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出典 経済産業省 meti.go.jp
1.経済産業省が抱く基本認識
以上の各回のテーマ設定と議論の方向から、経済産業省が抱く基本認識は明確だ。それは、日本製造業の競争力向上にはコーポレート部門の徹底した強化・変革が不可欠であり、デジタル技術と人的資本戦略をテコにした経営インフラの再編によって初めてグローバル市場で持続的に勝ち残る土台ができるということである。
(1)デジタル基盤による経営基盤再構築の必要性
研究会の議論を通じて一貫して強調されたのは、デジタル基盤(DX)の整備が企業変革の前提条件であるという点である。グローバルに展開する製造業企業では、生産から販売、管理会計に至るまで膨大なデータとプロセスが存在し、それらを横串で統合するIT基盤なしには全社的な最適化は困難だ。例えば、部門ごと・現地法人ごとにバラバラのシステムを使っていては、タイムリーな経営判断やグループ横断の資源配分はおろか、基本的なリスク管理すらままならない。経産省も「企業におけるコーポレート機能の仕組み化は途上にあり、DXも進んでいるとは言い難い」と現状を診断し、複雑化した企業群を動的にコントロールする「経営のOS」の刷新こそが喫緊の課題と捉えているkancho-t.com。DXは単なる業務効率化ではなく、経営モデルそのものを変革する基盤であり、デジタル技術によって初めて「経営と現場をシームレスにつなぐ仕組み」forbesjapan.comを構築できる。これは、現場で生まれる付加価値の情報をリアルタイムで経営にフィードバックし、経営の意志を迅速に現場へ浸透させる双方向の仕組みである。たとえばグローバルERPやデータレイクを導入し全世界の事業状況を見える化することで、各国子会社を含むワンカンパニー経営が可能となり、機会損失や重複投資の削減、リスクの早期発見に繋がるmeti.go.jp。経産省がDX整備を第2回の独立テーマに据えたのは、他の全ての改革(財務戦略の高度化、人材の活性化、組織再編の浸透)を実効性あるものとする“神経網”としてデジタル基盤が不可欠との認識による。デジタルなくしてCX(企業変革)なし――これが研究会から得られる重要な示唆の一つである。
(2)コーポレート機能の変容とグローバル競争力の中核
今回のCX研究会では、従来は脇役と見なされがちだった本社管理系機能(コーポレート部門)こそが、グローバル競争力の中核を担うというパラダイムシフトが提起された点に特徴がある。具体的には、ファイナンス(財務)、HR(人事)、DX(デジタル)という3つのコア機能の変革が重視されたmeti.go.jp。これらはいずれも経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)配分の司令塔であり、企業全体の方向性を左右する機能である。研究会の委員構成を見ても、事業会社のCFO(最高財務責任者)やCHRO級の人事部長、CIO(最高情報責任者)経験者、経営学の専門家らが名を連ねており、まさにCFO・CHRO・CIOといったコーポレート部門トップ人材の知見を総動員して議論したことが窺える。
では、なぜこれほどコーポレート機能の変革が重視されるのか。それは、製品や現場の力を支える見えざる仕組みとして、企業の強さを根底から規定するのがコーポレート機能だからである。欧米の先進企業では、コーポレート部門が単なる間接部門ではなく「ビジネスパートナー」として事業部門と協働し、全社戦略の実行をリードする体制が一般化しつつある。研究会報告書も、グローバル企業に求められるファイナンス・HR・DX各機能の目指すべき姿を提示しており、それは欧米企業での試行錯誤の中から収斂してきた定型(ベストプラクティス)に沿ったものだと述べている。例えばHR機能で言えば、単なる人事管理ではなく、HRビジネスパートナーとして経営戦略と人材施策を結びつけたり、組織開発(OD)やタレントマネジメント機能を充実させて組織能力を継続的に高める役割が重視される。財務部門でも、経理・帳簿管理の枠を超えて事業ポートフォリオの企画調整や投資戦略立案を担う戦略参謀としての役割が求められるだろう。デジタル部門(CIO/CDO)についても、単にシステム運用を管轄するのではなく全社横断のデータ戦略責任者**として各部門と連携しデジタル革新をドライブすることが期待される。要するに、コーポレート部門の「攻めの機能」への昇華がグローバルで戦う企業の生命線となりつつある。
また、本研究会で議論されたコーポレート機能強化の方向性には、「各機能を単体で強くするだけでなく有機的に組み合わせること」が含意されている点も重要だ。例えば**「組織横断のビジネスパートナーとしてのコーポレート機能の発揮」とは、財務×人事×デジタルが連動して初めて実現する統合効果を指す。具体的には、データに基づく人材・組織の最適配置(HR×DX)、投資判断における人的資本・デジタル要素の考慮(財務×HR×DX)、リアルタイム業績管理にもとづく事業撤退・拡大判断(財務×DX)など、複数機能のコラボレーションが全社レベルで機能する状態だ。日本企業では縦割りの組織風土もあって、これまで財務・人事・ITが連携して経営課題に当たる機会は少なかったが、これを改めコーポレート機能全体を変革の中核として位置づけ直す**ことが提案されていると言える。
