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キャリア開発支援のためのメールマガジン…vol.85(2月号)…

■□■━━【コラム】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■
 キャリア・カウンセラー便り"左雲昌樹さん"
  ◆このコーナーは、活躍している「キャリア・カウンセラー」からの
   近況や情報などを発信いたします。◆
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皆さん、こんにちは。
テクノファキャリアコンサルタント養成講座35期修了の左雲昌樹と申します。

日常はIT企業のバックオフィス部門(いわゆる事務方)の仕事をしております。

今回は、現在の仕事とは一見無関係のキャリアコンサルタントの資格を私がなぜ取ろうと思ったのか、またその資格を今後どのように活かそうと考えているかなどを、綴ってみたいと思います。

これからキャリアコンサルタントを目指そうと思っている方、すでに資格をお持ちでこれからどのように活用していきたいかを考えておられる方(私も後者の1人ですが...)の一助となれば幸いです。

まず、簡単な私の職歴を紹介します。
1990年 大学卒業後、営業として社会人の第一歩を踏み出す。
1999年 仕事柄知識を得たITに将来を感じ、当時の会社が投資したベンチャー企業へ出向(東京転勤)、1年後に転籍する。
以降、社内で様々な職種を経験して、現在はバックオフィス部門のマネージャーをしております。

この期間に私にとっての「転機」がいくつかありました。
1. 1995年 自宅が阪神大震災で被災し(当時兵庫県の西宮というところに在住)、
2. 自分の無力さを痛感するとともに人の温かさに触れる。
3. 1999年~2000年 出向~転籍し、会社の規模拡大とともに仕事の進め方も
4. 「自分で頑張る」から「人を育てる」に重点を置くようになりました。
3. 2015年に母親、2018年に父親と相次いで両親を亡くしました。

ここからが本題です。
資格を取ろうと思ったきっかけについては、今から2年ほど前、自身が50歳になろうかという時、「人生100年時代」と言われる中では50歳でまだ半分なんだ、と、将来についての不安を漠然と感じたことが最初です。

タイミング的に、母が亡くなり父が関西で独り暮らししていたという家庭事情もあって、「このままでいいのか」と考えたわけです。

そこで私がとった行動が、「自分の将来に活かせる資格を取る」といったもので、最初から「キャリアコンサルタント」に絞っていたわけではありませんでした。

では、数ある資格の中でキャリアコンサルタントを選んだ理由ですが、これには今までかかわってきた仕事と、上記で述べた「転機」に関係します。

これまで、営業・技術・業務・広報・コンプライアンスなどの仕事をしてきたのですが、個々の専門的なことはともかく、大事なのは「人との繋がり」だといつも感じていました。

ほとんどが「管理職」の立場でしたが、上下関係=指示命令の関係ではなく、どちらかというとあまり意識させないという気持ちが強く、それよりも「チームワーク」「仲間意識」「人の成長」に重きをおいてきました。(もちろん様々な「責任」は管理職として課されていますが)

この考えには1995年の阪神大震災で触れた「人の温かさ」が大きく関係しています。
地震発生時の「命を救う」という目的だけで老若男女関係なく皆が一つになったあの瞬間や、その後の助け合いなど、私自身の考え方が大きく変わった時期でした。

振り返ってみると、その後、自分の意思で会社を移ったのもこの地震体験が影響していたのかもしれません。
(クランボルツ先生の「Planned Happenstance-計画された偶発性」なのかなと感じてます。)

そういった過去があり、企業で働く現在の状況下で、自分の経験を活かし、人の成長を促すことで今の仕事の進め方、考え方をより良い方向に持っていきたい、ということで探し当てたのが「キャリアコンサルタント」資格であったわけです。

そうしてテクノファの「キャリアコンサルタント養成講座」を受講することにしたわけですが、当初は「資格を取得する」ことが主目的であり、講座で学ぶことで「自分を高める」という発想は今ほど持っていなかったのも事実です。

しかし、講座が始まり、人の成長を支援するために自己の内的キャリアを理解することの重要性、アサーティブコミュニケーションの実践、キャリアコンサルタントとしてやるべき方向性等々、今まで「なんとなく」やっていたことが論理的に整理されて頭の中にすーっと入っていく感じを受けて、自分の中では「資格を取得する」という当初の目的が「自分の成長のための学び」に移っていくことが嬉しく感じられるようになりました。

とはいっても、「資格」を取得したことで自信に繋がり、併せて責任感をより一層強く持つことが出来ましたので、資格を取得したことは今の私にとっては良い成果を生んでいると思います。

最後に、これから「キャリアコンサルタントの資格をどう活かすか」という部分なのですが、先にもお話したように、「資格を活かす」というよりも、講座で学んだことを現在の仕事の中で活かすということが現時点では大事だと思っています。

世間では年金問題が騒がれ、企業でも人材不足とともに定年の延長、再雇用施策と、それに纏わる賃金等の諸問題など様々な課題が山積しています。

しかしながら実際に働く人については、人それぞれということで、明確な課題解決策があるわけではなく、その中を生き抜くために「個人のキャリア成長」が重要視されてきています。
私自身、企業で管理職として働くうえで、今まで以上に人に対する「キャリア支援」を自信を持って行えるよう、これからもさらなる学びを深め、キャリアコンサルタントとしてその重要性を世間に広める活動などにも関わりながら、少しずつですが着実に自己の成長を促していきたいと日々考えております。



キャリア開発支援のためのメールマガジン…vol.84(1月号)…

■□■━━【コラム】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■
 キャリア・カウンセラー便り"鈴木秀一さん"
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『教育』という落とし穴

文部科学省の公式文書には『人材育成』と『教育』について以下のように書かれている。

人材育成: 特定分野の振興や経済活動への寄与を期して行われるものである。

教育: どのような世情の中においても良識と健康を兼ね備えた人物となることを目指して行われる営みであり、直接的に特定分野の振興や経済活動への寄与といった事柄を目指して行われるものではない。

