基礎編・理論編

キャリアコンサルタント養成講座 60 | テクノファ

投稿日:2021年5月7日 更新日:

横山哲夫先生が2019年6月に逝去されて今年は3回忌になります。テクノファでは2004年に先生のご指導でキャリアコンサルタント養成講座を立ち上げさせていただいて以来、今年まで実に16年もの間先生の思想に基づいたキャリアコンサルタント養成講座を開催し続けさせていただきました。

横山哲夫先生はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。

横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるという鋭い分析のもと数多くの研究成果を出されてきております。

今回はその中からキャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「硬直人事を打破するために-人事管理自由化論」の中で、管理なき人事へ(人間の自由化)を説いている部分を紹介します。

モービルにおける人間自由化の具体的展開について述べる。
2 採用の自由化
モービル石油は会社自体が個性的な会社であるから、人によって向き、不向きの傾向がはっきりしている。たとえば、与えられたものをソツなくやりこなす、というタイプの一般向きの学校秀才よりも、依存心の少ない自律性豊かな人間や、多元的な価値に対する柔軟な適応力を身につけた(あるいは身につけようと努カする)者のほうがモービルでの将来性ははるかに楽しみである。

採用試験の際に心理テストを多用(心理テストの妥当性、実用性の限界を知りながらも)するのはこうした人間的資質を採用の段階でさぐる手掛りにしようとしているわけである。また、人事部スタッフには、予備選考過程で、会社の特長を十分受験者に知らせると同時に、彼らの判断で明らかに会社に向かないと思われる志望者にはお引きとりいただくように指示してある。会社組織のなかで、自律的に創造的に生きようとするよりも、権力の楯や、過去からのしきたりの中に安住の場所を見出そうとするタイプをはじめからシャットアウトしようというわけである。

また、モービルでは、入社ではなく、就職をしてもらおうというわけで、採用時に配属先を同時に内定する場合が多い。入社を決めてから、会社が一方的に配属を定めるというのは我々の本旨ではない。肝心なことは、受験者自身が入社希望に会わせて配属先希望を明らかにするという自主的な姿勢をとることである。次のステップとして、会社側選考委員がその適否の判断を行なうのである。モービル石油では、主要配属予定部門の責任者が最終選考委員になっていて、自分の適性、希望を有するものを見出そうとしているわけである(人事のライン管理)から、この委員会の会議によって、モービル社員としての適性と配属上の適性をあわせ決定することができるのである(前掲M君の事例参照)。

採用を学校新卒者だけに限らないことも一つの特色であろう。学校新卒者採用一辺倒による社員の純血主義や純粋培養が最善の人材発見、育成の方法とは考えていない。モービルでは全学卒者の採用数のうち三分の一あまりがいわゆる中途採用である。人材の流動化が珍しくなくなった現在、新卒者以外に当社の求むる資格、能力を備えた人材を随時発見することは難事ではないし、人事理念として定期採用、中途採用の区別はナンセンスと考えている。

モービルは人種、国籍による採用上の差別も行なわない。外国人に対するいわれなき偏見(優越感、劣等感)の強い日本人は採用したくない。そのような偏見に対する企業内での指導、教育にはおのずから限度があるからである。大学卒業の時点までにすでに身につけてしまった頑迷な偏見は、モービルのような世界企業の中では、企業風土の民主化、自由化を妨げるのみならず、当人にとっても所を得ない結果になる場合が多いからである。かなり先進的な経営をもって知られる企業の中ですら、こと人種、国籍となるとまことに頑迷としかいいようのない閉鎖主義がみられるのは理解に苦しむ。

3 配属の自由化
前節で採用の際に配属先の希望を当人に述べさせるといったが、実はこれには若干の無理がある。会社案内と人事部の説明だけから会社業務についての的確な情報を掴むことはむずかしいし、のんきな学生であれば自分の能力、適性が入社時点で自覚しきれていない場合もある。若干の無理を承知で、あえて希望を言わせ、できるだけ希望を実現させているのは、自分のモ ービルでのキャリヤは自分の意思と共に展開する、自分の自発性が会社の支持と援助を呼ぶ、自分の運命は自分自身で火をつけることによって動き出す―ということを入社の時点で自覚させたいからである。しかし十分な情報や自信に基づかない意思決定は、あとになって誤っていたことがわかる場合が多い。そこで軌道修正が必要になる。ここでも当然、自分の意思の表明が第一に来るべきである。

「自己申告制度」のモービルにおける歴史はまだ六年位であるがどうやらモービルの社風の中で定着したようである。ご多聞にもれず、当社においても当初は申告する側の上司に対する気兼ねや遠慮、または制度そのものに対する理解不足から多少の混乱があった。しかし、当社のように徹底した自律性尊重を理念とする管理システムの中では自己申告制はまさに必然的な制度である。会社がこの制度の推進に多くの時間、労働をかけ、また特に申告書が人材開発委員会の重要な参考資料としても活用されていることが周知されるに及んで、真剣な申告書がふえ、管理者の側も建設的、将来指向的に受け止めるようになってきている。事務局としての人事課(ライン管理体制化では、人事課は人事専門スタッフとしての、ラインに対する助言、建言機能を果たしている)の誠実なフォローアップによるところも大きいと思われる。

「社内公募制度」はまだ歴史が新しい。人事課は社内報を通じて、増員、欠員補充を行なう部門の職種と必要な資格を随時公示し、関心のある社員の自己申告を求める。時間的制約のある場合は必ずしも職制を経ず、人事課に直接申告させる場合もある。社内公募を行なう場合は、 その部門の責任者の勧誘の談話を社内報に掲載するなどして、適格者の活用が行なわれやすいように協力している (因みに、当社の社内報は週刊と季刊の二本立てとなっており、週刊はニュース速報を主体、季刊は解説記事を主体に刊行されている。特に、週刊紙は他社に例をみないユニークなものであり、社内コミュニケーションに多大の貢献を行なっていると思う)。

人材開発委員会(Career Development Committee)は経営幹部の開発育成を目的とする委員会で、本社の主要な部長職位にある者四名で構成し、直接社長の管轄下におかれている(現在は筆者が委員長に任命されている)。経営幹部の開発育成活動についての我々の考え方は、これを一部のエリートの発見と登用にのみ重点をおこうとするようなことはしない。人間は本来自ら努力して成長を続けるもの―との人間観に立つ限り、成長の速度に、個人差のあることは認めるとしても、幹部職位の責任を果たす可能性は長期的に多勢の人間に解放されていなくてはならない。委員会は人事部と協力して、社内外の幹部教育コース、セミナーに社員を指名参加させることがあるが、委員会の独善的な指命にならないように、年間を通じて行なっている。委員会面接(および再面接)の記録を活用している。委員会面接については先にM君の描写があるのでここでは省略するが、業績評価や自己申告を参考にしながら、なおそのうえに当人の意欲や心構えを面接によって確かめながら将来の人事配置を行なおうとするものである。これは大変な労力と時間を必要とするが、社命による権力的人事発令を最小限に留め、社員の自由な意思とできるかぎり一致させた異動を行なおうとするモービルとしては当然の措置と考えられている。

人材開発委員会と人事部の活動は若干輻輳するところもあるが、ライン人事管理体制をとるモービル石油では、人材の適正な配置、活用がライン内人事に偏ることを防ぎ、かつ人材の発見、再評価、育成が全社的な立場から永続的に行なわれるために、現状では意味のある輻輳と考えている。ライン管理者の人材育成責任の自覚がさらにたかまれば、いずれはこの委員会は必要がなくなることであろう。
(つづく)平林良人

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