さらに、グローバル競争力の強化にはリーダーシップの多層的な底上げも不可欠である。研究会の背景資料では「経営者1人の決断力の問題ではなく、CxOを置けば解決する話でもない。究極的には各レイヤーでのリーダーシップを高めていくことが必要」と指摘されている。つまり、トップダウンかボトムアップかという二項対立ではなく、全階層でリーダーシップが発揮される組織への変革が目指されている。これを支えるのがコーポレート部門による仕組み作りであり、同時に企業文化面でのパーパス・価値観の浸透である。経産省は、従来日本企業が強みとしてきた現場力・属人的対応力を活かしつつ、それらを全社戦略で束ねて組織知に昇華するような「新しいコーポレート機能像」を提示している。その実現は一朝一夕にはいかないが、これこそが今後の日本製造業の競争力の核になるとの強いメッセージが込められている。
(3)技術力・製品力以外の領域で競争力を高める狙い
前述の通り、CX研究会はあえて技術力や製品そのものの競争力を議題のスコープ外とした。これは決してそれらを軽視するものではなく、日本の製造業が依然として高い技術的優位を持つとの前提に立ちつつ、「優れた製品を作れば売れる」だけでは通用しない時代において不足している要素を補強する狙いがあったと言える。事実、日本企業は品質や職人技術で高い評価を受ける一方、それをビジネスとして展開する戦略・収益モデルの面で後れを取ってきた歴史がある。例えば、同じ技術力を持っていても米欧企業は高い利益率を実現しているケースがあり、その差はブランド戦略やサービス化、グローバル市場での価格主導権、経営効率など「非技術的な競争力」の差異に起因する。経産省がCX(企業変革)を唱える背景には、まさにこの**非技術系競争力(経営力)の強化が必要との認識がある。
具体的には、
○戦略策定力・資源配分力(どの事業に投資し何を捨てるか決める力)、
○組織運営力(多様な人材・拠点をまとめ上げ機能させる力)、
○データ活用力(現場発の知見を経営に活かす力)、
○ガバナンス力(透明性・説明責任を伴う統治と意思決定)などが挙げられる。
これらは一見地味だが、グローバル市場で持続的に高収益を上げる企業ほどこの部分が強靭である。逆に日本企業は、この見えにくい部分の弱さが原因で「良い製品を作っても儲からない」「海外で組織が思うように動かない」という事態に陥ってきた。例えば日本企業の多くが海外M&Aで規模を拡大したものの、その後の統合作業に手間取りし結果を出せないことがある。また、日本本社の意思決定に時間がかかり、市場変化への対応が遅れてビジネスチャンスを逃すケースも指摘されている。こうした反省から、技術・製品以外の「経営インフラ」こそ競争力強化のボトルネックになっているという問題設定がなされたのである。
CX研究会は、日本企業に対し「技術偏重から脱し、経営インフラを磨け」というメッセージを発したとまとめられる。これは決して技術開発投資を疎かにするものではなく、むしろ技術力を真に価値創造につなげるための受け皿を整備するという発想である。前述のとおり斎藤経産相はCXを「現場力や優れた製品の付加価値を利益に変える処方箋」と表現した。つまり、技術力×製品力という矢を飛ばすための弓(経営力)が弱ければ、どんな鋭い矢も的には当たらない。日本製造業の将来像として、製品イノベーションと経営イノベーションの双方に優れた真の総合力企業を目指す必要性が示唆されている。
(4)政策的意図・示唆: 制度設計への展開可能性
CX研究会の成果は一企業の経営改革提言に留まらず、産業政策・制度設計にも影響を与える可能性が高い。実際、経産省は本研究会の議論を踏まえ、令和7年度(2025年度)予算に企業変革を後押しする具体策を盛り込む方針を示している。これは政策的意図として、国が企業のCXを支援するための予算措置(補助・奨励策等)を講じる意思があることを意味する。たとえば以下のような制度・政策への展開が考えられる。
○人的資本経営・ガバナンス改革の推進: 既に経産省は「人的資本可視化指針」や「人材版伊藤レポート2.0」を通じて企業の人的資源管理の高度化を促している。CX研究会の議論を踏まえ、CHRO(最高人事責任者)の設置促進や社外取締役による組織改革モニタリングなどをコーポレートガバナンス・コードに盛り込む可能性がある。また、多様な人材登用やリスキリング(学び直し)支援策、グローバル人材育成プログラムへの助成といった政策展開も考えられる。これらは第3回テーマ(HR・組織)の延長線上にあり、企業内部の人材ポートフォリオ転換を促進する枠組みとなる。
○攻めの投資・構造改革へのインセンティブ: 第1回テーマ(ファイナンス)での議論を受け、内部留保の有効活用や不要資産の処分を促す制度設計が示唆される。具体例としては、設備投資減税・DX投資減税の拡充、企業結合・分割に係る税制優遇、あるいは過剰な手元資金を抱える企業へのガバナンス強化(資本コスト開示の義務化等)などが考えられる。実際、日本政府は近年「新しい資本主義」の文脈で企業の賃上げ・投資を促す政策を打ち出しており、CX研究会の提言も「守りから攻めへの転換」を制度面で後押しする施策につながる可能性が高い。
