横山哲夫先生の思想の系譜 24
横山哲夫先生はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。
キャリアコンサルタントに参考になる話として、横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがありはずであるという鋭い分析のもと数多くの研究成果を出されてきております。
先生には多くの著者がありますが、今回は「硬直人事を打破するために-人事管理自由化論」の中で、管理なき人事へ(人間の自由化)を掲載させていただきます。
モービルにおける人間自由化の具体的展開について述べる。
1 M君のケース
社歴五年の大卒社員M君の自己開発(困迷?)ぶりを例にとり、彼自身の言葉を借りてモービルの自律性尊重とはどんなものであるか、その特長なり問題点なりをご参考に供することにしてみたい。
入社志望の動機はあまり深い理由に基づくものではなかった。古いタイプの官僚であり、またあまりにも日本人的すぎる父への反発が学生時代を通じてあったし、国際的な雰囲気の中で仕事をしたいという漠然とした希望をもっていた。たまたま会社説明会を聴いたら民主的な社風を感じたし、「他律的に生きる傾向の強い人間は向かないから受験しないでくれ」という説明者の物の言い方も面白かったので仲のよい友人と二人で受けてみた、という程度のことであった。入試面接の際「どんな仕事をしたいか、どんな仕事に向いていると思うか」としつこく聞かれ当惑した。会社というところは入社してから何年かは自動的に次々といろいろな仕事をさせられるものだ、と思っていたからだ。そこで 「セールスとか経理とか、はじめに希望し、配属された部門にずっといるのですか」と聞き返したら「そんなことはない、君の意思によって仕事を変えることは可能だ。定期的な自己申告制度もある」という返事が返ってきた。よくはわからなかったが、とにかく面接を受けているうちに、最初は企画関係の仕事をしたいと漠然とした希望を述べていたのだが、なんとなく営業関係の仕事からスタートしてみたいという気になった。販売会社なのだし、将来何をやるにしても、やはり販売の実務を経験することが自分のためによいだろうと思い直したのである。面接のあと控室で他の受験者の言うことを聞いていたら、この会社は採用と同時に配属先も内定するのだそうで、大部分が入社時の配属希望先を考えて来ているのに感心した。そんな話が説明会の時にもあったのかもしれない。聞きもらしたのか。面接の時の様子を思い返してみると、面接者のうちの一人で好意的な質問を向け、かつセールスの話になると身を乗り出すようにしていた人 (あとで販売部長と知った)がしきりに何か書き込み、一人でうなずいていたので、何となく、採用されたら自分の配属先は販売関係に決められるような感じがしてきた。
採用と決まったときは配属先のことは何も書かれてなかった。四月入社後に人事部担当のオリエンテーションがあり、この会社の事業の概略や人事管理理念、人事システムについての解説がいろいろとあった。人事部に人事権がないという話が面白かったのと、やたらに本人の意見を問題にする会社だな、というのが主な感想だった。オリエンテーションの終わる前日に、また希望する配属部門と勤務地をきかれた。今度は販売部希望、とはっきり述べた。勤務場所は住みあきた東京より、大阪を希望した。配属部門の発表があった。予想どおり販売部、ただし勤務地は東京支店だった。新入社員の七割位は大体希望通りの配属になったようだ。東京支店の直属上司に引き合わされたとき、「よく販売部を選んだな。大阪を希望したらしいが販売関係にいる限り必ず転勤があるから、東京、大阪は問題じゃないよ」といわれた。
