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基礎編・理論編

横山哲夫先生の思想の系譜

投稿日:2025年1月25日 更新日:

横山哲夫先生が2019年6月に逝去されて今年は3回忌になります。テクノファでは2004年に先生のご指導でキャリアコンサルタント養成講座を立ち上げさせていただいて以来、今年まで実に14年もの間先生の思想に基づいた養成講座を開催し続けさせてきました。
横山哲夫先生はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。

 新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金に代表される日本型の雇用慣行、人材戦略は、かつては日本企業のビジネスモデル、経営戦略の方向性と合致し、競争力の源泉として機能してきた。
 しかし、事業環境が変化し、ビジネスモデルや経営戦略の方向性も変わる中でも、これまでの雇用慣行や人材戦略が維持された結果、多くの企業では人材戦略と経営戦略が連動できていない状況がある。
 多額の人材投資や先進的な人事制度の導入も、その人材投資や人事制度が自社のビジネスモデルや経営戦略と連動し、適切に位置づけられていなければ企業価値の向上にはつながらない。
 持続的な企業価値の向上という最終的な目的からバックキャストし、自社の中長期で持続的に競争優位のあるビジネスモデルを実現するための経営戦略をいかに実現するか、という観点から人材戦略を策定・実行することが必要となる。

 同一の雇用慣行、人材戦略で運営されてきた企業においては、人事部は管理部門として人事施策のオペレーションを中心に担ってきた。今後、この役割を大胆に見直し、ビジネスの価値創造をリードする機能を担っていく必要がある。
 一方、強い事業部門の存在が変革を阻害してしまうことや、経営陣が人事マターを経営の問題だと捉えておらず、人事部門が経営戦略に関与できていないケースもある3。
 経営陣のイニシアティブでこうした状況を打破し、持続的な企業価値の向上につながる人材戦略を再構築する必要がある。その際、人材や資金、技術・情報に関する戦略がバラバラに策定・実行されるのではなく、一元的に策定・実行されるよう経営陣のコアメンバー(CEO(最高経営責任者:Chief Executive Officer)/CSO(最高経営戦略責任者:Chief Strategy Officer)/CHRO(最高人事責任者:Chief Human Resource Officer)/CFO(最高財務責任者:Chief Financial Officer)/CDO(最高デジタル責任者:Chief Digital Officer))が密接に連携する必要がある。特に、CHROは、経営陣の一員として、経営戦略の実現につながる人材戦略の策定・実行に重要な役割を果たす存在となりうる。
 また、取締役会においても、経営戦略の実現可能性という観点から経営戦略と連動した人材戦略が重要であることを踏まえ、人材や人材戦略に関する議論を行うとともに、自社の人材戦略の方向性が経営戦略の方向性と連動しているかについて監督・モニタリングを行い、適切な方向に導くことが求められる。

出典 持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~ 人材版伊藤レポート ~
令和2年9月経済産業省 20200930_1.pdf

横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがありはずであるという鋭い分析のもと数多くの研究成果を出されてきております。
横山哲夫先生には多くの著者がありますが、今回はその中から「個立の時代の人材育成」-多様・異質・異能が組織を伸ばす-の核となるところを紹介したいと思います。キャリコンサルタントにも大変役に立つ記述が随所にあります。

今回は引き続き「個立の時代の人材育成」からの紹介です。

M社などの事例
個別(立)の人材がこれからの人材育成のターゲットであること、及び、ライン主導のアプローチによると育成がすすめやすいことに続き、次の課題は、個別(立)育成のシステム化をどうはかるかにある。全社的に、総合的に、ラインと人事(教育)スタッフの職務分担をどうはかるか、また人材育成の諸プログラムをどう有機的に連動させるかである。これがなくては個別(立)の人材育成は絵に描いた餅となる。この章に関しては、先行的な事例をまず提供することにしたい。事例は筆者の現役基幹体験のあったM社を主とし、直接、指導経験のある K社、G社を従とし、できるだけ細部にわたる具体的な展開を記すことにする。

M社は創業90余年の石油元売業、社員数約1,300人、米国系多国籍企業の系列にあるが、日本における人材育成の展開には、日本独自のものがある。長期的・継続的側面は日本の雇用風土を土台としたものであり、個別的、ライン主導的な側面は戦後派日本企業の先行グループに共通する非伝統的なものである。現在の独自な形にほぼ整ってきたのはここ数年のことであり、これまでには30年に及ぶ幾多の試行錯誤を含む努力と工夫の積み重ねがあった。
トップ、ライン、セルフ三者のそれぞれの役割、責任の自覚が高ければその上に立って企画、実施されるキャリア開発プログラムの展開は効果的となる。MBOは育成のプログラムとしての機能のみならず、組織をタテに貫くクサビの効果を果たしていることに注目したい。 SLはシチュエイショナル・リーダーシップのことである。個立指向者の育成、管理にふさわしいリーダーシップ論として同社に採用されており、タテの結びつきの強化にも貢献している。

