実践編・応用編

海外進出日本企業で働く人々_中国_医療保険制度その他

投稿日:2024年4月17日 更新日:

昨今は海外進出している企業で働く日本人も多数います。彼らを取り巻く状況を知っていることもキャリアコンサルタントには有用なことです。今回は中国の社会保障について、医療保険制度についてお伝えします。

■中国の医療保険制度等
1.制度の類型
都市企業従業員及びその退職者に対する都市従業員基本医療保険制度、都市及び農村の住民(非就業者)に対する都市・農村住民基本医療保険制度、公務員に対する公務員医療補助制度があり、医療保険制度への加入率は95%を超えています。困窮者に対する社会保険以外の対応として特定困窮者医療扶助制度もあります。

2.都市従業員基本医療保険制度
都市企業従業員に対する年金保険と同様の目的で設けられ、個人口座(個人積立)と基金(社会保険方式)の二本立てとなっており、加入者数は、在職者及び退職者合計で1999年末は2,100万人であったがその後急増し、2021年末には3億5,431万人(うち在職者2億6,106万人、退職者9,324万人)となっています。

(1)指定病院制度
医療保険給付の対象となる病院及び薬局は政府が指定しており、指定病院・薬局以外でサービスを受けた場合は保険の対象外で、被保険者は指定病院の中から、3~5か所の病院を選択・登録することになっています。社区衛生サービスステーションやかかりつけ医を選択し、次に、専門病院、総合病院、中医(漢方医)病院を選択します。中国では大規模病院への患者の集中が課題となっており、医療費の自己負担率は、小規模病院ほど低く設定され、小規模病院の利用へ誘導されています。

(2)高額医療互助保険制度
高額医療互助保険制度は、基本医療保険が給付対象としていない部分を補うために別途設けられている制度で、計画・管理運営は市が行っています。近年、本制度を実施する地域が増加していますが、ここでは北京市の例を紹介します。
財源:企業は賃金の4%以内、従業員と退職者は月3元を負担、不足時は市が補填
適用対象:基本医療保険に加入している者

3.都市・農村住民基本医療保険制度
従来は、都市の非就業者(高齢者、障害者、学生等)を対象とした都市住民基本医療保険制度と農村の非就業者を対象とした新型農村合作医療制度があったが、2016年に国務院から「都市部と農村部の住民基本医療保険制度の統合に関する意見」が出され、両制度は統合され、2021年末の加入者数は10億866万人となっています。

(1)指定病院制度
都市従業員基本医療保険制度と同様にある。自己負担割合による小規模病院への誘導も実施されています。

(2)大病医療保険制度
高額な医療費の自己負担に対する追加給付を目的として、2012年以降順次導入が進み、全国で導入されました。制度設計は地方政府が行うものの、給付等の運営は地方政府と契約した民間の保険会社が行い、財源は都市・農村住民基本医療保険の積立金から拠出されています。

4.特定困窮者医療扶助制度
最低生活保障制度対象者や収入が低く基本医療保険制度に加入できない者は、医療費保障を受けられず、都市困窮層における深刻な問題となっています。こうした状況を受け、一部の地域では、困窮者に対して、社会保険以外の対応として、医療扶助制度を整備しています。

医療扶助制度の対象は、都市と農村の住民最低生活保障家庭と五保家庭及びその他の経済的に困難な家庭です。救助の対象になる具体的な基準は、現地の経済条件、医療救助基金の状況、困難な家庭の負担能力及び医療におけるニーズ等の要素に基づいて、地方の民政部門と財政部門の共同で制定されます。対象となる者に対し、都市・農村住民基本医療保険の加入を援助し、負担できない医療費用を補助します。当制度は主として入院患者に対して補助を行います。

5.公費医療制度
2004年の伝染病防治法改正において、農村部を中心とする医療保障制度の遅れが感染症流行につながっていることを受け、貧困による生活困難者に対して伝染病治療(結核・エイズ等)に係る公費助成(医療費用の減免等)を行う旨規定されました。

6.出産保険
女性従業員の保護、女性の多い企業の負担の軽減、計画出産政策の推進を主な目的として、女性従業員に対する出産休暇・休業手当及び出産に係る医療保障を内容とするもので、1988年から試行され、1994年から全国で実施され、2021年末の加入者は2億3,752万人(前年比206万人増)です。
管理運営は原則として、直轄市、市が行い、財源は企業が給与総額の一定の比率で出産保険基金に納付しますが、従業員個人負担はありません。
適用対象は、都市企業等に就業する女性従業員であって、計画出産政策に適合している者を対象とするものであり、都市企業以外において就業している女性従業員や無就業の女性には適用されません。給付内容は、医療保障と休業補償の2本柱で、医療保障は検査費、出産費、手術費、入院費、薬代等が含まれ、休業補償は、産前産後90日間となっています。

7.医療提供体制
(1)医療提供体制
中国の医療機関は、病床数や医療従事者数、機能等により三等級別に分類・管理されており、医療水準は三級病院が最も高くなっています。1,000人当たり病床数は6.70床(2021年)と日本の約2分の1で、医療資源は都市部への集中がみられ、都市部の基幹病院では高水準の医療機器を有し、例えば移植治療や生殖治療をはじめ高度医療を相当数実施している病院もある一方で、農村部の衛生院や診療所は機器、薬剤、医師の質ともに低水準となっています。

