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基礎編・理論編

横山哲夫先生が逝去されて今年で6年になります3 

投稿日:2025年6月12日 更新日:

横山哲夫先生はモービル石油という企業の人事部長をお勤めになる傍ら、組織において個人が如何に自立するか、組織において如何に自己実現を図るか生涯を通じて研究し、又実践をされてきた方です。

キャリアコンサルタントに参考になる話として、横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがありはずであるという鋭い分析のもと数多くの研究成果を出されてきております。
先生には多くの著者がありますが、今回は「硬直人事を打破するために-人事管理自由化論」の中で、管理なき人事へ(人間の自由化)を掲載させていただきます。

人間自由化のモービル的基盤と焦点について述べる。

1 自由化の環境整備と人間主体
企業における人間の自由化はふたつの面から考えられる。
ひとつは、個人の自由が保たれるような企業風土と人事システムをつくること、他のひとつは、自由に生きようとする個人の心構え、意識そのもの、つまり、人間主体の保護、育成の面である。

モービル石油では民主的な社風、人間関係を保ち、科学的な人事システムを定めることによって、個人の自由化を支える環境の自由化をはかる一方、社員ひとりひとりが自らの自律性、主体性を毅然として主張することは人間としての権利であるとともに、部下をもつ管理者として人格の独立性を侵さないことは、人間を預かる立場の管理者の責務であることを徹底させようと努力している。現状は理想と現実になお若干のギャップが見出されることは否めないが、モービル石油の社員の大多数は、民主的な社風と科学的人事システムが現存することを認めており、この会社の人事管理の最大の特微は、社員のひとりひとりが、会社の組織活動のうちに、自分自身の働きがいを自ら見出して、自律的に生きようとすることを奨励、援助することにある、ことに気づいている。

2 科学性と人間性尊重の人事システム
モービル石油の人事管理理念は科学性と人間性の尊重に要約できる。
これは一〇年前、前身のスタンダード・ヴァキューム石油の解体から現在のモービル石油に新発足したとき、急速に増員された新社員(若干の上級管理者も含む)に対して会社の基本理念を示す必要を強く感じ、当時の人事部スタッフが、会社の人事ポリシーを整理分析し、その基本となるものを確認要約し、社長の承認を得て発表宣言したものである。

人事管理における科学性の追求と尊重は、真の意味の人間性尊重の精神とあいまって、モービル人事管理の基調をなすものである。科学性尊重の精神がおろそかにされれば、人間性の尊厳も軽んじられやすい。たとえば、意見を述べる自由と反対する自由は、真理を求める科学性尊重の精神のもとにおいてこそ、保護され、奨励される。特にわが国のように、閉鎖集団的人間関係によって物事が運ばれる傾向が強く、また論理的思考よりもセンチメンタルな感情が人間の行動を動機づけ、あるいは制約しやすい風土のところでは、合理的な人事システムの確立こそが、人間個人の独立性、自主性を保護しうると思うからである。

モービル石油での人事管理における科学性の追求は、具体的にまず職務先行主義の確認を意味する。組織体のなかでは人も職務も流動し、変化するものであり、それゆえに人と職務との結びつきは弾力的なものでなくてはならないが、組織のなかでの物事の順序、段取りを考えるときは職務がまず先にこなくてはならない。人間の意欲や努力に大きな場を与え、年齢若く、年功浅くとも、すぐれた業績を示す者を確実に認めようとすればするほど、その前提として、職務そのものが明らかにされていなくてはならない。職務が漠然としていて、職務権限も責任も明確さを欠くような体制では、人間の育成も活用も思いつきに流れやすく、人間自由化の実効は得られにくいと考える。業績評価(人事考課)の行ない方についても、それが社員に周知徹底され、感情的好き嫌いや、特別な人間関係による歪み、偏りを防ぐことのできるようなシステム、手続きが公開されている必要がある。

3 ライン人事管理
人事部は専門スタッフ集団の役割に徹し、人事権はラインの主管者が保有する、といういわゆるライン人事管理体制は、程度の差はあれ、わが国の企業においてもかなり実現されているようである。その徹底した姿は、日本アイ・ビー・エム、モービル石油などの外資系数社になお限られるようであるが、といって、伝統的な人事部の完全な権力統制による人事部中心型人事管理体制も、その極端な形はみられなくなっている。人事部による統制はそれが学歴・卒業年度中心の年功序列管理であるからこそ可能なのであって、能力・業績に応じた人事はラインの長によらざるを得ないのであるから、現在のわが国、わが企業のおかれている環境(自由競争)と方向(国際化)を考えれば、人事管理のライン化はまことに当然な動きといわざるを得ない。

