◆このコーナーは、活躍している「キャリア・カウンセラー」からの近況や情報などを発信いたします。◆ 今回のキャリアコンサルタント便りは”鈴木秀一さん”です。
「現状に潜む背景」
このところ、本人の代わりに退職の意向を会社側に伝える代行サービス業「モームリ」に纏わる記事や動画がニュースサイトを騒がせているが、せっかく就職が決まったものの僅か数年以内に半数近くが会社を辞めてしまう若者たちの現状を鑑み、いったい彼らの中で何が起こっているか?について、いま改めて考えてみる必要がありそうだ。
さて、2024年度の調査において不登校の児童生徒数は過去最多の約35万4千人に達したが、未だ増加傾向に歯止めが掛からない状況が続いている。ただ、この数字は一年間の欠席日数が累計30日に達した子だけに限った総計でしかないので、行き渋りや休みがちな子も含めれば、すでに100万人は軽く超えているものと思われる。
近年の傾向として顕著なのは「令和型不登校と呼ばれる子ども」の増加だ。以前とは違って、特に明確な理由も、またはきっかけになったと思われる出来事すらも無いまま、なぜか急に登校を渋り始めるという意味不明な特徴がある。
この令和型不登校と自分で辞表を出せずに代行に依頼する若者たち・・私としては何となく繋がって見えるのだが、いずれにしても流石にここまでくると「社会問題」として捉えなくてはなるまい。
これらの背景に、Z世代やα世代特有の傾向(思い通りにならないことに耐えられない)が顕れているのではないか?といった見解も見られるが、結論を急いでは肝心なことを見逃す危険もあるし、なにより「世代」などという大雑把な枠組みを以て一般化することは避けたほうがいいだろう。
今日、心理学は単なる統計調査だけで成されるものではなく、個々人に焦点化した「当事者研究」や現象学的記述などで表現される「質的研究」に移行しつつある。これは応用心理学のひとつとしての「カウンセリング」においても特に大切にしたいことでもある。
そうした意味でも最近になって注目されている「BPSモデル」は大事にしたいところだ。【BPSモデルとは人間の健康や問題に対し『生物学的要因(Bio)、心理学的要因(Psycho)、社会的要因(Social)』の3つの側面から包括的にアプローチして理解を深めようとする観点である。
これまで医療現場などで行なわれてきた医学&生物学的な側面のみに焦点を当てたアプローチに代わり、患者やクライエントを取り巻く心理的要素や社会的背景を取り込んで全人的に理解することにより、より適切で統合的な対人援助を目指すものである。】 ※ 以上、AIによる解説
ところで、代行というキーワードから勝手に連想してしまったのだが、だいぶ前に「依存が強い息子の面倒を看るのに疲れ果ててしまいました。精神科に繋ぎたいけど、どうしたらいいでしょう?」と相談を受けたことがあった。息子とは言っても年齢的には既に二十歳代の半ばを過ぎている。
聴けば、とにかく自分でやろうとせず母親に代役を頼むとか、不都合なことが起こると何でもかんでも母親のせいにして暴れたり、思い通りならないことに我慢できず、すぐに癇癪を起して大声で喚くという。
母親は、そんな息子のことが四六時中ずっと頭から離れず苦しいと訴えていた。あたかも息子に問題があるかのような言い分だが、そのように育ててしまったのは他でもない母親である。すでに親子間にパターンが形成されてしまっているようだが、彼女は息子が幼かった頃から面倒な展開になることを避けたいがために「何でもすぐに要求に応じること」を続けてきたのだった。
このような固定化されたパターンは、待っていても変化することはなく、敢えて意図的にこれまで行なったことのない大きなショックでもないかぎり改善は期待できない。もし、精神科に連れて行って投薬治療を施すことができれば感情の起伏は一時的に抑えられるかもしれない。しかし、その症状が気質的(生得的)なものではなく体験の積み重ね(学習)による結果だとすれば、根本的な改善には至らないだろう。
そもそも母親が「この子に問題がある!」という認識を持っていること自体が問題なのである。これまで育ててきた母親の関わり方が息子の依存性を引き出し、繰り返される毎に強化されてきたのではないだろうか? また母親は口では「ほとほと困り果てています」と言いながら、じつは癒着の関係「共依存?」ということもあり得る。
母親は「この依存傾向が強い息子」をなんとか変えてほしいと口では言っているが、現状が生み出された背景的要素についての経緯と文脈についてのアセスメントが置き去りにされ、そもそも我が子に対して毅然とした態度が取れないのはなぜなのか?については何も語られていない。
先ず、この母親がどのように育ってきたのか?彼女が持っている認知バイアスや非合理な考え、つまり「こうあるべき」とか「こんなことをしてはいけない」と思い込んでいることの背景に在るはずの原家族。そして幼少期の体験など・・それらを紐解き、「はたして、いったい何がそうさせているのか?」を丁寧に観て、そこで初めてこの親子の関係式が見えてくるのである。
母親とて人間である。もし母親に何らかの偏った傾向が観られるとすれば、母親自身がどのような家庭で育ち、どんな経験を以て人生を歩んで現在に至るのかも含めて立体的に理解しておく必要がある。このように家族をひとつの「システム」として捉えることはとても重要な観点である。
その意味において、カウンセリングを行なう場合、「ジェノグラム」を描くことは必須である。ジェノグラムを描きながら母親と共に原家族を振り返り、現在に至るまでの物語を俯瞰して見つめ、自身にとって当たり前だと思い込んできたことが何に(誰に)起因していたのか、もしくは世代間連鎖的に起こっている流れを理解することが重要である。
と、ここまで書けばご理解を頂けると思うが、ジェノグラムを描く場合には最低でも三親等以上まで遡り、紙面上に祖父母や兄弟(姉妹)も共に登場する必要がある。ジェノグラムは同居人を意味する「家族図」ではなく、世代を遡る「家系図」であることが知られていないのは残念だが、これを機に「心情的背景」だけでなく「文脈的背景」にも関心を持ってクライエントに向き合ってみることをお薦めしたい。
私は25年ほど前から多くの学校教育現場において数千件もの親子関係を観てきが、一方的に子どもだけに問題がある事案など滅多に無かった。丁寧に紐解けば、その殆どが親子間による無自覚な相互作用に拠る結果だったのだ。
もっとも、心理療法の中に敢えてはコンテキストや背景には触れず、パターン化された日常から離れた「例外」からヒントを得ることで問題の解消を目指すソリューション・フォーカスト・アプローチ(SFA)などもあるが、私としては母親もまた発達過程の途上に在ることも大切にする意味で、親が自分自身に取り組みながら子どもと共に成長することにも価値を見い出していければと思っている。
「過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる。」(byエリック・バーン)