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キャリア・カウンセラー便り"鈴木秀一さん"です。
◆このコーナーは、活躍している「キャリア・カウンセラー」からの
近況や情報などを発信いたします。◆
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「なんでも教えてくれるAIの危険性」
昨今、チャットGPTやGeminiなどのAIを利用する人が増えてきている。
先日のニュースでも読売ジャイアンツの阿部慎之助監督が18歳の長女への暴行容疑で
逮捕され、監督を辞任することになったと報道されていた。
今回注目を集めているのは、暴行の有無よりも長女が「チャットGPT」に家庭内での悩みを
相談したところ、児童相談所への通報を勧められ、それを通じて警察の介入へと至った
「経緯」についてである。
私としては「父親と年頃の娘」という、よくありがちな悩ましい関係性はともかく、彼女の
相談相手がAIだったこと。その解答に何ら疑問も持たず即応的に通報したことに驚いた。
監督が辞任したことや長女が行なった通報という行為の是非について議論する気など
全くないのだが、彼女にとってAIの存在がどのようなものだったのか?については
大いに気になったこともあり、敢えて取り上げてみようと思った次第だ。
つい先日「AIの台頭によって今後10年間に消滅するであろう職業」というリストを見つけた
のだが、その中に『「〇〇士」または「△△師」と名が付く職業は悉く消え去るだろう』という
予想が為されていた。
もっとも消防士、作業療法士、看護師、介護士、保育士、など体を張って行なう作業を伴う
仕事にかぎってはAIにも難しいだろうが、意外にも外科手術までもがAIに取って替わる
可能性すらあるというのだ。
つまり、ルールが明確でマニュアル化しやすく感情や創造性を必要としない職業は、
AIやロボットへの置き換えが進むということだ。
今後、さらにAIが進化して状況判断や細やかな作業までこなせるようになれば消えて
ゆくだろう・・と言われている職業は、会計士、税理士、福祉士、弁護士、建築士、司法書士、
鑑定士そして教師といったいわゆる「頭脳労働&デスクワーク」に該当する職業である。
(建築士などセンスを求められる業種については、まだ何とも言えないが、無機質で
合理的な構造物でいいのならAIに分がありそうだ)
もちろんそれらの中にはヒューマンサービスである「心理士」や「コーチ」、そして
「コンサルタント」等の対人援助職も含まれるわけだが、すぐにアドバイスをしたり、
指示や答を提供するような面談の仕方をしているカウンセラーは真っ先に用済み
になることだろう。
それは、先にも述べたとおり「どうすればいいのかを示してくれる存在」を求める人が
増え、時間をかけずに悩みが解消されることに期待が集まるからであり、いまの若者
たちに「タイパ」という言葉があるように無駄に時間をかけることなく、より早く間違いの
ない答えをくれるというのであれば、いま手元にあるスマホやタブレットでも充分だからだ。
一方で、少なくともAIには難しいこと。つまりクライエント本人すら意識化ができていない
「内なる心の声」に耳を傾けたり、しっかりと相手の感情に寄り添い、悲しみに打ちひし
がれている状態や苦しみから抜け出せずにいる心情を丁寧に拾えるような支援者で
あれば、今後も必要とされる(生き残れる)ことだろう。
さて、いつも教育分野の話題ばかりで恐縮なのだが、そもそも「引き出す」という意味で
あるはずの「エデュケーション」が「教育(教える=伝える&入れる)」と翻訳されている
こと自体が既に問題だと思うのだが、戦後の「教える教育」に拠るのか、「不明なことが
あれば誰かに教えてもらえばいいのだ」とばかりに自分の頭で考えたり調べたりする
ことをせぬまま、すぐに誰か?に教えを乞う人が増えてしまった感がある。
この「誰か」とは、親や教師の他に、テレビやラジオのニュース番組、新聞や雑誌などの
所謂「一方的に情報を発信しているオールドメディア」、または近年ではSNSやYouTube
などが一般的だろう。
それが今やAIは情報を集める道具の域を超え、いつでもどこでも必要なときに何でも
答を出してくれるありがたい存在として・・いや、いつも傍に居てくれて孤独を忘れさせて
くれる上に、誰にも言えない秘密の悩みまで打ち明けられるという意味では「家族や親しい
友人以上の存在」になっていると言っても過言ではない。
となれば、AIなしでは生きられないといった依存状態に陥っていると捉えることもできる。
このような状況を「善し」とするか、または人間の在り方としてどうなのか? 今後の社会
において危険性はないのか? 今後、社会はどのように変化していくのか? 政治は?