つまり、人材育成とは明確な目的に則して「育て上げること」を意味する結果志向的な言葉であり、一人前に育って独り立ちさせるという結果や成果を意識した言葉といえる。これが「養成」となれば更に目的が絞り込まれ具体的なものとなろう。

一方の教育とは「教えて育てること」を意味する過程志向に重点を置いた言葉である。
こと目的に関しては抽象的で不明瞭だが、その後の展開において多様な方面への応用性を睨んだ期待や可能性も含んでいる。

どちらも似た様な意味で遣われることが多いようだが、これらの違いがあまり意識されず混同されているようである。

たしか以前にも取り上げさせて戴いたが、日本では「会話と対話」、「非難と批判」、「考えと気持ち」「謙虚と謙遜」「恋と愛」といった具合に、まったく意味が異なるはずの言葉が両者の合意もないまま平気で遣われており、この曖昧さ故に議論にが成立しにくいといった現状がある。
同じく日本語でやり取りしていても疎通ができず、解釈を巡ってズレが生じることも少なくない。

しかも後日になってから認識の違いが表面化し、そこでようやく互いのズレが確認できたという珍事も起こり得るのである。
これでは「ボーっと生きてんじゃねえよ!」とチコちゃんに叱られても仕方あるまい。

また、「教育」という単語にしても、もともと明治時代にeducationという英語の訳語として当てられたものなのだが、元となったeducationルーツであるラテン語の語源から考えると、内にある能力を外に導き出すという意味であり、けっして入れるとか詰め込むといったものではないことが解る。

となれば、現在の日本で行われているような「教えることを主にした教育」は、意味を解釈し損ねた誤訳であり、誤った考えを基に組み上げられていると言えるかもしれない。
となれば、教育の現状について語る際にも「形骸化」ではなく、そもそも元から存在成立していなかったことが今になって明らかになった・・と言うべきかもしれない。

問題が山積みになっている状況において、教育先進国と言われるフィンランドやオランダに倣い日本でも教育改革の必要性が叫ばれてはいるが、ここでもやはり「教育改革」・・
けっきょく教育の二文字を外すことができずにいるようだ。

さて、この「教育」という二文字は特に学校教育現場や家庭教育の場で多用されているが、その延長線上にある企業における社員教育や様々な職場で行われている指導や研修の場においても常用され、内容について議論も行われないまま我々の生活上においてはとても馴染みの言葉となっている。

企業では、会社の役に立つという価値的な意味も含まれるのか
「人材育成(意図して「人財」と書いたほうがよいのではないかと思うが・・)」
という表現が遣われていることが多いようだが、今回問題にしたいのはその中身についてである。

冒頭に述べたように、目的が明確であるならば「教育」ではなく「育成」でなくてはならないし、今後の可能性を重視して未来に向けた応用性に期待するのであれば、「人材育成」ではなく「教育」的な融通性と曖昧さをも含んでいなくてはならないだろう。
だが果たしてこれらの違いを意識した教育や育成が行なわれているかと問われてYesと答えられる企業は幾つ在るだろうか。

さて、この10年を通してどの業界にも言えることのようだが、
「今どきの若者は、そのどれもが指示待ち人間ばかりで主体性に欠け、機会を与えたとて自分の頭を使って考えたり工夫することをしない。」
または、
「自分で判断せずに細かなことまで逐一上司のところに確認に来る。」
「ほんのちょっと注意しただけで、すぐに会社を辞めると言い出す。」、
「無断欠勤する」、「つきあいが悪い」、といったお嘆きの声が方々から聞こえてくる。

昭和2~30年代生まれの我々にとっては違和感だらけに思える彼らの振る舞いも、若者たちにとっては「普通」であり、残念ながらその数が増えればそれが一般的ということになってしまっている。

ここで対立していても改善は難しいし、もし可能であれば熟年と呼ばれる我々の世代から歩み寄る必要があるわけだが、そのためには先ず最初に彼らを知る必要がある。
そのためには何よりも「自分が持っている尺度(我々の普通)で相手を測らないこと」が肝要である。

我々にとっての常識は、昭和に学んだ我々世代のものでしかなく、けっして現代に於いても通用するわけではないからだ。

ここで興味深いエピソードを紹介しよう。
エジプトで発掘された古代の記録(パピルスに書かれた文字)に「最近の若い者ときたら・・」
などというボヤキや愚痴と思われる一文が見つかっている。
これはじつに八千年以上も前の遺跡なのだが、このことから観ても人間は八千年の時間を経てもあまり進化しておらず、そもそも人間には自分の価値基準に当てはめてしか物事を理解判断することができないという、きわめて残念な思考的傾向があるようなのだ。
ここは注意しておきたいところである。

それに彼らの世代、または孫の世代を育てたのは他でもない我々自身なのだという事実についても自覚が必要である。いかに「良かれと思って」、または「悪気はない」としても気がつかないうちに過ちを犯していることが多いのだ。

この現象の背景には一体何があるのかを考えるとき、彼らが幼児期から現在に至るまでどのような経緯を辿って生きてきたかを知る必要があるだろう。

これまでの「教えるという行為により生じる弊害」として幾つか挙げてみよう。

1 依存を生み出してしまうこと。
尋ねれば何でも答えてくれるとなれば、なにか疑問が生じた際に主体性を以て自分で調べたり観察したりする習慣が身につかなくなってしまう。

2 責任の所在が自分ではなくなってしまうこと。
自己決定がなければ、とうぜん自己責任を負うこともできまい。教えられることによって「自ら選択する僕」ではなく、「させられている自分」になっているからである。
ついでながら言うと、これはアドバイスや進言するカウンセラーが2流だと言われる所以でもある。
カウンセラーだけでなく上司の立場に在る者もまた、あくまでも本人の力で自己決定することを促す存在でなくてはならない。

