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実践編・応用編

欧州連合(EU)の社会保障施策

投稿日:2024年9月23日 更新日:

キャリアコンサルタントが知っていると有益な情報をお伝えします。

日本と欧州連合(EU)とは、共に世界貿易の担い手であり、二者間の貿易関係は、双方にとって重要です。二国は、戦略的な貿易パートナーであり、2019年2月に発動した日・EU経済連携協定は多くの経済的メリットを生み出しています。また、安全保障から気候変動・エネルギー・デジタル等広範な分野において協力しています。今回は、EU における社会保障施策についてお話しします。

欧州連合(EU)における社会保障施策については、基本的には加盟国に権限がありますが、国境を越えて影響が拡大する公衆衛生分野におけるいくつかの権限については、EUにもその一部が委譲されています。特に2020年に発生した新型コロナウイルス感染症の教訓を踏まえ、EUの権限の拡大及び明確化が進められ、2022年10月には「保健上の重大な国際的脅威に関する規則」等の成立により、緊急事態における一連の対応について、2021年に創設された欧州保健緊急事態準備・対応総局や欧州医薬品庁、欧州疾病予防管理センター等の権限が明確化されました。

◆概観
欧州連合(EU)は1993年のマーストリヒト条約により設立された欧州地域における政治・経済の統合体です。加盟国は2023年1月1日時点で27か国となっています。加盟国は政策の企画・立案・実施に関する権限の一部をEUに委譲することとされています。具体的には以下に分類されます。
①EUに排他的な権限がある事項(加盟国には権限がない)
②EUと加盟国の共有権限事項
③EUが加盟国の取組を支援、協調、補完する事項
社会保障施策は、基本的に加盟国に管轄権限が認められており、②の事項に該当する医薬品・医療機器の品質・安全性の基準設定、動植物検疫分野の措置、臓器・ヒト由来製品・血液等の品質・安全性の基準設定等を除き、③の事項に該当します。このため、社会保障施策におけるEUの主な具体的施策としては、・主要な保健課題の原因・伝播・予防や保健情報・教育に関する研究の促進・薬物関連の健康被害を減少させるための取組等が、勧告やガイドラインの策定、好事例の共有、基金等による財政的支援などの手段により、加盟国の政策を補完する形で行われています。

◆社会保険制度等
社会保険は各国に管轄権限がありますが、域内の移動の自由が認められていることもあり、2004年に必要な調整規則が整備されています。
■基本原則
●社会保障制度の適用
域内移動を行うEU市民は、その国の法令が適用され、その国で社会保険料を支払います。
・平等取扱い
域内移動を行うEU市民は、その社会保障が適用される国の国民と同等の権利及び義務を有します。
・域内の移動実績の考慮
給付を請求する際に、過去の保険料の納付期間や就労実績が考慮されます。
・受給権の持ち運び
現金給付の受給資格がある場合に、他国で暮らしていても、これを受給することできます(持ち運び可)。
・適用法令
原則として、就労する国の法令を適用例外とします。
①国外派遣労働者(一時的に他国で就労する者)は、24か月以内であれば、派遣元国の法令を適用
②フロンティア・ワーカー(1週間に1度以上、母国に帰国する者)の失業保険に関しては、母国の法令を適用
③医療や労災保険の現物給付(実際の医療の提供)については、居住する国の法令を適用

■年金の調整
各国で支払った保険料の納付期間に応じた額が、各国が定める支給開始年齢到達後、各国から支給されます(例:3つの国で就労した場合、それぞれの国から保険料納付期間に応じた額の支給を受けることができます)。申請は、居住国の当局に行えば足ります。受給は、EUのどこに居住していても可能です。

■医療保険の調整
他の加盟国に短期的に滞在している場合、その被保険者として当該加盟国の国民と同等の条件と費用で医療を受けることが可能であり、当該権利を保障する「欧州健康保険カード」の発行を受けることができます(同カードは、自由診療等は対象外)。既往歴のために他の加盟国に医療を受診しにいく場合で、当該医療行為が母国の保険診療の対象となっているときは、その医療費が母国の保険財政でカバーされます。他の加盟国に居住している場合、現物給付については、保険料を納付したかどうかにかかわらず、その居住国から支給を受けることができます。

■家族給付の調整
家族給付の内容は国ごとに異なりますが、それが保険制度である場合、保険料を納付している国に家族全員が居住している場合はその国から支給され、家族が別々に居住している場合は基本的に就労している国が支給する義務を負います。

