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前回に続き、経済産業省製造産業局が2024年5月に公表した資料「製造業を巡る現状と課題について今後の政策の方向性」からスライド36ページ「ガイドライン策定の背景 3」について、詳細な解説をします。

(出典)経済産業省 016_04_00.pdf
このスライドの問題提起:DXは「部分最適」にとどまっていないか
このスライドは、製造業DXのガイドラインを策定する背景となる現状認識を示しています。冒頭の3つの箇条書きが、その問題意識を端的に表しています。
第一に、前ページで示された経営課題や業務変革課題の多くは、製造部門だけの改善では解決できない、という点です。製造業の競争力は、設計、調達、生産管理、製造、販売、サービスまで含めた製造プロセス全体を貫く最適化によって初めて高まります。どこか一部だけを良くしても、全体としてのスピードやコスト、品質が劇的に良くなるわけではありません。
第二に、日本の製造業におけるデジタル化の取り組みは、依然として「既存の業務・部門の範囲での最適化(=部分最適)」が多い、という指摘です。たとえば「設備稼働率を測って改善する」「検査工程を自動化する」といった個別の取り組みは増えています。しかし、こうした個別最適の積み重ねだけでは、経営課題や業務変革課題の“根本解決”にはつながりにくい、という問題意識が示されています。
第三に、こうした認識のもとで、大企業を中心に「部門最適」から「製造プロセス全体を視野に入れた最適化」へとステージアップする必要性は認識されつつある、という点です。ただし現実には、
◆ 開発・設計
◆ 生産管理
◆ 製造
◆ 販売
◆ サービス
といった各部門の機能を横断して捉えられる人材の不足、あるいは進め方のノウハウ不足がボトルネックとなり、変革が思うように進んでいない、というのが現状だと整理されています。
この3点をまとめると、スライドの問題提起はこう言い換えられます。
日本の製造業DXは、まだ「部分最適」の段階にとどまっている。
本来目指すべき「製造プロセス全体の最適化」に進むためには、共通の考え方や進め方を示す“ガイドライン”が必要である。
スライドの下段が示す現実:個別改善は進んでいるが、全体最適は進んでいない
スライド下部には、「デジタル化の取組領域別推進状況」というタイトルのグラフが示されています。ここが、このスライドの実証データに基づく根拠の部分です。
グラフは、取り組み領域を大きく2つに分けています。
◆ 上段:個別工程のカイゼン
◆ 下段:製造機能の全体最適
それぞれについて、「実施し、十分な成果が出ている」「実施しているが成果が限定的」「一部開始した」「取組を計画中である」「取組んでいない」といった段階別の割合が示されています。
■個別工程のカイゼン:取り組みは進んでいる
上段の「個別工程のカイゼン」を見ると、
◆ 「実施し、十分な成果が出ている」:5.8%
◆ 「実施しているが成果が限定的」:38.3%
この2つを合わせると、約44%の企業が“何らかの形で”個別工程のデジタル化・改善に取り組んでいることが分かります。さらに、
◆ 「一部開始した」:28.2%
も加えると、7割以上の企業が、個別工程レベルではデジタル化に着手していると言えます。
つまり、現場レベルでは、
◆ 設備データの見える化
◆ 検査工程の自動化
◆ 作業実績のデジタル記録
といった取り組みは、すでにかなり広く進んでいる、ということです。これは、日本の製造現場がもともと持っている「改善文化」や「カイゼンの蓄積」が、DXの入り口として機能していることを示しています。
■製造機能の全体最適:取り組みはまだ限定的
一方、下段の「製造機能の全体最適」を見ると、状況は大きく異なります。
◆ 「実施し、十分な成果が出ている」:4.7%
◆ 「実施しているが成果が限定的」:21.8%
この2つを合わせても、約26%程度にとどまっています。さらに、
◆ 「一部開始した」:25.3%
◆ 「取組を計画中である」:20.2%
◆ 「取組んでいない」:28.0%
という数字を見ると、製造プロセス全体を見渡した最適化には、まだ多くの企業が本格的に踏み出せていないことがはっきり分かります。
ここが、このスライドの最も重要なメッセージの一つです。
