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基礎編・理論編

人的資本の活かしかた 上編

投稿日:2026年8月18日 更新日:

キャリアコンサルタントの皆さん方に有用な情報をお伝えしています。

1.はじめに

本書は、経営コンサルタントを経て人材研修会社を立ち上げた上林周平氏によって執筆され、法政大学の田中研之輔教授により監修されています。上林氏は、企業への研修や人事施策の支援を行う中で、終身雇用制が過去のものとなり、雇用の流動化が進む現在、個人の価値観や生き方を尊重しながら組織のパフォーマンスを最大化する「人材という資本」の活かし方を根本から変える必要があると主張しています。

これまで「当たり前」とされてきた個人と組織の関係が行き詰まっていることは、すでに多くの人が実感していることでしょう。そこで注目されているのが「人的資本経営」です。

本書の目的は、管理職が人的資本を最大限に活かすために、従来のマインドセットやスキルを転換し、より良い状態へと導くことにあります。これからの時代、管理職が一人でチーム作りに奔走するのではなく、メンバーと共にチームを創り、さらにはメンバーが自発的にチームを形成し、自然と成果が生まれる状態を目指すべきだとしています。

つまり、管理職自身が「楽になる」ための新しいマネジメントのあり方を考える必要があるのです。

2,人的資本の世界へようこそ

1)人的資本とは何か

そもそも「人的資本」とは何でしょうか。従来語られてきた「人材」あるいは「人財」とは、どこが異なるのでしょうか。

人的資本の活用では、人の能力に超具体的にフォーカスする点が特徴です。たとえば営業職であれば、

  • アポイント獲得が得意なのか
  • 資料作成に強みがあるのか
  • 高確率でクロージングできるのか

といったように、個々の能力を細かく分析します。そして、チームとして最大の成果を出すために、それらの能力を最適に組み合わせるのです。多様な経験や個性を持つメンバーを組み合わせ、目的達成に最も適したチームを構築します。

その際の要となるのが、現場のリーダーである管理職です。管理職が、理論や戦略を正しく理解し、それをチームに落とし込むことで、人的資本経営は機能します。

では、優れた人材とは何か。チームの目的を達成するために必要な能力を備えた人材こそが、組織にとって本当に価値ある存在だと言えます。人的資本を効果的に活用することによって、事業の目的は確実に達成へと近づいていくのです。

2)資源と資本は何が違うのか

かつて多くの日本企業は、新卒一括採用を行ってきました。これは、画一的な評価基準のもとで長期育成を前提に「優秀そうな人」を採用する仕組みでした。この方法は、採用活動にかかる工数・コストを抑えられるうえ、採用後の教育も効率的に進められるというメリットがありました。また、新卒で入社し定年まで働くという「日本的経営」を支える基盤でもありました。

しかし現在は、ビジネス環境の変化により、企業が終身雇用制を維持することが難しくなっています。労働市場の流動化が進み、転職やキャリアチェンジが一般的になった今、企業は社員の退職に直面し、中途採用による補充が不可欠になっています。とはいえ、企業としては中途社員の育成に過度なコストをかけたくないという事情もあります。

一方で、中途採用にはスカウトや人材紹介会社の成功報酬など、一定のコストがかかります。しかし、企業はそのコストを投じる価値があると判断しています。なぜなら、獲得した人材が投入したコスト以上の利益を生み出すと考えているからです。

人的資本の観点で考えると、必要な人材を採用する行為は、単なる「仕組みを維持するための欠員補充」ではありません。むしろ、企業が勝ち抜くために必要な“能力”の補強であるといえます。

3)人的補充が多様な人材を生かす

人的資本の考え方では、たとえ営業未経験であっても、

  • コミュニケーション力に優れている
  • 説明がうまい

といった光る能力に注目し、その力を営業の仕事に活かせないかを検討します。

つまり、社会の中でまだ活かされていない価値を見つけ出し、それをマーケットに迎え入れることで、人材市場をさらに活性化させる可能性があるのです。

この考え方を踏まえると、人材は特定企業の「私有物」ではなく、オープンソースならぬ「オープンキャピタル」=社会全体で共有される資本として捉えることが適切ではないでしょうか。

また、人的資本への投資は教育だけに限りません。
健康を維持するための投資、趣味に打ち込むための投資なども、いずれも人間を豊かに成長させ、多様な価値を生み出す源となります。

そして、自分が会社やチームのメンバーを人的資本とみなしているのと同様に、メンバーもまた、こちらを人的資本として見ていることを忘れてはなりません。両者は相互に価値を提供し合う関係で成り立っているのです。

4)いま「人的資本経営」が注目されるわけ

「人的資本経営」が注目される理由として、次の3つの背景が挙げられます。

  • 社会からの要請
  • 企業の戦略的必要性
  • 個人の価値観の変化

社会からの要請:人的資本の情報開示が企業に求められている

2018年12月に発表されたISO30414では、企業が内外のステークホルダーに対して人的資本に関する情報を報告するための、11領域・58指標が示されました。さらに2020年8月には、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に人的資本情報の開示を義務化しました。
これらは、「企業は人的資本をどのように活用しているか、外部に明示してください」という社会からの強い要請にほかなりません。