中国政府は、三級病院等の上級病院への患者集中をコントロールするため、上級病院では難病及び重病の治療に集中し、一般的な疾病の診断や治療の患者は下級病院に誘導する「分級診療」を推進しており、各地で、都市部における医療機関の協業モデル(医療連合体)や農村部における医療機関の協業モデル(医療服務共同体)、遠隔医療サービスモデル等の取組が行われています。病院のうち、公立病院は11,804か所、民営病院は24,766か所、レベル別では、三級病院3,275か所(そのうち最上位の三級甲等病院1,651か所)、二級病院10,848か所、一級病院12,649か所、レベルの定められない病院9,798か所となっています。

(2)医療従事者
医師数は約428.7万人(人口1,000人当たり3.04人)。この中には、西洋医学の医師だけではなく、中国伝統医療(中医)の医師、中医及び西洋医学を組み合わせる中西医結合医等も含まれています。中国の医師は、大学医学部卒業者(医師)だけではなく、中学・高校卒業後一定期間の研修・実務を経た後、医師になった者(医士。主に農村部における診療や病院内における医療補助業務を行う)も多く、医学水準の引上げが必要となっています。看護師は約501.8万人(人口1000人当たり3.56人)、薬剤師は約52.1万人となっており(2021年)、医師以外の医療従事者の人材育成も大きな課題となっています。

社会福祉施策
(1)社会福祉一般
従来の社会福祉施策は、「三無人員」(法定扶養者がいない又は扶養能力のある法定扶養者がおらず、労働能力がなく、生活能力がない者)、災害被災者、退役軍人・傷痍軍人等への支援を中心に実施されてきたが、近年、少子高齢化の進展等に伴い、出産・育児支援や高齢者の生活支援が課題となっており、地域社会における福祉サービスの提供が重視されている。福祉サービスの財源は、政府の財政投入とともに、社会各界からの寄付、「福祉宝くじ」の売上収入(1,422.55億元(2021年)等である。また、「三無人員」等の生活困窮者は別にして、福祉サービスは基本的には受益者負担が原則となっており、政府の施策は、地域(社区)におけるサービス供給者の整備・支援等に重点が置かれている。しかしながら、その整備水準は地域格差が大きい。

(2)計画出産政策、出産・育児支援策
急激な人口増を背景に1979年に導入されたいわゆる「一人っ子政策」は、人口構成の不均衡を是正するために順次緩和された。2013年から夫婦のどちらか一方が一人っ子であれば二人目の子どもが出産可能となり、2016年から全ての夫婦が二人目の子どもを出産可能となり、更に2021年8月の「人口・計画生育法」の改正により、三人目の子どもの出産が可能となるとともに、「社会扶養費」という名目の罰金を含む出産制限措置が完全に廃止された。また、同改正において「国は、財政、税収、保険、教育、住宅、就業等の措置を通して家庭の出産、育児、教育負担を軽減する」と規定され、出産・育児に対する支援措置を強化する方針が明記された。地方政府による施策は、現金給付や保育サービスの拡充よりも就業における合法的権益の保障に関するものが先行しており、2021年、多くの地方政府が出産休暇の日数拡大や育児休暇の新設等に取り組んだ。

(3)高齢者福祉
イ 現状
2021年末の中国の65歳以上、60歳以上の人口はそれぞれ総人口の14.2%(2億56万人)、18.9%(2億6,736万)であり、今後も高齢化が急速に進行し、2035年頃には65歳以上の高齢化率が20%を超えると予測されている。中国の高齢化には、①高齢化になる人口規模が大きい、②高齢化の速度が速い、③後期高齢者の割合が増えているという3つの特徴がある。一方で世帯員の就業や一人っ子政策による子の減少等により、現実的に家庭内扶養・生活支援が困難になる事例が増加しており、生活に困難を来す高齢者に対する介護支援、生活支援や医療保障等の問題が顕在化してきている。

ロ 施策の方向性
高齢化の進行を踏まえ、中低所得者層を中心にニーズが普遍化する中で、介護サービスの質・量の充実とアクセスの拡大が必要になっており、高齢化社会に対応した制度整備や社会資本の形成が急がれる。中国政府は、「9073」(高齢者のうち90%が在宅、7%が地域、3%が施設でそれぞれ介護を受けるというモデル)という方針を掲げており、在宅サービスの推進、「医養結合」(医療・介護連携)の推進、高齢者医療・リハビリサービスの発展等に取り組んでいる。国務院は、2022年2月に「第14次五か年計画高齢者事業発展・養老サービスシステム計画」を公表した。同計画では、2025年までの主要目標(養老サービス施設のベッド数を900万床以上、身寄りがない高齢者等への一か月当たりの訪問率100%、新たに建設する市街地、住宅地における高齢者サービス施設の設置率100%)を示すとともに、重点的に取り組む事項として、社会保障の整備とボトムアップ型高齢者サービスの強固なネットワークの構築、包括的な高齢者サービスの適用範囲の拡大、自宅と社区(コミュニティー)の高齢者サービス能力の強化、高齢者の健康支援システムの改善、シルバー経済の発展等を盛り込んだ。介護保険制度については、全国的な制度は導入されておらず、2012年に青島市等の一部都市が独自に制度を導入した後、中央政府は、2016年に青島市を含む全国15都市をパイロット事業の実施都市に選定し、2020年に更に14都市を追加選定して制度枠組みの構築に向けた試行を実施している。なお、各都市は、財源、対象者、給付基準、給付内容について、それぞれ定めている。2016年当初、介護保険制度の全国導入は2020年までを目標としていたが、2021年3月の「第14次五か年計画・2035年ビジョン目標」においては、2025年までに長期介護保険制度の着実な建設を進めるとされた。

(出典)厚生労働省 2022年 海外情勢報告

(つづく)Y.H

-実践編・応用編

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