3 「疑問が湧く⇒調べる」ではなく解答やマニュアルを求めるようになってしまうこと。
世の中は、その総てが自分自身の投影であるという言葉がある。
人は、出来事や相手の言葉によって傷ついたり落ち込んだりするわけではなく、その事象を主観的または一人称的にどのように捉えるかという認識や認知によって反応的に起きているわけだが、一般化された教育によって原因~結果論といった因果律で捉えるクセがついてしまう。重要なのは文脈の理解であり、その展開的な構図を俯瞰&鳥瞰できる目を持つことである。

4「 困る&立ち止まる」という時間的猶予を与えず、すぐに答えを提供した結果、
自分がどうしたいのか?ではなく、どのように振る舞えば問題が起こらずに済むか・・
といった短絡思考を生み出してしまったこと。
この点においては大失敗であろう。かくいう僕も「親の立場として、自分が安心したい」
というエゴ的動機から、困ったり迷ったりしている息子を見守ることができずに多くの助言(いらぬ指示)を与えてしまった。

このように、我々は人材(人財)育成と言いながら、または教育という言葉を遣いながら、無自覚に次世代を担うべき子どもたちを潰してきた(いる)のである。

先が読めない時代だからこそ、臨機応変に対応でき得る力を育てなくてはならないのだが、未だにOJTが中心の教育システムや、いっさい体験をせずに座学だけ学んでその気になるようなロールプレイ的な学習など、もはやほとんど意味を成さないのだ。
同じように、営業シュミレーションなど何度行なおうと力がつかないのと同じことである。

このような状況は、小中学校の理科で実験を行わずにEテレの番組を見せている学校にも責任があると思うのだが、今やフナやカエルの解剖すらなく、各自に配布貸与されているタブレットを使って写真を観るだけである。これで理解できるとは到底思えない。

不登校や出社拒否なども事実ではなく勝手な思い込みによって生じる孤立感や予期不安に因るものが多いものだが、そこには「実感的事実」が欠けていて、情報や憶測と事実との区別がないのである。

学びには「実体験」が欠かせない。
体験が先にあって、その意味や経緯を後で振り返ることによって自らを俯瞰しつつ身につけるのである。
誰しもが小学校のときに彫刻刀で指を切り、自転車に乗れるようになるための練習中に転んで膝や肘を擦りむき、不注意で熱いものに触れて火傷を負い、自分勝手な振る舞いによって友達から嫌われ孤立し、嘘をついて誤魔化そうとして叱られ、何気ない行為で相手に怪我をさせ、そして努力することを怠ったために相手に負ける・・こういった経験によってこそ人は学び、大きな怪我をせずに済むように慎重に行動するようになるのだ。

かつて日本には「習う」という独特の修得システムがあった。(あえて過去形で書いています・・)
そこには所謂「型」というものが在り、それに従って幾度も幾度も反復練習をするうちに型の意味を体感的に理解し、いつの間にか自分の血肉となり自然に機能するようになるというものだ。

今でも剣道教室や空手の塾はあるが、最近の子たちは「その練習が何のために必要なのか」
について予め説明を受け納得できないと練習を始められないという。

もはや武道とスポーツの境界線も存在しないような気もするが、これもまたアメリカによって持ち込まれたプラグマティズムによる影響(汚染?)ではないか? などと思ってしまうのは僕だけだろうか・・



キャリア開発支援のためのメールマガジン…vol.83(12月号)…

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 キャリア・カウンセラー便り"鈴木恵枝さん"
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皆様、こんにちは。
今年も、余すところ一か月弱となりました。
時間の経つのがとても早く感じる今日この頃。時間が経つのが早いということは、熱中している状況の「フロー」状態にいるのかと思ったら、「年を取ると感動がなくなり、平坦な時間なので過ぎるのが早いと感じる」という説もあり、私は後者か・・・としみじみとしてしまいます。
気を取り直して!

私は、長い間組織で働き、自分の足でセカンドライフを歩きたいとの気持ちが、ふつふつと湧きだし、同時に、クランボルツの「計画された偶然」による後押しを得て、経営コンサルタントとして歩みだしました。

その中で、「ひと」「もの」「かね」の「ひと」を人材ならぬ「人財」と位置づけ、私が組織の中で毎日「楽しく仕事をしたい」と感じていたこともあり、クライアント企業の従業員の方々にも同様な思いを持って仕事と向かい合っていただける支援をしたいと思いました。

そんな中、テクノファのキャリアコンサルタント養成講座を知り、知識だけでもと思い受講の結果、折角なのでと資格取得に挑戦しました。

そして今は、企業領域キャリアコンサルタントと経営コンサルタントとして、企業をクライアントに両輪で事業を行っています。

今回、企業領域キャリアコンサルタント(以下、「企業領域CC」という)の部分に焦点を当て、感じたことを皆さんにお伝えしたいと思います。

企業領域CCは、従業員の方々と面談を通じ、個人的なお悩み事、企業組織や労働環境(就業規則、人間関係などなど)に対する不満、課題など、面談内容は様々です。立場的には、企業を離職することなく、「Can」「Must」「Want」を明確化し、仕事を通じたキャリア形成とモチベーションの向上をもたらし、いきいきと仕事に向かうことができる方向でのキャリアコンサルティングが主軸になります。

基本は、全従業員を対象としていますが、対象者は、企業規模などにより臨機応変にする必要はあるのかと思います。
従業員からは、「会社がこのようなキャリア面談の機会を設定してくれて、私たちのことを思ってくれていることが分かってうれしい」などの声も聴きます。
これは企業にとってプラスとなることです。

一方で、個人面談通じ、「企業の課題」もあらわになってきます。
この場合は、その従業員に企業にフィードバックする旨の承認を取り、対個人に関する守秘義務を守りつつ、企業に課題としてフィードバックします。

