基礎編・理論編

知ることの新しい方法 | キャリコン養成講座229 テクノファ

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横山哲夫先生が翻訳したキャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「キャリア開発と統合的ライフ・プラニング」を紹介します。本記事はサニー・S・ハンセンの著作「Integrative Life Planning」を横山先生と他の先生方が翻訳されたものです。

□ 知ることの新しい方法を発見する
われわれが何を知っており、どのようにしてそれを知るのかという問題は、現在多くの研究者、特にフェミニスト心理学者、多文化の指導者、女性学の教員、さらには心理学以外の学問分野の教員の心の中心にある。
「知ることの新しい方法(new ways of knowing)」は、たとえば、月面を歩いているときに、宇宙の本質を理解する深遠な体験をした宇宙飛行士Edgar Mitchellなどの人たちによって、明確に述べられている。その後、彼は「理性科学研究所(the Institute for Noetic Scien)」(noeticsとは新しい知識の研究)を設立し、「この研究所では、多くの分野の女性と男性が、人間の心と知ることの方法についての新開地を探索している」と、研究所の最初の会報のなかで述べた。「私は、われわれの知覚、動機、価値観、行動が、幼児期の体験とわれわれの文化から得た無意識の信念によって形成される度合いの驚くべき広がりに悩まされた」と彼は続けて説明した。

多くの分野において、われわれは新しい知識のパラダイムがあることを認識している。それぞれの分野における指導者には、経営コンサルタントのPeter Drucker(1989,1996)、倫理学のRushworth Kidder(1987)、人類学のMaryCatherineBateson(1989)、心理学のOliva Espin(1994)、心理療法のLillian Comas-DiazとBerverly Greene(1994)、そして未来学のRobert Theobald(1987)らがいる。多くの学問分野の文献が、中立的で客観的な方法から離れ、コミットメントと主観性の方向へ向かう動き、そして、社会科学や行動科学の分野では科学的方法が真実へ至る唯一の道ではないという認識を明らかにしている。

心理学とカウンセリングの分野で長い間、量的研究方法に偏っていたものが、教育心理学のいくつかの分野でさえ、知ることの新しい方法である質的研究方法に対する関心が起こっている。これらの方法は、現場主義的で、主観的であり、仮説検証ではなく、むしろ仮説の発見であり、研究者が研究している集団に関与すること、あるいはその一部となることを許容するものであると言えるだろう。Elizabeth Gama(1992)は、カウンセラーが質的研究を用いることがいかに自然なことであるかを指摘するだけでなく、研究テーマに応じた質的研究と量的研究の両方の有効性を強調している。質的研究は、かなり以前から人類学や家族社会科学などの分野で用いられてきたが、心理学では主流としてまだ十分に認められていない。ますます多くの学生、女性、そして特に民族的マイノリティが、ジェンダーや異文化間研究における大規模な現場環境の問題に答えるのに役立つ訓練を要求している。

すでに述べたように、いくつかの大学やコミュニティで女性を対象とした研究を行ったのは、ニューイングランド地方の研究者たちである。Women’s Ways of Knowingにおいて、Belenky, Clinchy, Goldberger、そしてTarule(1986)は、女性が現実を知覚する6つの方法を定義している。これらの研究者は、Jean Baker Miller(1976)とCarol Gilligan(1982)の伝統を受け継ぎながら、革新的方法を用いて女性の真実の声を明確にしている。援助専門職(たとえば、カウンセラー教育者、家族療法家、ソーシャルワーカー)の多くの指導者が、経験主義的方法以外の方法を採用しているという事実は、変化を促進する助けになるかもしれない。たとえば、心理学(そしてキャリアの心理学およびカウンセリング)における、研究の合理的な形態としてのナラティブやストーリー・テリングの使用について現在行われている概念化は、カウンセリングと心理学の手段と方法を拡大するのに役立つであろう(たとえば、Cochran,1990;Jepsen,1992;CochranとLaub,1994)。

いくつかの雑誌では質的研究を受け入れ始めたが、依然として量的なものへの偏りがある。全米教育学会(American Educational Research Association)の主要な指導者らが、ある種の研究のための質的研究を支持するようになったという事実にもかかわらず、依然としてその使用に対する少なからぬ抵抗が存在する。雑誌 International Journal of Qualitative Studies in Education と書籍 Qualitative Methods in Family Resarch(Gilgun,Daly、そしてHandel,1992)は、従来とは違う知ることの方法、および、この成長しつつある分野で使われる方法を学ぶことに興味がある研究者や実践家にとって、非常に優れた情報源である。Gama(1992)はまた、カウンセリング心理学における質的研究の使用について、説得力のある議論を示している。

もちろん、本書を読んでいるカウンセリングとキャリアの専門家の多くにとって、研究方法は主要な関心事ではないかもしれないということを私は理解している。それにもかかわらず、もしも、実践を導くために理論的、概念的視点を用いるならば、この議論を知っておくこと、そして自分が引用している知識の起源と種類を確認できることが重要である。知識の生産者と使用者の両方によって、この領域でなすべき仕事が多く存在する。このテーマは、統合的ライフ・プランニングのなかで簡単に触れるだけだが、ILPが基盤としている、前提認識と概念自体、このテーマと一致しているのである。

■結論
本章で述べたグローバルなニーズと課題は、あなたのローカル・コミュニティのニーズと共通点があるだろうか? それらは、あなたのクライエントのニーズと共通点があるだろうか? 本書の範囲からして、このような広範なテーマを網羅的に取り上げることは不可能であり、同様にキャリアの専門家が、それぞれの支援集団と仕事をするなかで、これらのニーズのすべてに取り組むことも不可能である。明らかに優先順位が検討されなければならないであろうし、クライエントの個人的ニーズと文脈、同時にコミュニティのニーズを合わせて、それは決められなければならないであろう。私は、グローバルな課題が将来のカウンセリングと人間の発達の戦略にどのように影響するかについて考えることを刺激するために、これらの課題について言及した(読者は、社会正義というニーズに明らかな重点が置かれていることに気づくだろう)。その範囲が包括的であることは、ローカルに、そしてグローバルに、多くのなすべき仕事が確かにある証拠である。国々は、これらの問題に取り組むに当たってさまざまな段階にある。これまでの議論から明らかなように、これら課題は、カウンセリングとキャリア、そして人間の発達の専門家だけでなく、あらゆる分野の一般人と専門家によっても取り組まれるべき人類普遍の課題である。それらは考え活動することを要求するグローバルなニーズであると同時に、ローカルに適用すべきものでもある。それらは潜在的変化というグローバル・キルトである。
(つづく)平林

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