かつて企業経営や投資判断は財務情報による定量評価が中心でした。しかし2008年のリーマンショック以降、財務情報だけで企業の実力を測ることへの疑問が広がりました。予測不能な事態が次々に起こる現代において、企業が持続的に価値を創造し成長するためには、財務諸表に表れない潜在力や将来性を示す「非財務情報」が重要視されるようになったのです。

政府の後押し:人的資本が価値創造の基盤

政府も、人的資本を企業価値の基盤として重視しています。
2020年9月には経済産業省主催の「持続的企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の最終報告書である「人材版伊藤レポート」が発表され、2022年6月には「人材版伊藤レポート2.0」が公開されました。
さらに2022年1月の岸田首相の施政方針演説では、
「人的資本は企業の持続的な価値創造の基盤であり、今年中に非財務情報の開示ルールを策定する」
と明言され、政府方針の中心に人的資本が据えられました。

個人の価値観の変化:無形資産を生み出すのは“人”

現代において企業が収益を上げるためには、工場や設備といった有形資産だけでは不十分です。アイデア、特許、ブランドなどの無形資産の重要性が飛躍的に高まっており、その無形資産を生み出すのは人材そのものです。

また働き手は、もはや経済的・物質的な豊かさだけを基準に仕事を選びません。自己成長、自己実現、社会貢献など、多様で高度な価値を求めるようになっています。企業は、こうした多様化したニーズに丁寧に向き合う必要があります。

④「人を大切にする経営」と「人的資本経営」は何が違うのか

人的資本経営は、会社と個人が対等な関係であり、その人が保有するスキル・知識・経験といった“能力の価値”に着目する点が特徴です。

一方で「人を大切にする経営」は、かつては終身雇用や年功序列を指すことが多かったものの、近年は能力開発や持続的キャリア形成支援へと意味が変化しています。

日本はバブル期以降の30年間、GDPも国民所得もほとんど伸びていません。これは、企業の持続的価値創造や中長期的成長が停滞しているためです。
人的資本経営は、この停滞を打破する突破口となる可能性を持っています。

3.人的資本時代のリーダー

1)忙しすぎる中間管理職

多くの企業人は、会社から与えられた資源を使って業務をこなすことを主な任務としてきました。

基本的にゼネラリストとして採用され、入社以来さまざまな拠点や部署を経験することで業務のコツをつかみ、会社のルール・体質・上層部の人間関係を把握していきます。

中間管理職は、その中で自らのポジションを確立し、職場の調整役として存在感を発揮してきました。

2)立場のやりくり

管理職が多忙になると、よく見られるのが「抱え込み」の傾向です。本来は管理職が行うべきではない業務まで自分で処理してしまい、結果として働いてばかりいるのに叱責の役回りを負うという、ロールモデルになりにくい状況を生んでしまいます。

また、自分なりのやり方に固執してしまい、仕事や指導の幅が広がらないという問題もあります。これは、目の前の業務に追われるプレイヤーに典型的に見られる症状です。新しいテクノロジーや知識を取り入れる時間がなく、学び直しや外部との協働関係構築に余裕がないためです。

3)中間管理職はいらないのか

このような従来型の「やりくりする中間管理職」が抱える機能不全は、すでに時代に合わなくなりつつあります。

積極的に組織構造を見直す企業の中には、中間管理職を廃止する動きも出てきました。

たとえば、サイボウズは2019年にマネージャー職を廃止し話題を呼びました。背景には、マネージャー人材の不足がありました。従来の職種別チーム編成では、ものづくりチーム、デザインチーム、品質保証チーム間でミッションが対立しがちでした。しかし、各拠点・各職種が連携してプロダクトのユーザー価値を最大化することが本来の目的であるため、それを実現できる体制を追求した結果、本部長の下に複数チームを配置する形式に移行しました。

これに伴い、出張申請や経費処理は各チームで行い、これまでマネージャーとスタッフが行っていた面談は、メンバー自身が相談相手を選び、スケジュールを設定するというルールになりました。

中間管理職のない組織は、今後さらに広がっていくと考えられます。

『ティール組織』(フレデリック・ラルー著、英治出版)では、組織としての使命を共有しながら、メンバーが自律的に変化し続ける組織として紹介され、大きな注目を集めています。

4)人的資本時代のリーダーとは

著者の上林氏は、「人的資本経営」における管理職を チーム経営責任者(Team Management Officer:TMO) と名付けています。

企業経営がより複雑かつ高度化する中で、経営層のコアメンバーとして CFO(最高財務責任者)、CMO(最高マーケティング責任者)、CHRO(最高人事責任者)などを設置する企業が増えています。

こうした役割分担と高度なマネジメントは、現場のチームにも同様に求められます。チームのリーダーとしてTMOが配置され、その役割が従来以上に重要となり、活躍が期待される時代が到来しているのです。

出典) 人的資本の活かしかた  上林周平 Amazon.co.jp : 人的資本の活かしかた

(つづく)吉末直樹

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