経済は? といった疑問が湧き起こる。
いずれにしても暫く様子を観てみないことには何とも言えないが、あまりにも幼い年齢の
うちから何でもかんでもAIに頼り切ってしまっては、自分の頭で考え、自分で答を見つけ、
そして判断し、自らの選択に拠って自己決定を行ない、自発的に行動する・・という社会
で生きていくために身につけるべき「あたりまえの力」が育たなくなってしまうのではないか
・・と懸念する声もある。
また一方で、いったい何が真実で、何がフェイクなのかがより一層不明瞭かつ曖昧に
なってきている。
AIも嘘をつくという。質問者が気を悪くせぬよう、敢えて曖昧な解答を出すこともある
らしいのだ。
それに加えて、AIによって受け手が好むような内容の記事ばかりが画面に現れる
「情報バブル」から抜け出せなくなってしまっている人も多いはずだ。(おそらく、
そのことに自覚はない。)
【「情報バブル(フィルター・バブル)」とは、SNSや検索エンジンがアルゴリズムを用いて
ユーザーの過去の検索履歴や興味関心に最適化された情報ばかりを提示するよう
になる現象です。自分が好む情報や意見の「泡(バブル)」の中に閉じ込められ、異なる
視点や価値観に触れにくくなる状態を指します。】
(※:たまにログアウトしてみることをお薦めします)
これは、すでに気がつかないうちに「AIからコントロールされている状態」とも言える
わけだが、世の中が便利になるに連れ、それと引き換えるが如く何か重要なものまでが
一気に失われる危険性を示している。
いずれ「AIが人間の知能を超える日がくる・・」この日はシンギュラリティと呼ばれるのだが、
当初は概ね2045年頃であろうと予測されていた。しかし、それが2030年に修正され、
現在では今年2026年の末か、または来年には実現するのではないかと言われ始めている。
みなさんは、インターネット間の通信におけるセキュリティの脆弱性を発見する力を
持つAIとして開発された「ミュトス」をご存知だろうか。
セキュリティの強化は安心材料だが、もしこれが悪意ある犯罪者の手に渡ればどうなるか?
ヘタをすれば各国の政府や経済や産業の中枢、はたまたペンタゴンや防衛省までが
ハッキングされればテロリストが核兵器のボタンを握ることだってあり得る。
そのとき世界の軍事バランスはどうなるのか?・・・
そのようなわけで、当分の間どのような展開を見せるのか目が離せない。
このような急速な時代の変化の中にあって今後を予測することなど到底難しいことではあるが、
少なくとも常に最新の情報を得ようと努め、昨日までの慣れた習慣に執着する
ことなくアップデートしていく姿勢だけでも持っていないと周囲が見えなくなってしまうだろう。
兎にも角にも予断を許さない時代になっていることは間違いないのである。
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キャリア・カウンセラー便り"馬籠さゆみさん"です。
◆このコーナーは、活躍している「キャリア・カウンセラー」からの
近況や情報などを発信いたします。◆
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こんにちは。
2017年30期修了生の馬籠さゆみです。
前回4月号では、これまでのキャリアの歩みを「トランジション」の視点から振り返りまし
た。
今回6月号では、その延長線上にある現在の取り組みとして、
「トランジションの延長としての実践」についてお伝えいたします。
現在、専門学校における日本語教育に加え、留学生に対する進学対策・キャリア科目の
授業を担当することになりました。
学校からは「将来の夢」というテーマのみが提示され、具体的な設計は講師に
委ねられるという依頼に当初は戸惑いもありましたが、これまでの学びと経験をもとに、
全5回の授業として構成しました。自己理解や仕事理解、価値観の整理を通して、
「今ここにいる自分」からこれからを考えるプロセスを重視した内容です。
授業を実施する中で、「将来の夢」という言葉の曖昧さと重さを改めて実感しました。
多くの留学生にとってそれは自由に語れるものではなく、現実との距離や責任の中で
