キャリアコンサルタントの役割を理解するためには、「キャリア」とは何か、つまり「キャリア」の定義、意味、概念を理解しておかなければなりません。
■他人を支援する前に自身のキャリアを自覚する
キャリアは日本の社会に長い間存在していなかった概念であるために、一般には正しく理解されていない面があり、そのために混乱したり、迷ったり、傷ついたりしている人が数多く見受けられます。したがって、キャリア開発・形成の支援をする場合には、まず「キャリア」の定義、意味、概念を正しく理解しておかなければなりません。そして、キャリアコンサルタントが自身のキャリアを明確に自覚し、自身がキャリア開発・形成に取り組んでいることが求められます。自分自身のキャリア開発・形成に取り組んでいる人だけが、他者のキャリア支援を行うことができます。
■アメリ力でも、はじめは「キャリア=職業」だった
キャリアに関する研究およびキャリア支援は、アメリカにおいて先行してきました。しかしながら、アメリカにおいても初めからキャリアという言葉が使われていたわけではなく、当初は職業(ヴォケーション:Vocation) という言葉しかありませんでした。キャリアの支援は職業指導(ヴォケーショナル・ガイダンス:Vocational Guidance)と呼ばれていました。ヴォケーションからキャリアへの転換が行われたのは1950年代初頭です。そこに大きな影響を与えたのが、D. E.スーパーの「人生を構成する一連のできごとである。それは、自己発達のなかで、労働への個人の関与として表現される職業と、人生の他の役割との連鎖であり、そしてそれは青年期から引退期にいたる報酬、無報酬の一連の地位であり、それには学生、雇用者、年金生活者などの役割や、家族、市民という役割も含まれる」という定義です。
■「キャリア」の定義は研究者によっても違う
キャリアの定義は、研究者の立場によって多少異なるところがあります。たとえば、「人が生涯を通じて関わる、ー連の労働や余暇を含むライフスタイル」とか、「人が生涯に行う労働と余暇のすべて」あるいは「自分が何をするか、自分をどう見るかを結びつける現象的、行動的概念であり、それは社会的環境、将来計画、能力、特性などとの関連で、自己をどうみるかを規定するもの」などというキャリアのとらえ方は、どちらかというと個人の職業選択やキャリア発達を重視したとらえ方です。
一方、「仕事に関連した経験と活動に結びついた一連の自覚的態度と行動」とか、「個人が時間と空間にしたがって進む組織化ないしパターン化された経路」、あるいは「組織内の職業の上下移動と水平移動のすべての機会」などという、組織学的や社会学的な視点からのとらえ方もあります。
■「職業」と「キャリア」の違いとは
職業とキャリアの違いは、職業は個人から独立して存在しえるものであり、キャリアは個人から独立しては存在しえないということができます。つまり、職業は個人とは関係なく社会に存在しています。したがって、客観的に分類することが可能ですし、比較することも可能ですし、個人が職業を選択することもできます。
一方、キャリアは1人ひとりが自分で構成するものです。キャリアは1人ひとりが職業や職種などの選択・決定を通じて創造していくものであり、生涯にわたって展開されるものです。
■キャリア=「働くことを中心にした人生展開」
以上のように、キャリアコンサルタントにとってさまざまなとらえ方や考え方がありますが、キャリアの概念として共通している点を非常に短く換言すれば、「働くことを中心にした人生展開」 ということになるでしょう。ただし、ここで言う”働く”というのは英語のワーク(Work)です。そして、ワー クには報酬が伴うワーク(Paid Work)と報酬が伴わないワーク (Unpaid Work)とがあります。
報酬が伴うワークの代表的なものがジョブ(Job)です。いわゆる会社の仕事です。日本語で仕事という場合はこのジョブを意味することが一般的なようですが、それだけで自分のキャリアを考えると偏ってしまいます。一方、報酬が伴わないワークにはさまざまな活動や運動が含まれます。いわゆるボランティア・ワークとしての文化活動、宗教活動、政治活動、音楽活動、環境保護運動、などのさまざまな活動や運動などです。
人生は英語でライフ(Life)ですから、ワーク・ライフ・バランス (Work-Life Balance)と言う場合の本来の意味はこのワークとライフのバランスという意味です。これをまねして日本でも流行り始めたワーク・ライフ・バランスは、ワークをジョブとしてしかとらえていないようですが、この点は誤解しないようにしなければなりません。 同様に、ワークにおけるジョブのバランス(Job-Work Balance)というとらえ方も、キャリアコンサルタント自身のキャリアを考えるうえでは考慮する必要があります。
■外的キャリアと内的キャリア
日本におけるキャリア支援を考える際、特に留意しておきたいことは、キャリアを外的なもの(外的キャリア)とするとらえ方と内的なもの(内的キャリア)とするとらえ方があるという点です。外的キャリアは具体的な仕事の分野、領域、種類、職業あるいは職位などであり、内的キャリアは意味、価値、意義などです。つまり、なぜその会社で働きたいのか、なぜその仕事をしたいのか、あるいはなぜ自分は働くのか、というときの「なぜ」に相当するのが内的キャリアです。「生きがい」あるいは「働きがい」などは内的キャリアとしての重要なキーワードになります。
そして、個人のキャリア開発・形成は内的キャリアと外的キャリアの最適化を図ることですから、効果的なキャリア支援を行うためには、内的キャリアを確かめるところから始めなければなりません。内的キャリアの確認作業を怠ってしまうと、いくら探しても自分がやりたい仕事は見えてきません。
このように、キャリアをそれぞれの人生展開そのものととらえると、キャリアコンサルタントの仕事はその人の将来に向けての支援ですから、 キャリアを履歴・職歴・経歴・経験などのように過去としてとらえるのではなく、将来指向的にとらえること、そして、その人がその人らしい人生を送ることができるよう支援することがより重要になります。
日本の社会で一般的に使用されているキャリア関連の用語は、誤用されている場合があります。そのような誤用を正すことも、キャリアコンサルタントの役割の1つとなります。
(つづく)平林良人