基礎編・理論編

キャリアコンサルティングとキャリアカウンセリング 8-1 | テクノファ

投稿日:2020年11月17日 更新日:

1.キャリアコンサルタントの能力要件
2016年4月に施行された職業能力開発促進法は、キャリア支援の社会的重要性の高まりを反映して整備された内容となっています。具体的には、労働者は自ら職業生活設計を行い、自発的に職業能力開発に努める立場であること、事業主は労働者のこのような能力開発をキャリアコンサルティングの機会を確保その他の援助を行うこと、そして、キャリアコンサルタントの業務内容や登録制度、これら3点が規定されたことです。

一方で、厚生労働省は検討会を設置して法制化されたキャリアコンサルタントの業務遂行に当たっての能力要件等について調査研究を進めており、2018年3月にキャリアコンサルタント登録制度等に関する検討会が「キャリアコンサルタントの能力要件の見直し等に関する報告書」で下記の拡充・強化事項を提言しています。
・クライアントや相談場面が多様化してきていることを踏まえた、基本的スキルの一層の充実を図るための知識及び技能
・セルフ・キャリアドックをはじめとした企業におけるキャリア支援に関する知識及び技能
・個人の生涯にわたる主体的な学び直しと、これによるキャリアアップや再就職等の支援に関する知識及び技能
・社会環境変化や労働政策上の課題(例:職業生涯の長期化、仕事と治療の両立支援、子育て・介護と仕事の両立支援等)の解 決に対する役割発揮の観点から必要な知識・技能

2.セルフ・キャリアドック
1.に記したキャリアコンサルタントの能力要件の拡充・強化事項には、従来どおりのクライアント個人への対応に加えて、組織など環境への働きかけの要素のウェイトがより大きくなったと思われます。とりわけ、セルフ・キャリアドッグを担当するキャリアコンサルタントは組織など環境への働きかけの知識・技能を備えることが不可欠です。
なお、セルフ・キャリアドッグは、厚生労働省人材開発統括官付参事官付キャリア形成支援室2017年「セルフ・キャリアドック導入支援事業『セルフ・キャリアドック』導入の方針と展開」では次のように定義されています。

「セルフ・キャリアドックとは、企業がその人材育成ビジョン・方針に基づき、キャリアコンサルティング面談と多様なキャリア研修などと組み合わせて、体系的・定期的に従業員の支援を実施し、従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援する総合的な取組み、また、そのための企業内の『仕組み』のことです。」

なお、この冊子は、「人材育成のビジョン・方針の明確化」「セルフ・キャリアドック実施計画の策定」「企業内インフラの整備」「セルフ・キャリアドックの実施」「フォローアップ」さらに、「セルフ・キャリアドック導入支援事業モデル企業における具体的事例」が詳細に説明されており、セルフ・キャリアドックを担当するキャリアコンサルタントは、まずは一読の必要があるでしょう。参考図書としては、高橋浩 増井一2019年「セルフ・キャリアドッグ入門 キャリアコンサルティングで個と組織を元気にする方法」金子書房 が読みやすいと思われます。

しかしながら、これらの文献はセルフ・キャリアドック実施のための仕組作りの方法や手続きについて説明していますが、それらの方法や手続きを遂行するのに必要となる個人と組織の関わりの知識・技術については具体的に触れていません。これはカウンセリング理論や技法に委ねられているという立て付けからの取り扱いと思われますが、これまでキャリアコンサルタントが用いられてきたカウンセリングでは、必要性の増している組織を対象とする理論や技法の導入や活用があまりなされてこなかったように思われます。

3.BFTのキャリアコンサルティングへの応用
以上のような背景から、キャリアコンサルタントは組織を対象とできるBFTを積極的に学び、キャリアコンサルティングに活用することが望ましいと考えます。
前回は、キャリアコンサルタントが面談で比較的導入しやすそうなBFTの治療的会話における質問を例示して、MRIコミュニケーション理論に基づくBFT統合モデルを紹介しました。
今回は、引き続きBFTの技法についてこれまでと同様に若島孔文 長谷川啓三2018「新版よくわかる!短期療法ガイドブック」金剛出版※1から主だった箇所を引用して紹介します。
なお、これから記すBFTの技法の主題についてはBFT紹介の初回の理論的背景で記しましたが、念のために下記に再掲します。