慎重に扱うテーマでした。
「夢がありません」と語る学生の背景には、「家族の期待で日本に来た」
「失敗したくないから選べない」「何が好きか分からない」といった葛藤があります。
こうした声に対して、方向づけを急ぐのではなく、その背景にある経験や感情に耳を
傾けることの重要性を再認識しました。これはまさに、これまでのトランジションの過程で
培ってきた姿勢でもあります。「揺らぎ」の中にある声に向き合うことが、次の一歩に
つながると感じています。
そのため授業では、「夢を決めること」ではなく、「今の自分を知ること」に軸を置きまし
た。
好きなこと、得意なこと、大切にしている価値観、小さな成功体験や違和感を言語化し、
「すでに持っているもの」に気づくこと。その積み重ねが、将来の選択肢を広げることにつ
ながると考えたからです。
また、実践を通して見えてきたのは、言語の壁に加えた「自己表現の壁」の存在でした。
日本語能力だけでなく、「自分をどう捉え、どう言葉にするか」という経験そのものが
不足しているケースも少なくありません。そのため、語彙や表現の習得にとどまらず、
「考えを整理するプロセス」を支援する必要性を強く感じました。
この経験は、日本語教師としての役割を超え、キャリア支援者としての視点をより
明確にするものとなりました。言語教育とキャリア支援は分断されたものではなく、
言葉を通して自己理解を深め、自ら選択できる力を育てるという点で本質的に
つながっていると感じています。
一方で、限られた時間の中でどこまで踏み込むべきか、個々の背景に寄り添いながら
授業としての枠組みをどう保つかといった課題にも直面しました。正解のない問いを
扱うからこそ、支援者としての在り方が問われていると感じています。
それでも回を重ねるごとに、確かな変化が見られました。発言の少なかった学生が
自分の経験を語り始めたり、他者の意見に耳を傾けたりする姿、ワークシートの記述が
具体化していく様子は、「考えること」「言葉にすること」への小さな一歩の積み重ねでし
た。
この実践は、私自身の現在のトランジションでもあります。「教えること」から
「引き出すこと」「伴走すること」へと軸足が移りつつあり、これまでの経験が一つ
につながっている実感があります。
「将来の夢」という問いは、答えを出すこと以上に、問い続けるプロセスそのものに
意味がある。そのことを、学生たちとの関わりを通して改めて学んでいます。
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キャリア・カウンセラー便り"鈴木秀一さん"です。
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「無常を知り、執着を捨てよ」
人生は「出会いと別れ」の繰り返しである。
年度始めとなる4月は進学や就職、または職場における配置替えによって新たな環境下に
「適応」することを強いられる時期である。
それは昨日まで慣れ親しんだ環境に別れを告げることを意味するわけだが、先行きへの
不安と名残惜しい気持ちを払拭できず動けなくなってしまう人が多いようだ。
しかし、いつまでも名残惜しさに浸っていては新たな環境に慣れるのに長い時間を要する
ことになる。
ということで、今回は釈尊の教え「無常を知り、執着を捨てよ」について書いてみようと思う。
この言葉は死期が近づき入滅を迎えようとしている釈尊(仏陀)が、
「自分がいなくなった後に弟子たちが悲観に暮れて精進を怠るようなことがないように」
と発した最期の教えとして語り継がれている。
意味合いとしては『変化に抗うことに伴う苦しみから逃れるためには、握りしめている想い
(執着)を手放すことによって安らぎが得られる』という人生訓としての教えであり、これこそ
が仏教の根幹とも言える。
まず、万物は変化し続ける(諸行無常)という自然の摂理をしっかりと理解し、状況が変化
するのは「至極あたりまえのこと」として受け入れることで執着から解放され、苦しみから
救われて穏やかに生きることができるという「智慧」である。
逆に言えば、意志的に執着を手放すことによって世の変化(新たな状況)を受け入れる
ことができるとも言える。