日本の製造業は、「点」のデジタル化は進んでいるが、「線」や「面」のデジタル化、つまりプロセス全体を貫く最適化には、まだ大きなギャップがある。
なぜ「個別工程の改善」から先に進めないのか
では、なぜ多くの企業が「個別工程のカイゼン」までは進めても、「製造機能の全体最適」まで進めないのでしょうか。スライド上段の文章は、その理由を示唆しています。
■部門をまたぐ視点を持つ人材が不足している
製造プロセス全体を最適化しようとすると、少なくとも次のような視点が必要になります。
◆ 設計の段階で決めた仕様が、製造や検査にどう影響するか
◆ 生産計画の立て方が、調達や在庫、納期にどう影響するか
◆ 製造現場の改善が、原価計算や価格戦略にどうつながるか
しかし現実には、多くの企業で人材は部門ごとに最適化された専門家として育っています。設計は設計、製造は製造、ITはIT、といった具合です。その結果、プロセス全体を一つの“システム”として捉えられる人が少ないという構造的な問題が生まれています。
■進め方のノウハウが共有されていない
もう一つの大きな理由は、「どう進めれば全体最適にたどり着けるのか」という方法論が、組織の中に蓄積・共有されていないことです。
個別工程の改善であれば、現場改善の延長線で比較的進めやすい。しかし、部門をまたぐ改革になると、
◆ どこから手を付けるべきか
◆ 何を共通データとして定義すべきか
◆ どの順番でシステムや業務を変えるべきか
といった設計思想が必要になります。これがないと、結局は「できるところからやる」になり、また部分最適に戻ってしまいます。
ガイドラインの役割:部分最適から全体最適へ導く“共通の地図”
ここで登場するのが、「製造DXの指針(ガイドライン)」です。このスライドは、なぜガイドラインが必要なのかを、データと現状分析をもとに説明しています。
ガイドラインの役割は、単に「やることリスト」を示すことではありません。むしろ、
経営課題から出発すること
◆ 製造プロセス全体を視野に入れること
◆ 部門をまたいで進めること
◆ 段階的に全体最適へ移行すること
といった、“考え方”と“進め方の型”を示すことにあります。
これにより、企業は、
◆ 「まず個別工程の改善から入り、次にどこをつなぐべきか」
◆ 「どのデータを共通化すれば、全体最適に近づくのか」
◆ 「どの部門を巻き込む必要があるのか」
といった点を、場当たり的ではなく、戦略的に判断できるようになります。
経営層・管理職・一般社員それぞれにとっての意味
経営層にとって
このスライドが示しているのは、DXは現場任せでは“点”で終わるという現実です。経営としては、
◆ 自社の競争力の源泉はどのプロセスにあるのか
◆ どこを“つなげる”ことで全体最適に近づくのか
を描いたうえで、DXの優先順位を決める必要があります。ガイドラインは、その判断を支える“共通のフレーム”になります。
管理職にとって
管理職は、部門最適と全体最適の橋渡し役です。
自部門の改善だけでなく、「この改善は前後工程とどうつながるのか」「会社全体のKPIにどう効くのか」を考える視点が求められます。ガイドラインは、その視点を揃えるための“共通言語”になります。
一般社員にとって
現場の改善やデジタル化の取り組みは、これからも重要です。ただし、それは「自分の工程だけ良くなればいい」という話ではなく、会社全体の流れを良くするための一部として位置づけられるようになります。自分たちの改善が、どこにつながっているのかを理解できることが、これからのDXでは大切になります。
まとめ:このスライドが伝えたい本質
画像36「ガイドライン策定の背景」は、次の事実をはっきり示しています。
◆ 日本の製造業では、個別工程のデジタル化は進んでいる
◆ しかし、製造プロセス全体の最適化には、まだ十分に踏み出せていない
◆ その理由は、人材と進め方のノウハウが不足しているからである
◆ だからこそ、部分最適から全体最適へ導くための“ガイドライン”が必要なのである
DXを「現場改善の延長」で終わらせるのか、それとも「経営を変える全体最適の取り組み」に進化させるのか――。
このスライドは、その分岐点に日本の製造業が立っていることを、データとともに示しているのです。
(つづく)Y.H 出典 016_04_00.pdf