◆このコーナーは、活躍している「キャリア・カウンセラー」からの
近況や情報などを発信いたします。今回はキャリア・カウンセラー”鈴木秀一さん”です。
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私の存在価値とキャリア形成
先日、NHKの朝ドラ(“やなせたかし”をモデルにした「あんぱん」)の中で、主人公である「のぶ」が夫の嵩に苦しい胸の内を漏らすシーンがあった。
「ウチは何者にもなれんかった。教師も代議士の秘書も会社勤めも、何ひとつやり遂げられんかった。あなたの赤ちゃんを産むこともできんかった。
ウチは何のために生まれてきたがやろう・・精一杯がんばったつもりやったけど、何者にもなれんかった。そんな自分が情けなくて・・世の中に忘れられたような、置き去りにされたような気になるがよ。」と・・
自分は何のために生まれてきたのか?自分が存在することの価値とは何か?
彼女が得ようとしているのは他者からの評価なのか?それとも自己評価としての納得なのだろうか?
おそらく、人生について本気で考え始めた経験があれば、誰もが必ずといっていいほどこの壁にぶち当たるだろう。
キャリアについて「経歴」、または更に狭い範囲で「職歴」のことと認識している人が多いことは甚だ残念だが、ドナルド・E・スーパー氏が提唱したライフキャリアレインボー理論においては、キャリア形成を単に収入目的で職業(Job)に就くことだけではなく、年齢や時期、または成長期、探索期、確立期、維持期、解放期等の発達段階(ライフステージ)における広義的解釈として(Work)という捉え方がある。
また、氏はそれぞれのライフステージにおいて担うであろう役割(子ども、学生、職業人、親、配偶者、余暇人、市民などの様々なライフロール)で果たす様々な経験が虹のように重なり合って積み重なり、生涯に亘って総合的なキャリアが形成され続けると説いている。
彼は一般的なJob中心のキャリア観に留まることなく、人生全般を多面的に捉え、日々の家庭生活の中に在る趣味や地域活動なども含めた長期的な視点でキャリアを捉えたのである。
夫が妻に対する暴言として「俺は外で仕事をしてるんだ!」という台詞がある。それはつまり「一家を(経済的に)支えているのは俺なんだぞ!もっと感謝してくれよ!」と言いたいのだろうが、それは妻が担っている「子育て」が如何に重要な「仕事」であるかを理解していないということである。
また、子育てに纏わる家事に追われている妻に対して「俺も手伝おうか?」などと間抜けな発言を以て妻の怒りを買うといった展開も、彼がJob と
Workを混同していることに起因していると思われる。
僕は、この社会、または世界は「母親たち」によって創られていると考えている。たとえば、突飛な行動や予想外の発言で注目を浴びているアメリカ大統領のトランプ氏も、日本で総理大臣を務めている石破氏も、言わずもがな元は「人の子」である。
ならば、人のパーソナリティ形成において母親の影響が大きいことを考えれば、彼女たちが抱えているであろう責任の重さや苦労についてもっと広く理解されるべきである。
子育てほど大切な仕事(Work)は他にない!と言ってもいいだろう。母親たちに子育てを一任するのではなく、国や地域としても支援の目を向けなくてはならないはずなのだ。
だが残念なことに、なぜか軽んじられているように思えてならない。彼女たちには本来ちゃんとした名前だってあるのに、夫からまで「ママ」と呼ばれていたりする。
彼女は子どもたちにとっては「ママ」だが、職場(Job)を持っていれば「職員」や「社員」であり、夫にとっては「妻」、舅や姑にとっては「嫁」となる。夫からまで「ママ」と呼ばれるのは全く以て妙なことである。
多くの主婦たちは、個人名ではなく「ママ」という役割名を付けられ、忙しさに翻弄されながら徐々に「私」を見失っていく。しかも、それが普通(一般的)と見做されていて、労いの言葉すらかけてもらえない。
たまに役割を離れて「私」に戻る時間を意識的に作ろうとでもしないかぎり自分が何者だったのかを忘れてしまうことだろう。このような状態は、いずれ役割を失った際に「対象喪失」がきっかけとなり更年期障害に陥ったりする危険性も孕んでいる。
私の存在意義や価値は、何か偉大なことを成し遂げたり、社会に貢献して名を残したなど目に見える形としての功績だけではなく、他者に与える影響や自らの納得をも含むものだとすれば、冒頭に挙げた「のぶ」の嘆きはあまりにも狭い範囲に囚われた認識内のことではないだろうか。
「のぶ」は子どもを産んではいないものの、戦後の混乱期において戦争で親を亡くした多くの子どもたちの支えになった意味において、確実に「社会を築いてきた中のひとり」なのだ。
物語では、夫婦間で取り交わされる会話や、ちょっとしたハプニング、そして唐突な思いつき等がきっかけとなり、後に嵩は今や誰もが知っている
「アンパンマン」を生み出すのである。
これもまた「のぶ」の功績ではないだろうか。「内助の功」といった控え目な言い方もあるだろうが、堂々と「私の功績」と名乗っていいと思う。
さて、キャリアについて語る際に忘れてはいけないことは、実存的な意味で「いま此処に存在すること」、または「いま五感を通して感じていること」
こそが生きているということであり、その時々に出くわす様々な出来事や経験によって触発される「想い」を都度しっかりと味わってこその人生ではないか?である。
もちろん、そこには未来を描く自由もあれば、夢や希望を意志的に打ち立てようとする決意があってもいい。しかし、それもまた、あくまで「いま此処の時点において・・」であり、やはり「いま」なのだ。
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 笑うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから うれしいんだ
(作詞:やなせたかし 作曲:いずみたく)
「手のひらを太陽に」より一部抜粋
ある中学生が、「なぜ勉強をしなくてはならないの?なぜ努力をしなくてはならないの?」と尋ねてきた。彼は言葉を続ける「どうせいつか死んでしまうのに・・いつか寿命が尽きて自分がいなくなってしまうのに・・いかに努力して幸せになっても、お金持ちになっても、けっきょく死んでしまうのなら意味がないじゃないか?」と嘆く。
彼は、そんなふうに思うと学校に通って勉学に励むことや部活でトレーニングに打ち込むことに全く価値を感じることができず、毎日が虚しくてたまらないという。
「虚しさにつける薬は無い」といわれる。悲しさや苦しみ、憤りや落胆に対してであれば、カウンセリングを受けることによって捉え方や認識が変わり、悩みが悩みでなくなったりしながら改善が見込まれるが、こと「虚しさ」ばかりはどうしようもないという。
もし唯一、「虚しさ」に対抗し得るものがあるとすれば、それは実存哲学である。いま此処に在ること、それを見て聴いて嗅いで触れて存分に「味わっている自分」を実感することである。
未来のことを考えると「不安」が湧くだろう。過去のことに囚われていれば「後悔」の念に襲われるだろう。「不安」や「後悔」に苛まれていては、せっかくの「いま」が台無しである。
虚無感に浸るのは自由だが、とりあえずは「いま此処に生きていること」をしっかりと味わい、とにかく先のことや過去のことなどは一時的にでも脇に置くことだ。
そういえば、キャリアカウンセラーを目指すのであれば、先ず自分自身の人生にコミットできている者だけがその資格があると言われたことを思い出した。人生にコミットメントする? 人生に向き合う?
当時は意味が解らなかったが、人生が「いま」の連続であるならば、その都度しっかりと状況を手に取り、先送りなどせず、「いま」を味わい尽くすことではないのか?と思えたりもする。
あなたにとって「人生」とは何だろうか?そして、あなたは何を為す者なのだろうか?
おわり
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(つづく)伊良波