製造業を巡る現状と課題 日本的経営とワールドクラスのギャップ①
キャリアコンサルタントの方に有用な情報をお伝えします。
前回に続き、経済産業省製造産業局が2024年5月に公表した資料「製造業を巡る現状と課題 今後の政策の方向性」からスライド15ページ「日本的経営とワールドクラスのギャップ①」について、各項目を単なるリストではなく、全体の背景・課題・差異の構造を含めた解説をします。(出典)経済産業省 016_04_00.pdf
◆ 「日本的経営とワールドクラスのギャップ①」詳細解説
このスライドは、日本企業がグローバル競争の中で直面している構造的課題を、欧米を中心とした「ワールドクラス」とされる企業の先進的な経営手法と比較することで、何が差であり、何を改革しなければならないのかを明らかにしています。以下、項目ごとに詳しく説明します。
① 【時間軸】 →固定的な中期経営計画と戦略の硬直性
日本企業の多くは、「中期経営計画(中計)」という3年間程度の固定的なスパンで戦略と投資計画を策定し、その進捗をモニタリングする慣行があります。これにより、経営が「計画通り」に動くことを重視しすぎるあまり、急激な環境変化や新たな事業機会に対して迅速な対応ができないという弊害が生じています。いわゆる「中計病」とも呼ばれるこの現象は、戦略を過度に形式化し、硬直化させてしまう原因となっています。
一方で、ワールドクラスの企業は、技術ロードマップや市場トレンドを常にレビューしながら、中長期視点で柔軟にポートフォリオの見直しを行う体制を整えています。彼らは「計画を守ること」ではなく、「環境に適応していくこと」に価値を置き、中期経営計画も必要以上に外部公開せず、むしろ戦略的な柔軟性を担保するための内部指針として活用しています。
② 【事業戦略】 →既存事業への依存と攻めの戦略の欠如
日本企業は、新規事業に挑む際に「既存事業とのシナジー」や「収益性の確保可能性」を過度に重視する傾向が強く、その結果、本質的には競争優位を失いつつある成熟事業にしがみつく構造が続いています。多くの企業が新事業の創出を「足し算的」に捉えており、「撤退」や「転換」といった戦略的な引き算が苦手であるという文化的背景もあります。
これに対して、ワールドクラスの企業は、現在の収益だけでなく、将来の市場性や顧客価値を軸に事業の見直しや再編成を行う姿勢が徹底しています。特にGAFAやユニリーバのような企業は、既存の強みを活かしながらも、急速に収益構造の変革を図る柔軟な意思決定を行っています。
③【オープンへの対応】→自前主義からの脱却が進まない
日本企業の技術開発やイノベーションは、依然として**「自社内完結型」**に強く依存しています。企業文化として、外部との連携や共同開発に対する警戒心が強く、「オープンイノベーション」という言葉が標榜されながらも、その実態は形式的であり、社外との知の融合は限定的にとどまっている例が多いのが現実です。
一方、グローバル企業では、大学やベンチャー企業、他産業との連携が日常的に行われており、イノベーション創出の場は社外に広がっているのが特徴です。たとえばP&Gは「Connect + Develop」という仕組みを通じて、製品開発の50%以上を社外連携から生み出しています。こうした「社内外の壁を越えた組織設計」が、スピードと多様性を生む源泉になっています。
④【人材マネジメント】→年功序列・画一的人事制度の限界
日本企業の人材マネジメントは、今もなお「新卒一括採用→年功序列→終身雇用」という昭和型のモデルを基本としています。この体制は高度成長期には有効でしたが、現在では多様な働き方やキャリア志向、専門性の要求といった時代の変化に対応しきれていません。また、スキルや成果よりも在籍年数や社内評価が重視されるため、優秀な若手や専門人材の流出を招くケースも見られます。
これに対して、ワールドクラスの企業では、グローバルな人材流動性を前提とした「ジョブ型」や「スキルベース評価」が導入されており、多様な人材が最適なポジションで最大の価値を発揮できる仕組みが整えられています。特に、将来のリーダー候補を意識的に育てるサクセッションプラン(後継者育成計画)や、社外からの登用も含めた柔軟な幹部選定など、意思決定層の強化に積極的です。
⑤ 組織構造・設計思考】→暗黙知依存から構造化知識への転換
日本企業は、組織の知識や業務の進め方を「職人技」「経験則」に委ねる傾向が強く、属人的で非再現的な仕組みに依存しています。そのため、人が変われば成果が変わる、あるいは属人化による引き継ぎの困難さといった問題が根強く残ります。また、組織設計においても、縦割りで閉鎖的な構造が依然として強く、横断的な連携が阻害されやすい環境です。
これに対し、ワールドクラスの企業は、「デザイン思考」や「アーキテクチャ志向」を採り入れ、業務やプロセス、製品構成そのものを論理的・再利用可能な形で設計しています。誰がどの役割を担っても一定の成果が出せるよう、ナレッジが形式知化され、ITシステムやナレッジベースに統合されています。また、設計思想そのものが外部に公開されることで、パートナー企業や顧客との共創が容易になるよう工夫されています。
◆ 結論::このギャップはなぜ重要か?
このスライドが伝えたい本質は、「単なる経営手法の違い」ではなく、価値創造の思想と構造そのものの差異にあります。日本企業が持つ勤勉さ、品質重視、現場力といった強みは依然として世界で通用するものです。しかし、これらを「従来の枠組みの中で守る」のではなく、変化を前提とした仕組みに置き換えていことが今、求められているのです。
つまり、日本的経営は「守るべきもの」と「変えるべきもの」を峻別し、グローバル水準で通用するような経営ケイパビリティへと進化する必要があります。そのためには、戦略・人材・組織・技術のすべてを見直し、中長期的視点からの全社変革を遂行していく覚悟が求められています。
(つづく)Y.H