(1)『個人から家族にその分析単位をかえることで、人間を探求する学問におけるパラダイム変換を行った。』※1 キャリアコンサルティングにおいては、しばしば個人と部門・会社などの組織との関係性によって問題が生じることが少なくありません。これらの問題は直線的な因果関係から生じていることは極めて稀で、複数の事柄が相互に作用しあう円環的因果関係から問題が生じ維持されていることがほとんどのケースに見られます。このような問題の解決は、単純に原因を探り対処するには無理があります。どちらかというと、問題を俯瞰して対処することが必要になります。『個人から家族』における『家族』を組織に置き換えると、BFTの理論を学びその技法を用いることができるようになることはキャリアコンサルタントが行ううえでも重要であると考えられます。
(2)『①ほとんどの問題は人間関係の中で生まれ維持されるとすること、②セラピストの仕事はクライエントが何か新しいことをするように促すこと、③ほんの小さな変化が必要なだけであり、したがって治療目標は最小限に必要とされるものでいいとすること、④セラピストに必要なことは事態がどうなれば問題が解けたことになるかを知ること、』

キャリアコンサルタント 1級技能士 上脇 貴

-基礎編・理論編

執筆者:

関連記事

ILPの学際的起源を辿る|テクノファ

キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「キャリア開発と統合的ライフ・プラニング」を紹介します。本記事はサニー・S・ハンセンの著作「Integrative Life Planning」を横山先生と他の先生方が翻訳されたものです。 <ここより翻訳:サニー・s・ハンセン著> ILPの学際的起源を辿る かなり多くの理論が、個人にだけ目を向け、個人と社会とのダイナミックな関係を考慮していないと思います。キャリアの成功は、とてもあいまいな概念で、人によって意味するものが大きく異なっています。たとえば、私の父は、彼の専門の職業を通じてそれを定義しますし、母はボランティアの仕事と家事を通して定義し …

組織変化におけるリーダーの役割 | テクノファ

キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「組織文化とリーダーシップ」を紹介します。本記事はエトガー・H・シャインの著作「組織文化とリーダーシップ」を横山先生が翻訳されたものです。横山先生の思想の系譜をたどるときには、エドガー・シャインにかならず突き当たるので今回から横山先生の翻訳を紹介しながら彼の思想の系譜を探索したいと思います。 <ここより翻訳:2010年シャイン著> 15章 組織の「中年期」において変化するリーダーの役割 組織がそのミッションを実現することに成功すると,組織はしだいに成熟し,さらになお成長を続けていく。創業者は年老いるか,あるいは死ぬ。組織は内部で昇進してきたか, …

キャリアコンサルタント養成講座 66 | テクノファ

横山哲夫先生はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。 横山哲夫先生が2019年6月に逝去されて今年は3回忌になります。テクノファでは2004年に先生のご指導でキャリアコンサルタント養成講座を立ち上げさせていただいて以来、今年まで実に16年もの間先生の思想に基づいたキャリアコンサルタント養成講座を開催し続けさせていただきました。 横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずで …

キャリアコンサルタント養成講座 84 | テクノファ

横山哲夫先生の思想の系譜 キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「組織文化とリーダーシップ」を紹介します。本記事はエトガー・H・シャインの著作「組織文化とリーダーシップ」を横山先生が翻訳されたものです。横山先生はシャインが2006,7年頃(記憶があいまいですみません)来日した時の立役者(JCC:日本キャリア・カウンセリング研究会が招待した、彼と娘さんが来日した)で、東京、大阪でシャインが講演をする際にいつも同席し、そればかりか新幹線で京都案内までされて、ごくごく親しく彼の人柄に触れた唯一の日本人でありました。 <ここより翻訳:2010年シャイン著> 私はコンサルテーションの間中,企 …

キャリア開発の啓発・普及・浸透|テクノファ

キャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「キャリア開発と統合的ライフ・プラニング」を紹介します。本記事はサニー・S・ハンセンの著作「Integrative Life Planning」を横山先生と他の先生方が翻訳されたものです。横山先生の翻訳を紹介しながら、彼の思想の系譜を探索したいと思います。 <ここより翻訳:サニー・s・ハンセン著> 監訳者まえがき 100時間を超える監訳討議を共にした仲間から要請があった。「永く日本におけるキャリア開発にコミットし続けた横山の“思い”を記す」ことが本書の「監訳者まえがき」になる、と。この要請を受けさせていただくことにした。 事実、少数の同志と限ら …