更に、解決に向けた提案をしています。その提案を基に、企業は、改善を実施していくことが可能となり、従業員と企業にとって「働きやすく、活力ある職場の構築」に向けた環境整備が確立されていくことになります。

企業領域CCの役割の中で、一番重要となるのは、企業領域CCを導入する企業組織・経営者ときちんとしたラポール形成を構築することだと思います。

そして、企業領域CCは、その会社組織・経営者の企業理念、経営方針、ニーズなどを適切に理解し、また、企業側は、企業領域CCの役割、在り方、必要性を十分に理解することで、双方が「キャリア支援」という共通認識の下で、私達は、円滑な活動ができることとなります。

時には、社長や経営者の相談役になることも必要です。

このような人間関係が構築出来て初めて企業領域CCは、客観的・公平な第三者として、従業員の成長はもとより企業の成長に貢献することができるのではないかと思います。

助成金を目的にセルフキャリアドック制度を導入した企業との関係において、面談が形骸化しているなど仄聞していますが、企業の現状、ニーズのヒアリングや企業領域CCの役割の重要性・提案などについて、社長や経営者と十分に対話する時間を持ち理解を得るなどラポール形成をしてから、実施してはいかがかなと思います。

私が国家資格キャリアコンサルタントを取得したのは、2017年。
まだスキル的には「若葉マーク」です。誰でも、スタートラインはあります。

スタートしてからが勝負で、自分がどのようなキャリアコンサルタントになりたいか、又は、この資格をどのように活用していきたいかのビジョンを確立し、そのために自分にとってどのような学びや経験が必要かを考え、臆せずその場に飛び込んでいくことが重要だと思います。

如何に自分のスキルを深化させ厚みを付けていくのかは自分次第ですね。

キャリア支援に理解度の高い某大手企業では、スーパーバイズを受けていないキャリアコンサルタントには、お願いはできないとまで言い切っています。

キャリアコンサルタントはある意味人の人生に立ち入ることになります。責任は重大!
さて、あなたはどのようなキャリアコンサルタントになりたいのでしょうか。

以上は自戒を込めたコラムです。「若葉マークがとれる日を夢見て」
日々、研鑽研鑽と思いながら。
またの機会に!



キャリア開発支援のためのメールマガジン…vol.82(11月号)…

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 キャリアコンサルタント便り"鈴木秀一さん"
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今回は、「自己実現」と「キャリアカウンセリング」について解説を試みてみたい

自己実現とはアメリカの心理学者エイブラハム・マズローが提唱した五段階欲求説(人間の成長モデル)において最終項目に登場する概念である。
初めて耳にする方のために少しばかり説明しようと思うが、私たちが悔いのない人生を送るにあたってとても重要な捉え方なので少々おつきあい願いたい。

五段階欲求説とは (ウィキペディアより部分引用~)
人間の成長には大きく分けて5つの段階が存在すると考えられ、下位の欲求が充たされて初めて上位の欲求段階へと進むことができるとされる。
この階層を段階順に並べると以下のようになる。

1・生理の欲求
生命を維持するための本能的な欲求で、食事・睡眠・排泄など。極端なまでに生活のあらゆるものを失った人間は、生理的欲求が他のどの欲求よりも最も主要な動機づけとなる。
一般的な動物がこのレベルを超えることはほとんどない。
しかし人間にとってこの欲求しか見られないほどの状況は現代の社会では一般的でないため、通常の健康な人間は即座に次のレベルである安全の欲求が出現する。

2・安全の欲求
安全性、経済的安定性、健康状態の維持、良い暮らしの水準、事故の防止、保障の強固さなど、予測可能で秩序だった状態を得ようとする欲求。
病気や不慮の事故などに対するセーフティ・ネットなども、これを満たす要因に含まれる。

3・所属と愛の欲求
生理的欲求と安全欲求が十分に満たされると、この欲求が現れる。
自分が社会に必要とされている、果たせる社会的役割があるという感覚。
情緒的な人間関係について、他者に受け入れられている、どこかに所属しているという感覚。
愛を求め、今や孤独・追放・拒否・無縁状態であることの痛恨をひどく感じるようになる。

4・承認の欲求
自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求。
尊重のレベルには二つある。
低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。(他者からの承認と自己承認がある。)

5・自己実現の欲求
以上4つの欲求がすべて満たされたとしても、人は自分に適していることをしていない限り、すぐに新しい不満が生じて落ち着かなくなってくる。
自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求。

すべての行動の動機が、この欲求に帰結されるようになる。芸能界などを目指してアルバイト生活をする若者は、「社会要求」「承認の欲求」を飛び越えて自己実現を目指している。

これら5つの欲求全てを満たした「自己実現者」には、以下の15の特徴が見られる。
1. 現実をより有効に知覚し、より快適な関係を保つ
2. 自己、他者、自然に対する受容
3. 自発性、素朴さ、自然さ
4. 課題中心的
5. プライバシーの欲求からの超越
6. 文化と環境からの独立、能動的人間、自律性
7. 認識が絶えず新鮮である
8. 至高なものに触れる神秘的体験がある
9. 共同社会感情
10. 対人関係において心が広くて深い
11. 民主主義的な性格構造
12. 手段と目的、善悪の判断の区別
13. 哲学的で悪意のないユーモアセンス
14. 創造性
15. 文化に組み込まれることに対する抵抗、文化の超越

以上、引用おわり

ちなみに1~4段階までが欠乏欲求であり、成育歴において獲得できなかった要素で占められており、特に親からの愛情(愛着)を得られずに大人になった者は、その欠乏を埋めることに躍起にならざるを得ず、その獲得に向けて人生の大半が費やされることになるという。
4の後半(他者承認ではなく自己承認~)から5で現れる欲求が成長欲求だと言われている。