しかし、当然とはいいながら、人事権のライン移行に伴う新たな問題として予想されるのは、ライン管理者の人事管理者としての資格・能力の点である。人間に対する洞察力や人間性に対する理解力の足りない、単なる作業管理者的なライン管理者の下にある従業員は、ひどいめにあうことになる。人事部の画一的、権力的統制からのがれ得たのも束の間、今度は、最悪の場合、一挙手一投足まで監視の中におかれるか、個人的偏見の矢に射すくめられるか、あるいはまた、人間に対する無関心のゆえに、仕事(作業)以外には自分の成長に必要ななんらの助言も指導も得られなくなるかもしれない。

人事のライン管理を導入している企業では、先に述べた環境に対する対策とは、すなわち、ライン管理者に対する教育―人間性に対する基本的理解と洞察、人事管理システムについての実務知識と実践―を意味することになる。システムを生かすも殺すも、最後の鍵はやはり人である。人間管理自由化のシステムの一環となるべき、理論的な正当さを有するライン管理も、ラインの管理者に人を得なければ、有効な自由化を妨げるばかりか、管理される社員にとっては、大変な不自由化ということになる。ライン管理の理論的正当さとライン管理者の人事管理者としての自覚のたかまりに確信を有するモービルでは、制度運営の鍵を握るライン管理者に対する訓練ないしは援助にさらに大きな努力が注がれることになるであろう。

4 人間性の尊重
人間の欲求の広範さ、複雑さはだれもが知るとおりである。その欲求には生物体、動物体としての基本的本能欲求に属するものから、より高度なもの、そしてさらに高次元な人間独自の(人間以外の高等動物とも明らかに一線を画する)達成欲求、創造欲求というべきものがあり、これは大脳生理学的説明によっても裏づけられているところである。
低次元欲求の充足は不平不満の種をなくすように作用し、高次元欲求の追求は生きがい、働きがいの追求につながる。低次元欲求は周辺的、外在的なものから誘引され、高次元欲求は内在的なものに起因している(ハーツバーグ、環境理論と動機内在論)。

ニンジンとムチという外在的刺激によって人間を動機づけられるというような錯覚から経営者は抜け出さなくてはならない。賞金や罰金によって人間の行動が左右されるかのように見えることがあっても、それは一時的なものであって永続的ではない。これに反して、物事を達成し、創造しようと、自律的、自発的に点火したエンジンはいつまでも回転し続ける。一つの区切りを完成したときは、完成によって得られたよろこびと自信がさらに新たなエネルギーとなって、次なる目標に向かってより強力に始動し、回転を続けるであろう。

不平不満をなくするための有効な現実的施策はもちろん考えられなくてはならない。賃金水準や労働条件、福利厚生は劣悪なものであってはならない。しかし、これは従業員に集団的な安定感を与えるための措置であって、本質的に生きがい、働きがいとは異質のものである。
重要なことは、従業員がそれぞれの仕事を通じて、自律的に創造し、達成するよろこびが得られるような管理を工夫することにつきる。

人間の自由化の焦点は明らかである。仕事自体の中に、仕事の完成と創造を通じて、自らの精神的成長の実感を体験したいと望む人間性の、最も人間的な本性に的をしぼることである。
モービルの人事管理はこうした人間観のうえに成り立っているのである。
モービルは楽観的な人間信頼主義を堅持している。たとえば、病気や事故や失敗でいったん不遇な立場におかれた人達の立ち直りに対する忍耐強い期待がそのよい例であろう。モービルでは比較的能力の劣った者、とかく失敗が多いものに対しても、軽々しく「劣等者」「落後者」の烙印を押すことなく、まことに辛抱強く、より適正な配置を考え、指導を強化して、意欲のたかまりと自信の獲得を待つ。たとえ失敗があっても、立ち直りの意欲に重点をおくモービルでは敗者復活戦の機会はなんども来るのである。いわんや、職責を正常に遂行している多くの従業員は等しく幹部職位への昇進の機会をもっていると考えるわけであって、これは後述する人材開発委員会の広範な活動にもあらわれているわけである。

(つづく)平林良人

-基礎編・理論編

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