キャリアコンサルタントに有用な記事を掲載しています。
このたび、田中研之助教授の著書『プロティアン・キャリア』を拝読いたしました。
本書で提唱されている「中高年の企業人としてのキャリアのあり方とその対応」は、キャリアコンサルタントとしてぜひ理解しておくべき重要な内容であると思料いたします。以下の原稿は、本書のポイントをまとめたもので、未読の方でも10分ほどで概要を把握できるように構成してあります。
はじめに:人生100年時代のキャリアの課題
田中研之輔氏の著書『プロティアン・キャリア』は、キャリアコンサルタントや働く人々に向けて、変化の激しい時代における新たなキャリア形成の在り方を提示しています。人生100年時代において、70歳を過ぎても働くことが当たり前になる未来が迫るなか、従来型の「定年まで勤め上げる」モデルはすでに限界を迎えつつあります。本書では、「どこで働くか」「どの会社に属するか」ではなく、「どのように生き、働くか」を自らの価値観に基づいて主体的に選択していくための思考法と実践法が語られます。
キーワードとなるのは「プロティアン・キャリア」。これは、環境の変化に柔軟に適応し、自分自身の価値観に従ってキャリアを形成していく生き方です。本書はこの概念を軸に、未来志向のキャリア構築を促しています。
第1章:プロティアン・キャリアとは何か?
「プロティアン・キャリア」とは、変幻自在に形成するキャリアを指します。
世の中は驚くほどのスピードで変化しています。
数十年前にはインターネットやスマートフォン、SNSは存在していませんでした。しかし今や、現金を持ち歩かなくても生活できる時代になり、さらに空飛ぶ車や民間宇宙旅行の実現も目前です。
このような加速度的な変化に、私たちは適応できているでしょうか?
- 変われない自分
- 変わらない環境
- 今の組織の中でしか働けない自分
「このまま波風を立てずに逃げ切ろう」と考えてはいませんか?
変化の激しい時代において、変化を拒む生き方もあるかもしれません。しかし、それではモチベーションの低下や停滞感に悩まされることもあるでしょう。「本当は変わりたいのに変われない」と感じる方にとって、人生を変える可能性がある考え方こそが「プロティアン・キャリア」です。
プロティアン・キャリアの起源
「プロティアン・キャリア」は、ボストン大学の組織心理学教授 ダグラス・T・ホール によって提唱された概念です。「プロティアン」という言葉は、ギリシャ神話の神プロテウスに由来します。プロテウスは、火になり、水になり、獣にも姿を変えるなど、環境の変化に応じて自在に形を変える神です。
ホール教授は、この概念をキャリアに応用し、時代や環境の変化に適応しながらキャリアを形成する重要性を説きました。しかし、単に「変幻自在に生きればよい」という考え方ではありません。「プロティアン・キャリア」には重要な思想があります。この思想を理解し、身につけることで、柔軟で戦略的なキャリア形成が可能となるのです。
これまでのキャリアモデルでは、「入社 → 課長 → 部長 → 定年退職」といった、組織内での昇進が主なキャリアの形でした。しかし、プロティアン・キャリアの考え方は異なります。
キャリアの成否を決めるのは「組織」ではなく「自分」です。組織は舞台であり、個人が主役となってキャリアを築くものなのです。この考え方こそが、これからの時代に求められるキャリア戦略です。
第1章 まとめ
- キャリアは組織に預けるものではなく、自分自身で育て、形成するものである。
- キャリアは昇進という結果ではなく、生涯を通じた全過程である。
- キャリアは時代の変化に応じて、柔軟に変えていくことができる。
第2章:プロティアン・キャリアをどう形成するか?
プロティアン・キャリアを実現するためには、自分自身の内面と向き合い、「心理的成功」を重視することが大切だと著者は説きます。
心理的成功とは?
心理的成功とは、自分が納得できるやりがいや目的を実感できる状態を指します。これは他者からの評価や昇進といった外的な成功とは異なり、自分自身の価値観と合致する内的な充実感です。
しかし、多くの人は「他人にどう見られるか」「上司に評価されるか」など、外的要因に支配されたキャリアを歩みがちです。これでは、働くことの本質的な意味や自分自身の可能性を見失ってしまいます。
自己理解を深める方法
まずは次の3点を紙に書き出してみることが推奨されます。
- 現在の自分の立ち位置
- 過去の経験とその影響
- 今後のビジョン・理想像
このようにして、自分のキャリアに関する方向性や軸を明確化し、行動に落とし込むことができます。
キャリアは「偶然」によって決まるのか?