○デジタルインフラ整備支援: 第2回テーマ(DX基盤)を受け、産業横断的なデジタル基盤整備への政策支援が検討される。例えば、中堅・中小企業を含めたクラウドERPやサプライチェーン管理システムの導入支援、データ標準化のガイドライン策定、サイバーセキュリティ強化補助などである。日本の産業界全体のデジタル化度合いを底上げしないと、一部大企業のみがDXを進めてもサプライチェーン全体の非効率に足を引っ張られる恐れがあるため、業界ぐるみのDX推進政策が予算要求に含まれる可能性がある。
○グローバル経営人材の育成とネットワーク構築: 研究会メンバーにはCFO・CIO経験者が参加していたことから、財務・ITなど専門人材の育成支援策にも示唆が得られる。例えばCFO候補人材向けの研修プログラム、デジタル人材のリスキリング支援、企業間でのCxO人材交流ネットワーク構築支援などだ。また、多国籍企業経営の知見共有の場(シンポジウムやラウンドテーブル)の定期開催も考えられる。実際、2024年6月には本研究会の成果を広める「CXシンポジウム」が開催され、40社へのヒアリング結果が共有されている。今後も官民連携で知見を蓄積・発信し、日本企業全体の底上げを図る狙いがある。
○法制度・会計制度の見直し: コーポレート機能の発揮を妨げる制度的課題にもメスを入れる可能性がある。例えばグループガバナンスに関する会社法・金商法上の規制緩和・強化(親子上場の在り方や内部統制基準の整備)、企業結合会計基準の見直し(M&A後ののれん償却ルール等)などが議論される余地がある。また、人事面ではジョブ型雇用への転換を促す労働規制の柔軟化や、高度外国人材の受け入れ促進策(ビザ要件緩和等)も検討課題となろう。これら制度変更は直接研究会で議論された事項ではないが、「日本的経営のOSアップデート」というビジョンを実現するために必要な環境整備として、政策当局が今後取り組む可能性がある。既にコーポレートガバナンス・コード改訂や企業会計基準の見直し等は進行中であり、CX研究会の提言はそうした流れを後押しする理論基盤となる。
総じて、グローバル競争力強化に向けたCX研究会の示唆するところは、「企業自身が変革に取り組むべき点」と「政策的にその取り組みを促すべき点」の双方が含まれている。企業内部でパーパス経営の確立やコーポレート機能の刷新に動くことが第一義だが、同時にそれを支える産業政策(資金的・人的支援、ルール整備)も不可欠だろう。本研究会報告書は民間企業に向けた指南書であると同時に、政策立案者にとっても次の一手を考える上での参考指針となっている。
2.日本製造業の未来に向けて
「グローバル競争時代に求められるCX(企業変革)」というテーマは、日本製造業が直面する構造転換の核心を突くものである。技術力・現場力という伝統的強みに胡坐をかくことなく、経営の在り方そのものを変えていかなければ、人口減少や地政学リスクもある中で持続的成長は望めない。経産省製造産業局のCX研究会は、そうした危機感のもと日本企業の将来像を描き直す試みであった。そこから浮かび上がった今後の方向性は、「ワンカンパニーとして機能するグローバル企業」への変革であり、そのための経営インフラ(財務・人事・デジタル・組織)の再構築である。この方向性は、多くの日本製造業企業にとって大きなチャレンジであるが、同時に停滞を打破しうる大きなチャンスでもある。現に、日本経済には30年ぶりの好機が訪れつつあり(2023~24年の日経平均株価上昇など)、これを活かすも殺すも企業の変革次第という状況にある。政府としても産業政策の総力を挙げてCX推進を支援し、「稼げる産業構造」への転換を図ろうとしている。
最後に強調すべきは、本研究会報告書が企業自らの行動を促す呼び水である点だ。そこにもあるように、経営層から現場まで「変えねば」「変えたい」と考える当事者の目に留まり、一歩を踏み出す契機となることが期待されている。政策的支援策が用意されたとしても、実際に変革を成し遂げるのは各企業のリーダーシップと執行力である。日本の製造業が今後も世界で存在感を発揮し続けるためには、技術革新と並行して経営革新を進める二刀流の取り組みが欠かせない。グローバル市場で戦い続ける企業群を中核に据え、国内経済の活力を維持・向上させていくという国家的使命に照らしても、コーポレート・トランスフォーメーション(CX)は待ったなしの課題と言える。本稿で論じた方向性と示唆が、その取り組みの一助となれば幸いである。
参考文献・出典: 本解説は経済産業省 製造産業局「製造業を巡る現状と課題~今後の政策の方向性」(2024年5月公表)meti.go.jpおよび同資料内の「グローバル競争力強化に向けたCX研究会」に関する記述、ならびに経済産業省プレスリリース、Forbes JAPAN記事forbesjapan.com、官庁通信社記事kancho-t.com等を参照している。また、研究会報告書の概要についてはNewton Consulting社の速報記事newton-consulting.co.jpも参照した。
(つづく)Y.H