場のメンタルヘルス対策が結果的に自殺予防に寄与していると認められる取り組みを含めて、各府省が個別に実施しているのが実状で、自殺対策について国全体としての基本方針等はありませんでしたが、さまざまな経緯を経て、広く「社会の問題」と認識されるようになり、国を挙げて自殺対策が総合的に推進されるようになりました。今では「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現」を目指すために、すべての都道府県及び市町村が自殺対策計画を策定することとする(地域自殺対策計画策定の義務化)など、時代の状況に応じて、自殺対策は大きく変化してきているのでその背景等について説明します。
1998年の自殺者数が31,755人と前年の23,494人から35.2%の急増となり、2000年以降自殺者数が毎年約3万人を超えている(警察庁統計資料による)状況となり、自殺者の遺族や自殺予防活動、遺族支援に取り組んでいる民間団体から、「個人だけでなく社会を対象とした自殺対策を実施すべきである」といった声が強く出されるようになりました。2005年5月には、自殺予防活動や遺族支援に取り組む民間団体と国会議員有志との共催による、シンポジウム開催、さらに2005年7月には「自殺に関する総合対策の緊急かつ効果的な推進を求める決議」が参議院厚生労働委員会において全会一致で行われました。これらを受け、政府は、関係省庁が一体となって自殺対策を総合的に進めるため、同年12月に「自殺予防に向けての政府の総合的な対策について」を取りまとめました。
2006年には、自殺予防活動や遺族支援に取り組んでいる民間団体が中心となって、実効性のある総合的な自殺対策を推進させるためには、自殺対策の法制化が必要であるとして、署名活動の展開と、参議院議長への署名提出、超党派の国会議員有志による法制化の検討と法案提出が行われ、2006年6月に可決、自殺対策基本法として公布施行されました。2006年10月には自殺対策基本法に基づき、内閣官房長官を会長とし、内閣総理大臣が指定する関係閣僚を構成員とする「自殺総合対策会議」が設置されました。自殺総合対策会議は大綱の案の作成のほか、自殺対策に必要な関係行政機関相互の調整、自殺対策に関する重要事項について審議し、その実施を推進することとされ、各府省にまたがる自殺対策を統括し推進するための枠組みとしての機能を担ったもので、国による自殺対策の推進体制が作られたといえます。
各都道府県においては、自殺対策を担当する部局等が明確化されるとともに、2008年度末までに全都道府県において様々な分野の関係機関・団体により構成される自殺対策の検討の場として、自殺対策連絡協議会等が設置され、地域における自殺対策推進のための枠組み整備が進みました。
2016年4月には自殺対策の推進業務は内閣府から厚生労働省へ移管することとされ、2016年4月1日に自殺対策業務が移管されました。移管された背景ですが、自殺対策基本法(2006年)の施行以降年間の自殺者数が約2万4,000人まで減少するなど、着実に成果を出してきましたが、地域レベルの実践的な取り組みを中心とする自殺対策への転換を一層進め、健康問題や経済的困窮を始めとする自殺の背景にある様々な要因に対して、地域において自殺対策の中核を担っている自治体の保健・福祉部局等や、経済的な自立を支えるハローワークなどの現場と緊密に連携することがますます重要になると考えられた結果、現場と関連が深い厚生労働省に移管することで、取り組み体制の更なる強化を図ることとして、2016年4月1日に厚生労働省に自殺対策推進室が設置され、同日付で厚生労働大臣を長とする「自殺対策本部」を設置、厚生労働省がそれまでの内閣府の自殺対策事務を引き継ぎ、多岐にわたる自殺対策を総合的に推進するため、保健、医療、福祉、労働その他の関連施策の有機的連携を図り、省内横断的に取り組んでいくこととなりました。
■自殺対策基本法
自殺の予防と防止、自殺者の親族等の支援充実を目的として制定された法律です。2006年6月21日に公布、10月28日に施行されました。
●対策基本法の概要
ー 目的
自殺対策を総合的に推進して、自殺の防止を図り、あわせて自殺者の親族等に対する支援の充実を図り、もって国民が健康で生きがいを持って暮らすことのできる社会の実現に寄与する。
ー 内容
1.自殺対策の基本理念
①自殺が個人的な問題としてのみとらえられるべきものではなく、背景に様々な社会的な要因があることを踏まえ、社会的な取組として実施されなければならない。
②自殺が多様かつ複合的な原因及び背景を有することを踏まえ、単に精神保健的観点からのみならず、自殺の実態に即して実施されるようにしなければならない。
③自殺の事前予防、自殺発生の危機への対応及び自殺発生後又は自殺が未遂に終わった後の事後対応の各段階に応じた効果的な施策が実施されなければならない。
④国、地方公共団体、医療機関、事業主、学校、自殺の防止等に関する活動を行う民間の団体その他の関係者の相互の密接な連携の下に実施されなければならない。
2.国、地方公共団体、事業主、国民のそれぞれの責務
①国は、基本理念にのっとり、自殺対策を総合的に策定し、実施する責務を有する。
②地方公共団体は、基本理念にのっとり、自殺対策について、国と協力しつつ、当該地域の状況に応じた施策を策定し、実施する責務を有する。
③事業主は、国・地方公共団体が実施する自殺対策に協力するとともに、労働者の健康の保持を図るため必要な措置を講じるよう努める。
④国民は、自殺対策の重要性に対する関心と理解を深めるよう努める。
3.政府による自殺対策大綱の策定と、国会への年次報告
4. 国・地方公共団体の基本的施策
①自殺の防止等に関する調査研究の推進並びに情報の収集、整理、分析及び提供の実施並びにそれらに必要な体制の整備
②教育活動、広報活動等を通じた自殺の防止等に関する国民の理解の増進
③自殺の防止等に関する人材の確保、養成及び資質の向上
④職域、学校、地域等における国民の心の健康の保持に係る体制の整備
⑤自殺の防止に関する医療提供体制の整備
⑥自殺する危険性が高い者を早期に発見し、自殺の発生を回避するための体制整備
⑦自殺未遂者に対する支援
⑧自殺者の親族等に対する支援
⑨民間団体が行う自殺の防止等に関する活動に対する支援
5. 内閣府に、関係閣僚をメンバーとする自殺総合対策会議を設置
ー 改正自殺対策基本法
2006年(平成18年)に公布、施行された自殺対策基本法は平成28年4月1日から改正施行されています。下記項目等が追加の内容です。
○ 目的規定に追加
・「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して、これに対処していくことが重要な課題となっていること」
○ 基本理念に追加
・自殺対策は、生きることの包括的な支援として、全ての人がかけがえのない個人として尊重されるとともに生きる力を基礎として生きがいや希望を持って暮らすことができるよう、その妨げとなる諸要因の解消に資するための支援とそれを支えかつ促進するための環境の整備充実が幅広くかつ適切に図られることを旨として、実施されなければならない。
・自殺対策は、保健、医療、福祉、教育、労働その他の関連施策との有機的な連携が図られ、総合的に実施されなければならない。
<資料>
・厚生労働省の自殺対策ホームページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/index.html
・一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター資料
https://jscp.or.jp/overview/course.html
・文部科学省の児童生徒の自殺予防に向けた取組に関する検討会配付資料
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/063_6/shiryo/attach/1369739.htm
(つづく)A.K