誰しも生きていれば様々な災難や困難に出くわすものだが、人は目の前に差し迫っている
難題に振り回されるだけでなく、それ以外にも「未来のこと」を想えば「最悪の結果になるの
では・・」と不安(悲観的予測)が湧き、一方で「過去のこと」を思い起こせば「なぜ、
あのような行動をとってしまったのだろう・・」と後悔の念に苛まれる。
いずれにしても、これら意味のない所業によって、せっかくの「いま」が台無しになることに
違いがない。
何より優先すべき「今しかできないこと」、「今だからできること」が、「未来や過去」に翻弄
されていては見えなくなってしまうのだ。
昨日までの「慣れた日常」は二度と戻ってはこないし、いかに先のことを案じても思い描いた
通りになることなど稀である。考えるだけ、想うだけ、回想するだけ時間の無駄なのだ。
ちなみに、私は「同窓会」の誘いが来ても欠席することにしている。
48歳のときに出たのが最後となるのだが、「次回は還暦の年だね」という誰かの発言を
聞いて行くのをやめた。
おそらく同窓会において話題の中心となるのは「思い出話」だろう。
楽しかったことや苦しかったことなど過去の様々な出来事について共有し、
懐かしい思い出に浸る・・
人によっては心が暖まる時間なのかもしれない。
だが、そこで取り交わされる内容は、少なくとも「いま、〇〇に取り組んでいるんだけど・・」
といった現在進行形の会話ではないだろうし、「じつは来年から△△を始めようかと思って、
いろいろと画策してるんだ」といった、「未来に向けて、わくわくするような話題」は
期待できそうにない。
せいぜい「孫の話」か「病気自慢」、または今後の経済的な不安や後悔を以て
「傷の舐め合い」になるのが関の山だ。
そんなことに時間を使うくらいなら家に居て本でも読んでいたほうがマシである。
慣れた関係の維持、馴染んだ人たちとの会話・・とても建設的とは言い難い。
過去と縁を切ることこそが新たな展開を生むと信じている私にとって、懐かしさに
浸るのはそれこそ最期の時を迎える瞬間までオアズケにしておこうと思う。
さて、執着を捨てるために仏教においては以下の捉え方を学ぶことが肝要だという。
あらゆる存在は「縁」によって生じ、刹那的に移り変わりながら消え去ってしまう幻影
のようなものであり、固執すべき実体など最初から無いという「空」の観点を持つこと。
無常を知り執着を捨てたことで得られる穏やかな状態を仏教では「涅槃(ねはん)」
または「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」と呼び、心の安らぎを意味する。
過去の執着や未来への不安を手放すためには「いま、此処」目の前に在る現実に
集中すること。
これを実践することによって余計な思考を巡らさずに済むだけでなく真の自由が
生まれるという。
と、口で言うのは容易いが、実行するのは難しいかもしれない。
誰もが否応なく人間として生まれてきた瞬間から死に向かって一直線に突き進んでいる。
「望んで生まれてきたなどという自覚がないのに時間が経過すれば(寿命が尽きれば)
この世から強制的に退場させられる」という不条理な摂理に対して不満を言ったところで
何も始まらない。
このような「させられる」はイヤだ!無理やりでも「する(自ら選択する人生)」に
変えられないものか・・
そこで哲学者ハイデガーは、「ならばいっそのこと自らの意志で自分をこの業火の
中に投げ込んでしまえ!」という意味の「投企」という言葉を残している。
以下、AIによる解説。
ハイデガーの「投企」とは、人間(現存在)が自らの置かれた状況(被投性)を自覚しつつ、
未来の可能性に向かって自らを投げかけ、主体的に人生を創造していく生き方のことである。
ただ未来に押し出されるのではなく「自分は何者にもなれる」という不確定な可能性を
引き受ける「本来的自己」への展開を指す。
この概念は、人間はただ存在しているのではなく、自分自身がどうあるべきかを
「意図的に企てる」ことで初めて「状況に翻弄されずに選択の自由を獲得し、
真の自分自身になる」という実存哲学における根本的な考え方である。※:引用おわり
怖いからこそ、名残惜しく後ろ髪を引かれるからこそ、決意を以て新たな環境に向きあう