きっと、これを読んで誰しもが気づくことは、これらの条件をすべてクリアし「自己実現」に至る者などごく僅かであり、ほとんどの者がお金への執着(安全の欲求)や名誉(他者承認の欲求)、または孤立への怖れと淋しさ(所属と愛の欲求)が充たされないまま人生の幕を降ろすことになるという現実である。これこそ夢物語であり理想主義に過ぎないではないか!
と言いたくなるかもしれない。

しかし晩年のマズローは、この五段階説を自ら覆し、六段階目(超個:トランスパーソナル)があると主張した。
それは自己実現を果たした者の中には、既に満足に至った自分以上に社会に対して愛の目を向け、全体性の中に自らを投じる者が存在することを意味している。

人間が成長でき得る最終地点は自己実現人ではなく、さらに成長できる可能性があるというのである。

(実際に、大企業の社長を経験した方が退任後に社会貢献を目指すといった例は多い。)

キャリアカウンセリングの薦め
キャリアカウンセリングでは、このような各段階における動機づけに注目し、現時点で自分が何を求め、何を目的に生きるのかを明確にしていく。

たとえば、「今のあなたにとって夢は何ですか?」と問われたとき、たとえば「そうですねえ・・時間やお金を気にすることなく好きなところに旅行に行って、ゆっくり温泉にでも浸かることですねえ。」と答えたとする。

それはつまり、日頃の生活では常に用事に追われて息抜きをする暇もなく、ゆっくり休む余裕もない。
でも働かないとお金が・・」といった具合に、答えの中には現在の状況が如実に反映されており、欲求不満の状態が続いている・・という状況下に在ることを示している。

また、相手が未だ仕事に就いていない若者であれば、「そうだなあ・・可能なら〇〇になりたいな。」と答える者が多いようだが、それは夢イコール「希望する職種に就くこと」だと思い込んでいるからだ。

だが、この「憧れの職業」の中には現在の自分が抱えている劣等感や欠乏欲求が隠れていることが多い。

夢とは何か? 願うこととは何か? 希望とは何か?
カウンセリングの場面では「もし、宝くじが当たったらどうしますか?」もしくは「もしも、神様が願い事を叶えてくれるとしたら何を望みますか?」といった"ミラクルクエスチョン"を試みることがあるのだが、これらの問いかけにどのように応えるかによって、現在の精神状態や成育歴において何が欠乏していたのかを見つけることもできるのである。

キャリアカウンセリングではカウンセラーの力を借りて自らを俯瞰し、現在の自分がどのような状態にあるのかに気づくことを促進する。
自身の内面において何に拘っているのか、それはなぜなのかを追求し、自己洞察を深めることにより、本当の気持ちや想いを明確にしていく。

そこに気づけないままでは、これからどうするのか自己決定ができないからである。

本当はかく在りたい。こんな自分になりたいとの想いを秘めていたとしても、「でもなあ、そんなこと不可能だろうしなあ・・考えるだけ無駄だよな。」
といった具合に忽ち思考が働いてそれを抑圧し、自らに厳しい評価を下す。
結果として自由に想いを馳せることの邪魔をするのだ。

「夢」の本当の意味は、どのような人生にしたいか?であり、どう在りたいかであり、そしてこの先、如何に生きるかを実現に向けてビジョン化することである。

真に「夢」を語るためには、欠乏欲求を一時的にでも脇に置いて何の規制や枠もない自由な発想を以て自分に問うことであり、もちろん可能か不可能かなどの評価は持ち込まないことが前提となる。

おそらく「夢」とは自己実現への道標のようなものであり、夢を語ることによって自分を理解し、何が必要なのかを教えてくれているようなものかもしれない。

さて、ここからが重要なのだが、自己実現を目指すための方法として様々な道があるにしても、いったいどの道を選択すべきかを考えたときに、じつは職業こそが最も身近な手段であることを押さえておきたい。

仕事によって人生を紡いでいくのである。
(ここで言う仕事とは収入になる内容だけに限らない。)

昨今、せっかく就職が決まったのに3年も経たずに辞めてしまう若者が多いことに厚労省は神経を尖らせている。この件については以前にも取り上げたが、それは先にも書いたように憧れの職業(じつは手段)を目標だと勘違いしているからに他ならない。

何が目的で今の職種を選んだのか、なぜ今の職種でなくてはならなかったのかについて自覚がないまま進行したために空中分解してしまったのだ。
自分のことでありながら動機も解らず、ただ何となく希望した・・
この想いの背景に何があるのか自覚がなければ、然もありなん・・である。

もし、あなたが現在の仕事に何となく嫌気がさしてきているのであれば、そもそも自分は何を充たそうとして現在の職に就いたのか・・何を目指すのか・・ 少し立ち止まって自分を見つめてみては如何だろうか。



キャリア開発支援のためのメールマガジン…vol.81(10月号)…

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 キャリアコンサルタント便り"黒木京子さん"
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『私がキャリアコンサルタントの資格を取得しましたのは、平成17年です。その後、もっと学びを深めたいと考え、テクノファのキャリアコンサルタント養成コースを平成23年に受講しました。』

資格取得の目的は、当社が職業訓練を行っており、必要に駆られて受講しました。
平成17年の受講でも23年の講義でも、私が講義の中で一番記憶に残っていることは「ホーソン工場の実験」でした。
 人は最終的には感情で動くと雑学的に知ってはいましたが、「ホーソン工場の実験」はそれを科学的に証明したものでした。(異論はあるようですが)
その実験から見えてきたものは、作業効率は精神的側面や感情面に左右され、仲間意識や連帯感によって影響されるという事でした。また調査の為に選ばれたグループの一員となっていることが、他の労働者からの注目を集めているという自覚が効率的な作業の動機づけになったのではないかというものでした。

