横山哲夫先生は、個人が人生を通じての仕事にはお金を伴うJOBばかりでなく、組織に属していようがいまいが、自己実現のためのWORKがあるはずであるという鋭い分析のもと数多くの研究成果を出されてきております。
今回はその中からキャリアコンサルタントが知っていると良いと思われる「組織文化とリーダーシップ」を紹介します。
本記事はエトガー・H・シャインの著作「組織文化とリーダーシップ」を横山先生が翻訳されたものです。横山先生はシャインが2006,7年頃(記憶があいまいですみません)来日した時の立役者(JCC:日本キャリア・カウンセリング研究会が招待した、彼と娘さんが来日した)で、東京、大阪でシャインが講演をする際にいつも同席し、そればかりか新幹線で京都案内までされて、ごくごく親しく彼の人柄に触れた唯一の日本人でありました。
横山先生の思想の系譜をたどるときには、エドガー・シャインにかならず突き当たるので今回から横山先生の翻訳を紹介しながら彼の思想の系譜を探索していきたいと思います。
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アモコ社
第4の例はアモコ社(Amoco)であり,最終的にはBP社(British Petroleum)によって買収された巨大な石油企業だ。ここではすべてのエンジアリング部門を単一のサービス組織に統合することが決定された。かつてはエンジニアたちは,さまざまなプロジェクトのフルタイムのメンバーであったが,いまや彼らは,そのサービスに対して費用を請求されるクライアントに対し,サービスを売り込む存在となった。つまり,さまざまなプロジェクトによって雇用される「社内コンサルタント」に変身したのだ。この転換に対して数多くのエンジニアは強い抵抗を示し,一部は企業を退職すると脅しをかけるほどであった。では何故この新しい組織の形に彼らは抵抗を示したのだろうか?
アルファパワー社
第5の例は,主要な都市地域にサービスを提供する,電力の供給企業アルファパワー社(Alpha Power)のケースだ。この企業は,事故を起こしたローカルの事業所でアスベストの存在を報告しなかったために訴訟を起こされて以降,より環境保全に責任を持つように求められていた。電力企業の社員は,何があっても電力を供給し続けるという「英雄的な自己イメージ」を保っている反面,自分のグループを傷つけるような場合には,スピル(汚染)やそのほかの環境と安全の問題は報告しないという強力な規範を築いていた。私はこの自己イメージを,たとえ同僚や上司について報告することになっても,安全と環境の災害を余さず報告することのほうが「英雄的な」モデルであるとする自己イメージに転換するため何年かにわたるプロジェクトに参画した。つまり個人の責任,ティームワーク,コミュニケーションのオープンさに対する新しい考え方が導入されることとなったのだ。その結果,環境保全に関する報告と対応が日常的なものとなった。しかしこの新しい秩序がいかに明確になったとしても,グループ内の同僚関係がからむ場合には,なお安全の問題は継続的に発生し続けたのは,何故か?さらに,従業員や公共の安全よりも重要なものはどのようなものか?
文化の概念はどのように役立つのか?
私自身は,上記のケースのそれぞれでどのようなフォースが働いているかを当初理解できなかった。しかしこれらの組織でどのようなことが機能するのかについての私自身の前提認識を吟味し,かつ私の前提認識がこれらのクライアントの組織で実際に機能しているフォースに合致しているか否かをテストしはじめて,やっとこの理解が進んだ。組織やグループで共有されている前提認識(shared assumption)を検証し,それらを自分自身の前提認識と比較するこのステップは,われわれを「文化」の分析へ導いてくれる。この方法は本書を通じて用いられる。
DECでは結局のところ,シニアマネジャーとそのほかのメンバーたちは,自分たちがアイデアを出し,激しい論議を経ない限り,ものごとが「正しいか」「妥当であるか」否かを決めることはできない,という前提認識を共有していたのだ。これらの議論を勝ち抜いたアイデアのみ行動に移すことに値いし,そのような吟味を生き抜いたアイデアのみ,実施に移されたのだ。グループのメンバーたちは,彼らがやっていることは「真実を発見する」ことであり,お互いに譲り合うことはそれほど重要ではないと考えていた。私がこのことに気づき,彼らが提案するさまざまなアイデアを模造紙に書きだしはじめると,グループに対する私の貢献も著しく向上した。もし誰かが議論の流れを乱したときにも,この人物を攻撃せずに,発言者にもう一度そのポイントを繰り返し説明してもらうほうが効果的であった。このグループは模造紙に書かれた項目に注目をしはじめ,この方法が彼らのコミュニケーションと意思決定のプロセスに大いに役立っていることに気づきはじめた。私自身も自分の考えに固執することなく,彼らの文化の重要な要点を理解し,受けいれることができるようになった。模造紙を使うという工夫によって,私はこのグループのマイクロカルチャーを変え,DECの組織文化が望んでいることをこのグループが達成できるように導いたのだ。
