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前回に続き、経済産業省製造産業局が2024年5月に公表した資料「製造業を巡る現状と課題今後の政策の方向性」から、スライド8ページ「我が国製造業の利益の変遷」について、図表の読み解きと構造的背景、政策的含意を踏まえながら解説いたします。
(出典) 経済産業省 016̠04̠00.pdf
――営業利益の低迷と営業外損益の肥大化が示す、“製造業の構造的収益変化”
はじめに:このスライドが問う「利益の質」の変化
このページは、日本の製造業が直面している「利益構造の変化」を時系列で示しながら、次のような本質的な問いを突きつけている:
製造業は本当に「稼ぐ力」を回復したのか?
●利益は“本業”から出ているのか、それとも“本業以外”に依存しているのか?
●コロナ後の利益回復は、構造的に健全なのか?
この問いは、単なる業績分析ではなく、日本の製造業が将来的にどこへ向かおうとしているのか、あるいはその競争力が「真に回復しているのかどうか」を測る重要な視座を提供するものである。
1.営業利益の推移:ピークはリーマンショック前、近年は回復傾向
まず注目すべきは、営業利益の推移グラフである。以下の通り、製造業の営業利益には明確な波がある:
●営業利益の変遷(主要な転換点)
●2007年(リーマン前):営業利益はピーク水準
→ 世界経済が好調、中国バブルと世界的なグローバリゼーションに支えられ、製造業も空前の業績を記録
●2008年~2009年(リーマンショック):急減
→ 輸出激減、原材料コスト高、為替急騰、雇用調整の困難が響く
●2011年(震災・タイ洪水)~2015年:低迷継続
→ 地政学・自然災害リスクによる生産体制の再編が重荷となる
●2017年: 営業利益は20.5兆円に達する
→ 世界経済の回復、為替の安定、製造業のコスト管理が功を奏する
しかしながら、直近では再び停滞傾向にあり、安定的な成長軌道には乗り切れていない。つまり、「構造的に利益が出る体質」には至っていない。
2.営業外損益の肥大化:製造業は“投資で稼ぐ”構造に変質しつつある?
本スライドで最も注目すべきは、**営業外損益(金融収支・受取配当・持分法利益など)**の動きである。
●驚くべきデータポイント:
●営業外損益は右肩上がりに増加しており、2021年以降も継続
●コロナ禍の影響をほとんど受けずに拡大
●2022年にはなんと15.1兆円に達し、営業利益の77%に相当
これはつまり、製造業の稼ぎの中で、実に4分の3が“本業以外”から来ているということを意味する。
この構造は極めて異例であり、日本の製造業がもはや「モノづくりで利益を出す」モデルから、「金融収益・持分利益・子会社配当等で利益を得る」モデルに静かに変質しつつあることを物語っている。
3.営業外損益の構成と背景:なぜ本業以外でこれほど稼げるのか?
営業外損益の肥大化には、次のような要因が複合的に存在する。
イ 持株会社化・子会社配当の増加
●製造業が持株会社化を進め、事業会社からの配当を営業外収益として計上
●国内外子会社の利益が親会社の財務に反映される構造
ロ 投資収益の上振れ(金融商品・有価証券・PE/VCファンド等)
●低金利・株高環境の中で、保有資産の運用益が安定的に寄与
●商社や重電メーカー等が金融・不動産などの非製造分野で収益を上げる例も増加
ハ 海外現地法人の持分法利益の増加
● グローバル展開が進み、海外拠点の利益が持分法適用会社として反映
● 特にアジアや北米の現地生産拠点の収益がコロナ後に拡大
二 為替差益(円安環境による評価益)
●近年の円安傾向により、ドル建て資産・収益が円換算で大きくなる
これらはいずれも、“本業の製造”ではなく“経営構造や金融環境”によってもたらされている収益である。
4.何が問題なのか? 営業利益が弱いままでは「筋肉のない体質」に
このように営業外損益が伸びている状況は、一見「製造業も稼げている」ように見える。だが、これは**「体脂肪が増えた」状態であって、「筋肉(=本業)」が増えたわけではない**。
●営業利益が伸び悩む:製品価格競争力の不足、コスト上昇、国内需要低迷
●営業外損益が頼みの綱:景気変動や金融市場の影響を強く受けやすい
●⇒本業の収益基盤が弱いと、長期的には持続性のある成長が困難
また、これは外部投資家から見た企業評価(ROEやPBR)にも影響し、「本業が伸びない企業には市場価値をつけにくい」という状況にも直結している。
5.政策的示唆:製造業の「収益構造転換」を支援すべき時期に
この構造的問題に対し、政策としては以下のような支援と仕掛けが求められる。
●営業利益体質の強化:稼ぐ力を本業に戻す
●製品高付加価値化支援(設計力・素材革新・ユーザー課題解決型製品)
●製品×サービス(製造+保守+データ販売)のビジネスモデル転換支援
●営業外損益に依存しない財務体質構築
● 過剰な財務収益依存の抑制と、製品・研究開発への利益還元の制度設計
●金融収益と設備投資のリンク付け(配当収入を投資資源へ)
●設備投資・人的資本投資の回復を促す
● 「内部留保を貯め込む」から「未来へ投資する」企業へのインセンティブ強化
●人材教育・技能継承・ITリスキリングへの利益再配分
総括: 「儲かっているように見える」構造に潜む不安定さ
営業外損益の増加によって、帳簿上は製造業全体が好業績に見える。だがそれは、「本業での収益力が高いから」ではない。本業が伸び悩む中、子会社配当や投資益が支えているにすぎない。
このままでは、「金融相場が崩れたとき」「為替が反転したとき」「海外市場が不安定化したとき」、企業収益の屋台骨が脆く崩れる危険性がある。
製造業は「モノをつくって社会に価値を届ける」ことで成り立つ産業である。利益構造を再び“本業中心”に取り戻すための制度・経営・資本配分の改革が、いま強く求められている。
このスライド8は、そうした“目に見えにくい歪み”を浮き彫りにし、未来への警告を含む一枚である。
(つづく)Y.H