しばしば引用されるクランボルツの「計画された偶発性理論」では、キャリアの80%が予想外の偶然によって決定されるとされます。このため、「計画しても意味がない」と誤解されがちですが、実際にはその逆です。
偶発的な機会を生かすためには、むしろ準備と柔軟性が必要なのです。つまり、戦略的に構え、意図的に「偶然に出会いやすい状態」をつくることがプロティアン・キャリアの実践といえます。
経済的成功との関係
「心理的成功を追求すると、経済的成功が犠牲になるのでは?」という疑問もありますが、これは誤解です。むしろ、精神的な豊かさと経済的な安定は両立可能であり、無形資産を高めていくことが両者を結びつける鍵となります。
キャリア資本の重要性
キャリア資本とは、キャリアを通じて蓄積される資産のことを指します。
キャリア資本には有形資産と無形資産の両方があります。
資産の種類 | 具体例 |
有形資産 | 預貯金、株式、土地、建物 |
無形資産 | スキル、知識、友人、人脈、健康 |
無形資産の重要性
多くの人は、仕事を「お金を稼ぐための手段」と捉えています。しかし、仕事を通じて蓄積される資産には「無形資産」もあることを理解する必要があります。
リンダ・グラットン氏の著作書『LIFE SHIFT』では、「お金よりも無形資産の方が重要である」と語られています。以下のような無形資産を意識的に蓄積することが、精神的にも充実した人生につながります。
- スキルや語学能力を高める。
- 健康を維持する。
- 良好な人間関係を築く。
- 仕事・生活を通じて無形資産を積み上げることを意識する
誰もが「健康は大切」「人間関係は大事」と漠然と思っています。しかし、これを「資産」として認識し、意識的に積み上げるかどうかで、最終的な豊かさに大きな違いが生まれます。
第2章 まとめ
- キャリアを形成するうえで、自分が最も大切にしたい価値を明確にすることが重要である。
- プロティアン・キャリアと経済的成功は矛盾しない。
- 無形資産を積み上げることが、プロティアン・キャリアを形成する上で最も重要である。
第3章:キャリア資本の蓄積とその戦略
キャリア資本を理解することで、これからの生き方をより戦略的に考えられるようになります。
年齢を重ねるにつれ、働き方や生活の「型」が確立されていきます。例えば、決まった休憩時間、長時間労働、出社時間の習慣などです。
この「慣れ」は、日々の行動や考え方を変えずに進む方が安心だと思わせるものです。
しかし、変わらないこと=安定と思い込むことには、大きなリスクが潜んでいます。
なぜなら、変化しない日々の中では「変身資産」が蓄積されないからです。
変身資産とは何か
私たちは、スーパーマンのように突然変身するわけではありません。
変化を起こすためには、自分が「安全圏」だと思っている場所から一歩踏み出し、未知の世界に触れる必要があります。この挑戦こそが、変身資産を蓄積するプロセスです。
著者は、変身資産を以下の3つの資本の蓄積からなる「キャリア資本」として捉えています。
- ビジネス資本 … ビジネス経験を通じて蓄積される
- 社会関係資本 … 人とのつながりによって蓄積される
- 経済資本 … 金融資本や不動産などに転換できる
キャリア資本の蓄積方法
キャリア資本は、日々の選択と行動によって蓄積されていきます。例えば:
- 異業種の仕事や副業を始める → ビジネス資本が増える。
- 異業種交流会に参加し、人脈を広げる → 社会関係資本が増える。
- 新しいプロジェクトに挑戦する → キャリア全体の資本が強化される。
いろいろなことにチャレンジすることで、柔軟に変化しながらキャリアを形成できるのです。
キャリア資本の停滞とそのリスク
同じ会社で長年働いていると、自分は仕事ができると錯覚しやすくなります。
日々の業務をこなし、新入社員を見て「なぜこんな簡単なことができないのか?」と思ってしまうこともあるかもしれません。しかし、その状態に満足し続けると、市場価値が低下するリスクがあります。
今の時代、定年後は誰もがフリーランスのような働き方を求められるようになっています
その中で、「会社の看板なしに稼げるスキル」を持っているかどうかは非常に重要です。
キャリア資本を積み上げるための行動
変化する社会の中で価値を生み出し続けるためには、以下のような行動が重要になります。
- これまでやったことのない仕事に挑戦する
- これまで関わったことのない人と交流する
- 自分のスキルや市場価値を客観的に分析する
企業が一生面倒を見る時代は終わりつつあります。長寿化により定年後の「フリーランス期間」が長くなる時代です。その中で充実した人生を送るためには、何度でも変われる自分を作ることが大切となります。
副業はキャリア資本の蓄積に有効か?
副業はキャリア資本を蓄積する有効な手段のひとつですが、必須ではありません。
重要なのは、副業が自己実現の手段になっているかどうかです。
本業で十分に自己成長を実感できているなら、副業をする必要はありません。
しかし、今の仕事に停滞感を感じている、「いつも同じことを繰り返している」と感じるなら、キャリア資本の蓄積が止まっている証拠かもしれません。その場合は、新しい挑戦を始めることが必要です。
第3章 まとめ
- 安全圏から一歩踏み出し、新たな挑戦をすることでビジネス資本が蓄積される。
- 新しい仕事や人との交流を通じて、社会関係資本を蓄積できる。
- ビジネス資本と社会関係資本を戦略的に積み上げることで、経済資本へと転換できる。
結びに:キャリアに向き合うことは「生き方」に向き合うこと
田中氏は本書の最後に、「キャリアに向き合うことは、働き方に向き合うこと、ひいては人生そのものに向き合うことだ」と述べています。人生100年時代を生き抜くためには、単に長く働くのではなく、自らの意思と価値観に基づいた「しなやかなキャリア形成」が求められます。
未来は予測不可能であり、「いつか安定する」はもはや幻想です。だからこそ、今を見つめ直し、変化を恐れず、何度でも柔軟に変化し続ける姿勢が重要です。
『プロティアン・キャリア』は、そうした生き方を後押しする一冊であり、読む者に「キャリアの主導権は自分にある」という気づきを与えてくれます。キャリアの道に迷ったとき、自分自身の働き方や生き方に迷いを感じたときに、指針となる内容が詰まっています。
(つづく)吉末直樹