部屋の温度や湿度、照明の明暗等の変化に対しても何の変化もなく、物理的条件を実験の最初の条件に戻してみても、むしろ時間の経過とともに、作業効率はアップしたというものでした。

通常、売上のアップ、作業の効率化を考える時、社員の賃金体系・休暇日数等を優先しなければならないと考えがちですが、「ホーソン工場の実験」を学んでからは、私自身がかねてから心に留めていることを実行していく事に自信を持つことができました。

それは一人ひとりの社員の存在意義を社内で共有する事でした。さらに一グループだけでなく全体を動かしていく為には、一人ひとりの社員が自身を含め人間として皆平等である事が基本であり、その事を社内に落とし込んでいく事でした。

私が自身の行動に意識を持ち始めたのは中学2年の時でした。
ホームルーム(今は道徳の時間というのでしょうか)の時間に担任の先生が

「右か左かを決めなければならない時、自分は右だと思った。しかしクラスのほとんどが左だというので、しぶしぶ自分も左に手を挙げた。回答は右が正しかったので、"私は右だと思っていたんだ"と主張しても、その人は左に手を挙げた事が自分の意志です」
と話されました。

私の人格形成の始まりだったかも知れません。その後は現在に至るまで「自分の行動は自分の意志」という考えの上で生きてきたように思います。

 私はよく「どんな本を読みますか」「座右の銘は何ですか」「尊敬する人は誰ですか」など質問を受けます。

「どんな本を読みますか」
ほとんどビジネス書です。ビジネスの中にもその人の生き方が現れます。
普遍的な考えを基本にすることで、その場その場のビジネスの進め方がほとんど不安になりません。
もし不安が募る時は、その仕事はしないほうがいいのではないかと判断します。
ビジネス書はとても、生き方を示してくれるものだと考えています。
ただ最近読んだ本で、村上和雄の「人は何のために祈るのか」「生命の暗号」などは大切にしたい本です。

「座右の銘は何ですか」
座右の銘というと多くの方が1~2個ほど持っておられると思いますが、私は信条として自身に対する"たくさんの言い聞かせ"を持っています。それは私が苦難や困難を乗り越えてきた時、会得した言葉です。
世の中にある普通の言葉ですが、総称して結局は自身の考え方、心の持ち方で、どのようにもなるという事だと思います。その根底にあるものは「太陽はどんな人にも同じように同じエネルギーを放っている」
と考えると、解決に向かう勇気が出てきます。

「尊敬する人は誰ですか」
私は、人は皆50/50(フィフティー・フィフティー)と考えています。その人物のこの部分を尊敬している、その人の全部が尊敬できるとは考えません。大久保利通のこの部分、勝海舟のこの部分、稲盛和夫のこの部分などです。

私は多くの困難があり、苦難があったことで、それを解決する事でここまで来ることができました。
その事に感謝する現在です。
                             おわり

今回のコラムを掲載いただいた黒木さんは、鹿児島で株式会社コルテーヌを経営されていらっしゃいます。
会社の経営理念を読ませていただいて、尊い志をもって社会に貢献していらっしゃることが伝わってきます。
でもそれは簡単なことではなく、多くの困難を乗り越えていらっしゃったのだと、今回伺ってその一端を理解させていただくことができました。株式会社コルテーヌの会社理念を転載させていただきます。(伊良波)

http://www.cortanu.co.jp/cortanu_about.html
コルテーヌとは・・・
CORTANUの語源はラテン語のCORTINAからきております。
「人の輪」とか「包み込む」という意味があります。
「Cortanu with You」(あなたと共に!)がこの会社のモットーであり理念です。
この人間社会の中で法人という一個の"人格"が容認されるには、やはり人とのコミュニケーションの中で「あなたの為になりたい」「あなたと一緒に歩みたい」という強烈な信念が必要と思います。

社名にはこんな気持ちが込められています。
経営理念
一、私達は「感動と満足」を全ての人々と「共有する企業」です。
一、私達は「仕事を通して」一人ひとりの「自己確立」をめざします。
一、私達は「仲間の個性を尊重」し「信頼の輪」を作ります。
一、私達は「会社存続と自己繁栄」の為に「企業の利益」を追求します。
一、私達は「良い会社の実現」を通して「社会に貢献」いたします。



キャリア開発支援のためのメールマガジン…vol.79(2019年8月号)

■□■━━【コラム】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■
 キャリアコンサルタント便り"木之上拓浩さん"
  ◆このコーナーは、活躍している「キャリアコンサルタント」からの
   近況や情報などを発信いたします。◆
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皆さん、はじめまして。
テクノファキャリアコンサルタント養成講座5期修了の木之上拓浩です。

「ビジネスパーソンをもっと元気に!」をモットーに、企業研修講師として、
この15年で700日ほど研修を実施してきました。

でも、最初から上手に研修ができたわけではありません・・・。
実は、私、人見知りなんです。
初対面の人が苦手で、なかなか自分から話しかけられない。本当は、早く仲良くなりたいのに、うまく関係が作れない・・・。そんな人間が、気がついたら、企業研修講師として1万人以上ものビジネスパーソンに影響を与える存在になっているのだから驚きです。
今日は、そんな私が、講師として大切にしていることをお伝えしたいと思います。
少しでも、皆様の参考になれば幸いです。

先日、久しぶりに外部のセミナーに参加しました。20名ほどの方が参加されていましたが、初対面の方ばかりで、人見知りの私には、ちょっと辛い・・・。
不覚にも、緊張してしまい、自分らしく関わることができませんでした(恥)皆さんは、こんな経験はありませんか?

営業をされている方や、対人関係が得意な方は、こんなことはないと思いますが、
内勤をされている方や、対人関係が苦手な方は、初対面の場面では、どうしても緊張して、ぎこちない関わり方になってしまうようです。

では、なぜ緊張するのでしょうか?
それは、新しい環境に、脳が無意識に危険を感じてしまうからなんですね。
お互いが心に壁を作って、ビクビクしてしまう・・・。じゃあ、この心の壁を取り払うには、どうすればいいのでしょうか?