◆公衆衛生施策
■欧州保健連合
2020年10月の世界保健サミットにおいて、「欧州保健連合」の構築が提唱されました。具体的には、以下の5つの柱が掲げられ、全EU加盟国が協働して取り組むこととされました。

●危機への備え・対応
2022年10月に、保健上の重大な国際的脅威に関する規則が成立し、同日に改正されたECDC規則、同年1月に改正されたEMA規則とともに、感染症等の危機への対応に関する法的手当が行われた。当該法令に基づいた保健上の脅威への対応に係るEUの権限は以下のとおりである。
・予防・準備・対応計画
欧州委員会が連合予防・準備・対応計画を策定し、EUレベルでの対策医薬品等の備蓄やWHO等との協働等について定める。さらに、各加盟国に対し国家予防・準備・対応計画の策定を義務づけ、欧州委員会に対してその定期的な報告を行わせることとされている。その技術的評価はECDCに権限を付与しており、加盟国を構成員とする保健安全保障委員会(HSC)が加盟国間やEUの間の調整を行うこととされている。
・共同調達
欧州委員会がワクチンを含む対策医薬品等の共同調達手続の契約主体になることができる。なお、透明性確保の観点から、対策医薬品等の共同調達に関する手続の報告を、欧州議会に対して行うこととされている(なお、加盟国が個別又は複数で共同調達手続の契約主体になることも可能)。
・サーベイランス
疫学的サーベイランスネットワークを創設し、ECDCがその管理・運営を行うこととされている。当該ネットワークは、加盟国それぞれのサーベイランスシステムと接続し、比較可能で互換性あるデータ等の提供を求め、当該情報を他の加盟国に共有する役割を担う。当該ネットワークにより得られた情報を加味して、HSCは加盟国に対してコミュニケーションや勧告を発出することができる。
・公衆衛生上の緊急事態
欧州委員会は、公衆衛生上の緊急事態を発する権限を有する。この際、公衆衛生の専門家等から成る諮問委員会を設置することとされている。当該宣言に基づき、EMAによる重要医薬品リスト等に掲載されている医薬品等の充足状況のモニタリングや医薬品等の不足に関する報告及び勧告、並びに欧州委員会による研究開発支援や共同調達手続等が一体的に進められる。
(出典) 厚生労働省 2022年 海外情勢報告

欧州がん撲滅計画
2021年2月の世界対がんデーに際し、欧州委員会は「欧州がん撲滅計画」を発表し、新たな技術、研究、イノベーションを通じた、がんの予防・診断・治療・支援の新しいEUアプローチを設定しました。具体的な内容としては、乳がん、子宮頸がん、直腸結腸がんの検診対象の拡大や手法の見直し、肺がん、前立腺がん、胃がんの集団検診の対象への追加が含まれています。

◆公的扶助制度
欧州困窮者援助基金(FEAD)は、2014年から2020年にかけての時限的な基金であり、これまで38億ユーロを超える拠出がなされてきた。加盟国が困窮者に対する食糧や生活必需品の提供を行う際に活用できるものであり、加盟国は自らも15%以上の拠出が求められていた。加盟国拠出を合わせた事業規模は45億ユーロとなっている。
当該基金により、2014年から2018年までの実績において、計6千万人を超えるEU市民が食糧支援を受けている。なお、2020年に発生した新型コロナウイルス感染症の拡大に応じ、当該基金の期限延長及び積み増しが行われ、さらに個人防護具購入などにも当該基金の活用ができることとされている。当該延長は2022年までの予定。一方で、欧州社会基金プラス(ESF+)が、従来のESFを拡充する形で2021年から2027年までの基金として創設された。当該基金は、EUの雇用、社会、教育及び技能施策に活用するためのものであり、2021年からはFEADを統合し、従来FEADが担ってきた領域についても対応することとされている。
加盟国は、2021年に開始する事業年度までにESF+投資計画を策定することとされており、個別施策の実施に責任を有する。EUはその実施状況を監視する。ESF+からの拠出は、事業の性格に応じ、総事業費の50%から95%の間で設定される。ESF+の総予算額は985億ユーロであり、困窮者に対する食糧や生活必需品の供給は少なくともESF+予算の3%を充てることとされている。さらに、子どもの貧困に対しても活用可能であり、少なくともESF+予算の5%を充てることとされている。なお、FEADの期限延長により、食料供給支援等の事業については実質的には2023年からの開始となる見込み。
(出典) 厚生労働省 2022年 海外情勢報告

(つづく)Y.H

-実践編・応用編

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