M社のキャリア開発会議(以下CDMと略す)は年二回開かれる。いずれも全二日間の昼夜にわたる合宿である。すでに20年近く継続されており、運営の仕方は常に改善がはかられている。うち一回は幹部職位中心の会議であり、 他の一つは若手社員を対象とする。一回のCDMは社長以下役員と人事部長(事務局)を出席者とする。社長自身が議長となり、人事担当役員が進行を兼ねる。主たる議事は、部長、次長職位にある現任者と後継可能者、一人ひとりについての業績評価(アプレイザル)ならびに、将来性予測 (アセスメント)を確認し、それにもとづいて、長・中・短期の育成と活用のプランを討議、決定(内定)する。その順序としては、対象者の上司ないしは管轄に当たる役員が、まず、出席役員全員に、事前に配付されている資料(アプレイザル・アセスメント・自己申告の要約)について説明し、育成・活用に関する提案を行なう。20年の経験を積んだ今は、対象者の評価をめぐって、基本的に大きな異論を生むことは比較的少なくなった。しかし、具体的に異動、昇進などの時期や順序などをめぐって役員間に活発な意見が交換されることが多い。いきなり社長の一言で議論もなく結論が出されるようなことはまったくない(某大手証券会社でも、M社のスタイルに似た人材会議を何年か前からはじめたとの報道を読んだ。M社の経験が参考にされたフシもある。とかく、序列に沈滞しがちなわが国の企業の幹部人事に、活性化の傾向がみられはじめたことはうれしいことである)。 CDM経験20年の最大の成果の一つは、自系列の有能な部課長を、育成のため他系列にローテーションすることを厭わない、役員の姿勢であろう。育成を核とする人事管理責任がラインの長にあることの意議がそこまで高まった。この傾向は大方の部長にもみられるようになったが、役員の人材育成意識の高まりが、それぞれの管轄部課長に直接的な好ましい影響を支えているものであろう。有能な部下を手放さないことによって、その部下の育成と、組織の活性化を遅らせることが少なくなかったM社の前身会社の時代を思うと、今昔の感がある。どのような制度をつくっても、当初からうまくいくことはない。人材育成は長期的で継続的な忍耐の作業であることをつくづく思う。

部長職位の後継可能者についての討議も、オープンで公平に行なわれている。有能で万能型の次長、課長の名前はいくつもの部長職位の候補者にあげられる。一職位の現実的候補者の数は通常五、六名に絞られる。そしてこれらの候補者の一部は毎年入れ替わっている。
個々の異動の発令、引継を含めた具体的、最終的な結論は人事担当役員(または人事部長)同席の下に、異動に関係するラインの長(通常は複数になる)の話し合いで決められる。それらの異動は、緊急の例外の他は、すべてがで討議され、基本的に合意を得た”可能性ケース”の中から選ばれる(異動の発令が、関与するラインの長の署名または連署でなされることは第5章で言及した通りである)。CDMが社長先導の下に、オープンに公平に毎年継続的に運営されるようになるまでは、一部のラインの長の恣意に大きく影響された異動、昇進が行なわれることがなきにしも非ずであった。ライン主導型の人事管理体制の泣きどころである。全社的な統合のむずかしさをM社は今のような形に克服し、まとめ上げてきた。これが理想的かどうかはわからないが、ラインの主体性を定例の年次会議でも発揮させると共に、その会議の場を全社的にまとめ上げる機会としたやり方は、一つの方法として検討に値するであろう。M社の場合にはトップの熱意とリーダーシップが成功の鍵となってきたが、全役員の意識がここまで高まれば、将来トップに異動があってもM社のCDMは今のように機能しつづけるであろう。あるいは、さらによりよい統合の方法が生み出されるかもしれない。

M社の役員は自系列のみならず、他系列も含めて、課長レベルはおろか、それ以下の多くの社員の個別的特徴をもよく把握しているのに驚かされる。これは役員自らがCDP(キャリア開発制度)による異系列部門へのローテーションを経てきていることにもよるが、すすんで社員の名前や特徴を事あるごとに賞えようとする努力によることが大きい。〇〇年度入社でもなく、△△大学卒でなく、××系列出身でもなく、一人の人間としての個性的特徴を尊重しようとする風土の醸成に幹部が先頭に立ってきたと思う。このような幹部の傾向は、若手社員を対象とするもう一つのキャリア開発会議を活性化することに役立っている。
(つづく)平林良人

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