答えは簡単です。
そう、お互いのことを理解し合えばいいんです。

でも、その一歩がなかなか踏み出せない・・・。特に対人関係が苦手な方は!
仲良くなるのに、時間がかかるんです。仲良くなってしまえば、深いお付き合いができるんですけどね。なかなか自分から、積極的に関われない・・・。

研修開始時は、初対面同士で緊張しているのか、会話も少なく「シーン」としていて、ひとり一人が、スマホに目を落し、周りと関わろうとしない・・・。
講師の私にまで、緊張感が伝わってきます。こんな状態で、研修を進めても、会話が弾むわけもなく、ディスカッションも低調になり、気づきの少ない、ただ受けるだけの研修で終わってしまいます。これでは、研修する意味がありませんよね。

そこで私は、研修冒頭から、アイスブレイクにたっぷりの時間をかけるようにしています。イスから立ち上がってもらって、背伸びしたり、ストレッチしたり、フラフープを使ったミニゲームをやってみたり、とにかく、身体を動かし、声を出し合い、みんなで体験できるミニワークをやっていくのです。そうすると、五感が刺激されて、感情が動き始めます。
自然に笑いがこぼれたり、歓声があがったり、失敗しても笑い飛ばして、OKにしあえたり!自然に、互いの心の壁が取り払われて、安全・安心な場が出来上がります。

さきほどまでの緊張は、すでに消え去り、安心して心を開きあい、互いに学びあっていこうという積極的な場が出来上がるのですね。こうなると、その後の研修は、非常に建設的な時間になり、内容の濃いものになっていくのです。

人間関係が得意な人も、苦手な人も、どんな人でも無限の可能性を秘めた存在です。ただ、その可能性を引き出すのは、研修講師の関わり方次第!いかに、「安全・安心な場」を提供できるかにかかっていると思います。

研修以外でも、職場やミーティング、会議、ワークショップ等々・・・。様々な対人場面がありますよね。その場所は、皆さんにとって「安全・安心な場」になっていますか?

もし、その場に「安全・安心」を感じることができていないとしたら・・・皆さんのパフォーマンスは、ブレーキがかかった状態になっているのかもしれませんね。

アイスブレイク一つ加えるだけで、「安全・安心な場」な場が生まれ、皆のパフォーマンスがあがるとしたら、どうでしょうか?取り入れない手はないと思いますけど、皆さんは、どう思われますか?

今日の教訓!
『アイスブレイクで、安全・安心な場を創る』

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

おわり



キャリア開発支援のためのメールマガジン vol.78(2019年6月号)

■□■━━【コラム】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■

キャリア・カウンセラー便り"川原恵美さん"テクノファ養成講座13期生です。

◆このコーナーは、活躍している「キャリア・カウンセラー」からの近況や情報などを発信いたします。◆

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はじめましてテクノファ修了生で、現在岩手県遠野市でキャリアコンサルタントとして活動しております、川原恵美と申します。

今回の投稿では、私のキャリア自覚と今取り組んでいるキャリア開発のお話をさせていただきます。

私のキャリア自覚は、平成22年に受講したテクノファのキャリアカウンセラー養成講座(第13期盛岡)で受けたCDW(キャリア・デベロップメント・ワークショップ)でした。

「キャリア」という「自分にとっての生き方・働き方」を「自分が主導で考える」という、私の中では衝撃の考えを学び、この考えこそ私が求めていたことだと、キャリアに惚れ、キャリア開発を主とした研修を岩手でしたい一心で、唐突に当時メインでご担当いただいていた今野先生にお声かけしました。

皆さんと共有したいので、取り組んでいるキャリア開発の中身をここに記載します。
一部、 私の言葉に編集しています。

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※新版事例「キャリア・カウンセリング」より育成と開発と治療
人材育成の共通する点は「成長」

<育成>
育成とは、もともと持っている能力をさらに大きくする意や、個人の持ち味や能力に付加価値を付け加える意、あるいは成長を促して、組織の期待に応えられるようにすることを意味する。
育成とは、その人の内面に焦点を当てるというよりは、その組織の問題解決や生産性の向上、現状の改善という意味合いが大きい。目標設定、業務遂行手順の仕組みづくり、人事考課制度などが該当する。

育成にはレベリングの意味も大きく、新入社員教育に代表されるように、その組織が期待する社員という水準にまで能力水準を上げる、水準を揃えるという考え方が強い。

つまり、一般に育成という場合は、組織としてのニーズに基づき、備わっている個々の能力を、ある一定のレベルまでに高めることによって期待に応えるよう目標設定することが比較的多いが、そこに働く個人個人の納得がなければ、「やらされ感」「不満感」につながる可能性が高い。

<開発>
開発とは、未発達のものを発達させる意や、潜在化している能力を、顕在化することの意味をもつ。

開発は、個人の動機づけによる意味・価値の自覚であったり、行動変容につながる何かしらの「内的きっかけ」であったりする。その前提が「気づく」という内省からスタートする。

つまり、開発とは、「今、自分が存在する場所で行うこと(今の職場で働くこと、遠野市で生きること)の意味・価値・意義に気づく」ことであり、「自分事として物事を考える思考と行動」であり、「自覚と覚悟」とも言える。

開発は「発達」に基づいている。人間の発達(成長)には段階があって、「這う」という段階をクリアしなければ、次の「歩む」という課題をこなせない。

日本の組織を見てみると、新入社員の段階では、その組織の持つ文化や規範を学習し、半端な仕事や雑用も引き受けていくというプロセスの中で、学習する者としての課題をこなさなくてはならないことが多い。これらの課題を十分にこなさないままに先輩社員としての段階に入っても、先輩社員としての課題をこなす準備が備わっていないための不適応が生じ、職場の集団の一員としてメンバーシップを獲得することができない。

