横山哲夫先生が2019年6月に逝去されて今年は7回忌になります。テクノファでは2004年に先生のご指導でキャリアコンサルタント養成講座を立ち上げさせていただいて以来、今年まで実に16年もの間先生の思想に基づいたキャリアコンサルタント養成講座を開催し続けさせていただきました。
横山哲夫先生はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。
横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるという鋭い分析のもと数多くの研究成果を出されてきております。
今回はその中からキャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「硬直人事を打破するために-人事管理自由化論」の中で、管理なき人事へ(人間の自由化)を説いている部分を紹介します。
モービルにおける人間自由化の具体的展開について述べる。
4 教育訓練の自由化
「奨学補助制度」「海外留学制度」「管理者訓練」の三つを事例にあげることにしたい。
「奨学補助制度」は自己啓発援助のため社員が自分の時間を利用して勉学する場合に、その費用の三分の二を会社が自動的に負担する仕組みになっている。長期的に国際的ビジネスマンとしての成長に役立つものであれば勉学の種類と方法に制限はつけない。夜間の大学、または大学院に学生としての正規なコースに入るもよし、英語、タイプなどの実務教育もよし、コンピューターやビジネスマン講座などの通信教育でもよい。会社での現在の仕事に直接結びついた課目でなくてもよいのである。
「会社が三分の二の費用を出して自己啓発を奨励し、自由に勉強させるのはよいが、もし転職したりする場合は費用を償還させるような義務付けをしておかなくては会社が損をするではないか」という意見も一部にはあったが、これは無用の心配というべきである。社員の自己成長を促進する費用は、社員に対する企業の社会的責任と言えようし、勉学援助はモーピルの人事管理理念と合致するものでもあるから、よほど異常な状態でも起こらないかぎり、この制度を制限したり、中止したりすることはあり得ないだろう。
5 海外留学制度
例年五名まで海外(主として米国)の大学院課程への留学を、一年ないし、二年認める、社内の公募留学制度である。大学卒(夜間も可)の資格さえあれば(大学院入学のために必要)、管理職、一般社員を間わない。留学に必要な語学力を獲得していることが必要とされるのはもちろんだが、合格と決まると、人事部の英語訓練担当者から、出発までの間、さらに集中的な英語のレッスンを受けることができる。
勉学援助制度といい、留学制度といい、社員の自発的な意思の発動のないところには、なんらの機会も得られないわけであって、他律的な受身の姿勢で会社の恩恵を待つような生き方では得るところ極めて少ないことを多くの社員は自覚している。
6 管理者訓練
一般社員に直接的な影響力を与える第一線(係長、課長代理)、第二線(課長)管理者に対する訓練は各社とも戦後の新しい企業内訓練手法をとり入れた訓練活動を実施しており、当社もそれらの先進的な企業の一つに数えられてきた。
「管理者訓練基礎コース」はマネジメントの原則的事項を学習、研究させるものであるが、その学習方法は”メンバー・センタード”と呼ばれる参加者中心型の会議方式であって、いまではこの方式がかなり広まってきたが、元来、訓練コースにこの方式をとりいれることは、八年前にはモービルのほかにはあまり例がみられなかったと記憶している。参加者は”受講”の姿勢では得るところ少なく、積極的、自律的な研究、参画によってのみマネジメントの原則を学習できるわけで、訓練会議への参加自体が自律性涵養の場となるところに特色がある。
ラインの管理者が人事管理者としての責任と権限を付与されているモービル石油のような会社では、特に管理者訓練の必要は大きく、集合訓練として当社で開発した「管理者訓練基礎コ ース」 「労務管理基礎コース」は、モービル石油発足後十年間に大きな意義と効果があったと信じてはいるものの、モービル独自の人事管理理念の現実的展開を成功させる重要な鍵を握るのは直接一般社員と接する立場にあるこれら管理者であることを考えると、実に一般の努力の必要を痛感する。
管理者の意識に不統一、不徹底のあることをついたM君(前掲事例)の鋭い指摘はただちに会社の反省につながるものである。会社の説く「人間性尊重」 の理念を単なる念仏とし、「人間の自由化」を現実には不自由化しかねない要因の排除、改善こそ、当面の急務である。
7 業績評価(人事考課)の自由化
業績の相対評価(対人比較)と評定の強制分布(優劣の自然分布)ほど、人間をばかにしたやり方はない。何のために業績評価を行なうかについての理念的混乱がこのような人間不在、人間不信の末梢的統制を生み出すのである。
業績評価の狙いは、まずその時点における人と職務とのバランスを検討し、より大きな職務に進ませるための育成、訓練の手がかりを得ることにその主要な目的がある。評価結果を賃金やボーナスの配分に結びつけることは、必要な作業ではあってもあくまでも二義的、副次的な効用である。信賞必罰(ムチとニンジン)のごとき権力的かつ動物的人間観をもって人事考課(業績評価という言葉のほうがよいと思うが)をやろうとすれば、必然的に、対人比較による差別をつけることに関心が向けられ、加えて、旧態依然たる人事部発想的な横断的で機械的な公平さや管理上の便利さを組み合わすと、対人比較や人工的優劣製造法が正当化されてしまうのである。
業績評価はその本質上、客観性に問題を生じやすい。偏り(評定者の主観による偏り、部門間の評定結果の偏りなど)を少なくしようとするのは正しい努力ではあるが、絶対的公平はもともと望めないのであるから、客観性にとらわれすぎることは、業績評価そのものの否定や懐疑の感情に力をかしたり、相対評価への誘惑に負けかねないことになる。偏りに対する苦情は、偏りそのものに対するものよりも、一般に人事評価に伴う秘密性、不明朗さに対する反感から生まれる場合が多い。業績評価を有効に推進するためにもっとも肝心なことは、人事管理と業績評価についての会社独自の理念と手続きを全社に公開し、社員への周知徹底をはかることであろう。能力と業績をどう定義し、どういう方法で測定するかということは結局は約束ごとであるから、その約束、とりきめをはっきりさせないことにはいつまでも誤解が残るのは当然である。モービル石油では公式、非公式の文書、会合などを通じてこの点には特に意を用いてきたので、完全とはいえないまでも、業績評価についての理解はかなりよく進んでいると思っている。本年前半数回にわたって幹部社員との研修懇談会をひらいたが、その時にもほとんど考え方の統一が確認されたようであった。
業績評価の大きな狙いの一つが、訓練指導の手がかりを得ることにあることが正しく理解されれば、評価のプロセスはもっと自由で解放的なものになるにちがいない。モービルでは評価は面接を伴うことを原則としているが、これは面接の場を通じて、当人に業績の自己評価を行なわせたり、改善のプランについて示唆を与えたりする機会をもつためである。
われわれの業績評価が比較的有効かつ公正に行なわれているとするなら、それは目標管理の精神と形式が業績評価にかぎらずモービルの人事管理全般に渾然と導入されていることによるところも大きいと思う。目標管理についてはすでに十分な紹介がなされているから説明の要はないと思うが、十分な参画による目標の設定と自由裁量の余地の十分な自律的な活動が目標管理のエッセンスであることを考えると、目標管理という言葉を使うまでもなく、モービルの経営管理システムそのものがそうした体制になっていることに容易に気づくのである。
(つづく)平林良人