必要があるのだ。
この記事が新たな環境に戸惑っている方に対して何らかのヒントになればとは思うが、
兎にも角にも必要なのは前に向かって「行動すること」でしか安心&安定は得られない。
勇気を以て「見る前に飛べ」&「意志的に自分を投げ込むこと」を実践することである。
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キャリア・カウンセラー便り"馬籠さゆみさん"です。
◆このコーナーは、活躍している「キャリア・カウンセラー」からの
近況や情報などを発信いたします。◆
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みなさま、こんにちは。
2017年30期修了生の馬籠さゆみです。
キャリアコンサルタント養成講座を修了してから、9年が経ちました。
当時は「まさか自分がこの道に進むとは」と思うほど、明確なキャリアプランを
持っていたわけではありませんでしたが、現在に至るまでの歩みを振り返り、
共有させていただきます。
今回は、私自身のキャリアの変遷を「ブリッジズのトランジション理論」の視点から
お話しします。
振り返ると、私のキャリアはまさに「終わり・ニュートラルゾーン・新たな始まり」という
プロセスの連続でした。
まず最初の大きな「終わり」は、企業での事務職としてのキャリアに区切りをつけた時で
す。
社会福祉協議会での秘書業務、金融機関でのアシスタント、ディーラーでの営業事務など、
私は一貫して「誰かを支える仕事」に従事してきました。
派遣や契約社員という非正規雇用に身を任せていました。次第に「このままでよいのか」
「自分の専門性とは何か」という問いが強くなり、違和感が次の一歩を考えるきっかけと
なりました。
この「終わり」は明確な区切りではなく、不安や迷いを伴うものでした。
まさにトランジションの入り口だったと感じています。
次に訪れたのが「ニュートラルゾーン」です。
この時期、私はキャリアコンサルタント資格の取得を目指しました。きっかけは、
自分自身がキャリアに悩んだ経験でした。
組織や職場環境に適応しようとする中で、自分の役割や価値が見えなくなって
しまったのです。
学びを深める一方で、自分がどの領域で価値を発揮できるのか、
どこに向かうべきかという問いに対する明確な答えは、すぐには見つかりませんでした。
その後、人事領域の業務に携わり、採用・育成・制度設計といった実務を経験する
中で、「人の成長を支援する」という軸が、自分の中に確かにあることに気づきました。
しかし同時に、組織の論理やスピード感と、自分の理想との間に葛藤を感じることも
少なくありませんでした。
ニュートラルゾーンは、不確実で不安定な時期である一方、最も創造的な時期でも
あると言われています。
私にとってもこの期間は、自分の価値観や強みを見つめ直し、次の方向性を
模索する重要な時間でした。そして、そのプロセスは今も続いています。
現在は「新たな始まり」として、日本語教師という道を歩んでいます。
これまでの対人支援の経験、人事としての育成視点、そしてキャリアコンサルタント
として培った傾聴力や伴走力が、日本語教育の現場で一つに結びついていると感じてい
ます。
単に言語を教えるだけでなく、日本で働くことや生活することへの支援も含め、
自分のこれまでの経験が確実につながっていると実感しています。
もちろん、この「新たな始まり」も完成形ではありません。
これからも変化とトランジションは続いていきます。
それでも、これまでの「終わり」や「揺らぎ」があったからこそ、今の選択に納得感を
持てているのだと思います。
ブリッジズの理論を通して振り返ると、キャリアは直線的に進むものではなく、
内面の変化を伴うプロセスであることがよく分かります。
そして、不安や迷いの中にこそ、次の可能性が芽生えているのではないでしょうか。
今後も、自分自身のトランジションを大切にしながら、関わる方々の変化にも
寄り添える存在でありたいと考えています。
本内容が、これからキャリアコンサルタントを目指される皆さま、または資格を
取得された皆さまの一助となれば幸いです。