最初の三年はあっという間に過ぎた。四年目になるとき、課長が交替した。最初のA課長は「俺についてこい」の陣頭指揮型。ついていくより仕方のない新米だから、いっしょうけんめいついていった。仕事のさばき方、顧客、代理店に対する折衝の行ない方、などはみごとで感心するが、一面どこにでもよくある現実的管理者で、特にモービル的なものは感じとれない。会社に対する苦情(主として日本の実情に合わない点を指摘)もよくきかされた。二人目のB課長は「自分でやれ」の援護射撃型。部下の指導についてももっぱら自律性刺激と自信をもたせることに重点を置き、結果責任は俺がとる、というタイプ。強制は必要悪とでも考えているようである。未来志向的なことと、変化に対する適応のよいことは立派。モービルという会社の短所を最初のA課長に指摘され、長所を二度目のB課長に教えられたという感じである。 一般社員、特に入社して日の浅い社員に対する直接上司のもつ影響力の大きさを考えると、課長クラスに対する会社の教育訓練はしっかり行なわれているのかどうか、自分の体験及び周囲の観察からすると疑わしい。とはいえ、両課長に共通していてよいことだと思ったのは、上司である支店長によく直言することだ(その直言を許す支店長もえらいということか)。
二年目、三年目、会社の人事制度の一つである定期自己申告には特別なことは記入せずに提出した。支店のセールスの仕事がだんだん面白くなってきたし、自信もついてきたから、当分の間、社命があれば別だが、このままやっていきたい、そう考えていたからである。四年目に迷い(進歩?)を生じた。第一線の販売活動の面白さは時間的にも精神的にも自由裁量の余地が大きいところにあり、また、自分の努力、工夫が良きにつけ悪しきにつけ具体的な結果にはねかえってくることにあるが、何といってもこれはラインの第一線の仕事だ。四年目に入ったこのへんで自分自身を、そして第一線の仕事自体を異なった立場、異なった角度から見直してみたい、そんな気持が生じてきたのだ。この年はじめて自己申告書にこんな気持を表現してみた。 申告書を課長に手渡すと、「基本的には賛成だ。先週社内報に社内公募のあった本社の需給部、企画部あたりもよいかも知れないが、俺としては本社の販売部の中での調査企画的な仕事が一番よいと思う。しかし、いずれにしても今年一年は出ていかれると困る。来年にしてくれないか」とのことで、その旨、所属長意見を付し、支店長経由、本社に送付したとのことであった。それから数ケ月後の或日、支店長室でCDC(Career Development Committee人材開発委員会の略称)面接を受けよ、との指示があった。委員(本社部長クラス幹部社員)二名の面接であった。全社的かつ個別的な人材開発プランを推進するうえでの基礎資料作製と必要に応じておのおののキャリヤ・プラニングに示唆、助言を与えてくれるとのことだった。モービルにおける自分の現状分析、自分の能力や適性に対する自己評価、訓練、ローテーションに関する希望などをめぐっての対話の中で、「販売部門の中にいるほうが会社に対する貢献はできるとは思うが―」と言いかけたら、「会社に対する貢献のことは、この場では考えないでよい。この会社の中で、どうしたら自分がもっと力を伸ばせるか、力を発揮できるか、働きがいを感じられるか。要するに将来、自分はモービルの中でどう進んで行きたいか、そのためにはいま何をしておかなくてはいけないか。自分自身のことを第一に考えなさい」ということであった。
会社のことより自分のことを第一に考えよ、という会社幹部の言葉にはいささか面食らった。
「社員ひとりひとりの意欲や希望を確かめ、めいめいがその線に沿ってよろこんで働いているという状態をできるだけ多く作り出すことに重点を置いて考えている。その結果は長期的にみて必ず会社にとっても好ましいものになるはずだ」と委員の一人が話してくれた。
もう一つ意外だったのは、私のために作製したと思われるファイルの中に、私自身が提出した自己中告書をはじめ、課長にみせてもらったことのある私の業績評価表、その他の人事記録の写しなどが収められ、CDC委員はそれをよく読んできていることが質間の仕方からわかったことである。
「いままでの記録は一応の参考にはするが、肝心なのはこれから君自身がどうするかだ。意欲を燃やし、自分の可能性を試みようとするかぎり、君のファイルは活用されるし、委員会の援助は約束される」ということだった。
面接時間は約一時間、本社の幹部二名がこのことだけのために支店へやってきて二日間、課長も含めて十数名が面接されたようである。個別管理に傾ける会社の時間労力は相当なものだろう、と余計な心配をすると同時に、この会社は 「あなた任せ」では不自由なことが多く、思いきって動こうとすればかなり大きな自由のあるところだという感を深くした。
(つづく)平林良人