また、あるまとまった仕事を任されるようになれば、責任を負うということを学ぶという課題がある。
この課題をある程度クリアしないままに次の段階に進んでも、次の段階の課題である、まとまった仕事の責任者として他人の過ちをも引き受けなければならないという 責任の拡大性に応えていくことはできない。

つまり、「育成」「開発」に共通しているのは「成長」であるが、前提として本人が自ら成長しようとすることを促進・援助することであり、「育ててやる」「開発してやる」「治してやる」ということではないことを、管理者は意識しなければならない。
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今も多くの企業研修が「人材育成」であり、「一定のレベルに達する」ための研修内容が多いと感じています。
いまでもはびこっている「ヒト・モノ・カネ」と人を他のものと同等に扱う研修ではなく、「一人ひとりを大切にし、一人ひとりが持ち味を発揮し合い、新たな組織との共生の創造」を理念に、「開発」を軸とした「人育て」に今後も取り組みたいと思っています。

しかし、現在もこれでいいのか、いつも自分の考えや取り組みにあがき、もがき、前に進んでいる状態です。ぜひ、皆さんと仲間になり、テクノファ修了生の皆さんの 力、キャリアカウンセラーの皆さんの力、キャリアコンサルタントの皆さんの力を借りたいと思っています。

このメルマガがきっかけとなり、皆さんとお知り合いになれれば嬉しいです。
読んでいただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

  ◆おわり◆



キャリア開発支援のためのメールマガジン…vol.76(2019年4月号)…

■□■━━【コラム】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■

 キャリア・カウンセラー便り"石井弥生さん"テクノファ養成講座27期生です。

  ◆このコーナーは、活躍している「キャリア・カウンセラー」からの近況や情報などを発信いたします。◆

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<相談業務に就業して >

私は27期生としてテクノファで学びました。

カウンセラーになりたいと思いこの講座を受け始めたけど、授業についていくのは大変だったし、肝心のロールプレイの練習は上手くいかず絶望的な気持ちでしたが、何とかキャリアコンサルタントの試験に合格しました。

でも未経験の私をカウンセラーとして雇ってくれるところはありませんでした。
就労支援に活かせそうな経歴もなく、何度も気持ちがくじけそうになりました。

少しでも就労支援の仕事をしたいと思い、東京しごとセンター多摩の就職セミナーの運営業務で勤務をした後、現在ハローワークの窓口の一般相談員として勤務をしています。

最初は職場の独特な雰囲気に戸惑っていましたが、いまの所、どうやら私はこの仕事が苦ではないらしいと感じています。

「楽しい」という言葉は適切ではないかもしれませんが、色んな方の話が聞けるのが興味深いのです。
相談業務の現場に就業出来たことは私にとってとても嬉しいことでした。

ハローワークに来所される方々は、年代も15歳から80歳近くの方と幅広く、会社員の方だけでなく、中学や高校、大学を中退した方、主婦の方、母子家庭の方、介護等で退職をされた方、外国人の方、生活保護の方、障害者の方など状況や背景も異なり、様々な方がいらっしゃり、どんな方の担当になるか分かりません。

また、ここに来られる方々の目的や希望もみな違います。仕事を探しており、就業の相談を希望する方が多数ですが、その希望する働き方や相談内容も様々。

雇用保険受給のためになど、逆に積極的な相談を欲していない方もいらっしゃいます。
また前職場での理不尽な思いを怒りとして表す方や、つらい体験を涙ながらにお話しになる方もいらっしゃいます。

その方々によって、さらっと対応したり、じっくり話を聞いたり、柔軟に対応するように心掛けています。

指名を頂いたり、偶然何回も同じ方の対応させて頂くこともありますが、基本一期一会な気持ちで相談業務にあたっています。

求職者の方の力になれるように、何か持って帰って頂けたらなぁと思い対応しています。

例えば、職務経歴書が書けない方。ご自分のことを大した事やってきてないと思っている方には、それまでやってきたことや心掛けてきたこと挙げてもらい、ご自分の力に気づいて欲しいなと思っています。

話の中でどうやったらその人の良さをうまく引き出していけるかな…というのは毎回の課題です。

方向性が定まれば、求職者の方は自分の力で歩いていくことが出来ます。
どうするかを選ぶのはその方次第。私の役割はその選択のためのお手伝いだと思っています。

ハローワークの相談業務は、求職者の方のためにあるべきですが、その一方で職務として積極的な紹介件数や就職件数を求められる部分もある訳で、その辺りのジレンマもあります。

また予算の関係で来年もこの職務に就いていられる保証もない仕事でもあります。

自分の対応へのフィードバックや指導もなく、ミーティングもないので、この対応で良かったのか悩むこともあります。

遠慮して肝心なことを聞き損ねてしまったり、自分がしゃべりすぎてしまったり、失敗や葛藤も日々あります。

他の相談員さんとコミュニケーションをとり情報交換の必要性を感じます。

適切な支援や情報提供が出来るように、応募書類や面接のアドバイス、働き方改革など社会情勢、業界や業種の知識、労務の知識、カウンセリングスキル、メンタルヘルスなどまだまだ知識や 経験が足りず、学びたいことはたくさんあります。

「分かる」ことや「出来る」ということは、自分自身の理解や気づきの中でしか消化できないのかなと。
それには試行錯誤があり、実践して時間をかけて、自分の血や肉にしていくしかないのだろうと思います。

この仕事に就くということは、ずっと学びつづけていくことだと思います。

私は相談業務の入り口に立ったばかりですが、いずれは個別支援や自分でセミナーが出来たらいいなと思っています。

ここでの経験を糧にして、自分がこの先どういうカウンセラーでありたいのか考えながら、人生の午後を生きていきたいと思います。

  ◆おわり◆