チバ・ガイギ一には,それぞれのマネジャーの職務は,ほかから侵害されない自分自身の「領域」だ,という強力な「共有された前提認識」が存在することに気づいた。この強力なイメージは,「ある人物の職務はその人の自宅のようなものであり,もしほかの人が求められていない情報をその人に届けるということは,招かれてもいないのにその人の自宅に土足で踏み込むようなものだ」というふうにとらえられていた。ここでは,ほかの人にメモを送る行為は,それを受け取る人はメモに何が書かれているかをまだ理解できていないということを意味し,その人を侮辱することにもなりかねない行為なのだ。この企業ではすべてのマネジャーは,自らの職務を遂行するために知っておくべきことはすべて知っている,ということに誇りを感じていた。企業文化に備わるこの部分を私自身が当初から理解していたら,まずメモを送るべきマネジャーのリストを求め,それぞれのマネジャーに私から直接メモを送ったに違いない。つまり私は雇われたコンサルタント,かつ専門家であったことからこの方法を取っていれば私から発送されたメモが問題なく受領されたはずだったのだ。
私のケンブリッジにおけるミーティングでは,そのミーティングに対し,さまざまなメンバーがさまざまな期待を抱いていた。さまざまな非営利組織の役員を務め,公式的な秩序に関するロバートのルールのもとで育った人たちは,この方法こそミーティングを運営する唯一の方法だと確信していた。さらにボードの役員を務めたことのないほかの人たちは,私のインフォーマルなスタイルにあまり抵抗を示さなかった。これらのメンバーたちは,お互いに相いれない,さまざまなサブカルチャーからやってきていた。私の人間関係訓練(human relations training)の経験において,意思決定を効果的に実施に導くためには人々の参画を求めることに伴う価値を学んできていたので,このグループに対してもこの種のマイクロカルチャーを築き上げたいと願った。結局のところ,私が自分のスタイルを彼らのスタイルに合わせたときにはじめて,私の好むスタイルにこのグループを導くことができたのだ。
アモコでは,私が彼らの前提認識,つまり「すぐれた成果は自ずと明確に表明される」,したがって「エンジニアはわざわざそこへ出向いて自分を売り込む必要はない」ということを理解したときにはじめて,彼らの抵抗の原因を理解することができた。彼らは彼らのサービスを求めて人々が彼らのところへやってくることに慣れており,いかに自らを売り込むかについての役割モデルには全く慣れていなかったのだ。
アルファパワーでは,その安全の領域において,すべての部門が自己保全に対するきわめて強力な規範と価値観を有しており,これらが裁判所によってこの企業に要求された新しい規則を疎んずる原因になっていることを理解した。各グループは,何が安全であり,何が安全でないかに関してしっかりした経験ベースを築いており,それを十分に信奉していた。一方で環境災害を発見し,それらを除去するためには,従業員が学び,協力を惜しまない新しいスキルが要求されていた。また労働組合も自らの文化的な前提認識を作り上げており,そこではいかなる場合でも,とくに安全領域においてはことのほか,あるメンバーがほかのメンバーを「裏切る」ことは許されないという前提認識が存在していたのだ。
上記のいずれのケースでも,当初私は何が起こっているかを理解できなかった。というのは真実,地域区分,さらにグループ関係に対する私自身の前提認識が,組織やグループのメンバーによって共有された前提認識と相いれなかったからだ。さらに私自身の前提認識は,社会心理学ベースのものであり,組織コンサルタントとしての私の「職業」を反映したものであったのに対し,グループによって抱かれていた前提認識は,彼らの職業や経験,たとえば電気工学エンジニア,科学専門家,非営利組織のボードメンバー(役員会メンバー),電気工といった職業と経験を反映していたのだ。
上記の状況を理解するためには,「文化的視点」を採用し,「文化のレンズ」を通して世界を見ることを学び,「文化の分析」に通暁することが求められる。「文化の分析」とは,グループ,組織,職業内で機能している文化のフォースを認識し,解読できることを意味する。文化のレンズを通して世界を見ることを学ぶと,当初はすべての事柄が,神秘的で,フラストレーションを生み,馬鹿げて見えたものでもそのうちにはっきり見えてくる。
(つづく)平林良人